いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り。 米津玄師のLOSERの歌詞を教えてください

LOSER/米津玄師の歌詞

いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り

いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り もうどこにも行けやしないのに 夢見ておやすみ いつでも僕らはこんな風に ぼんくらな夜に飽き飽き また踊り踊り出す明日に 出会うためにさよなら 歩き回ってやっとついた ここはどうだ楽園か? 今となっちゃもうわからない 四半世紀の結果出来た 青い顔のスーパースターがお腹すかしては待ってる アイムアルーザー どうせだったら遠吠えだっていいだろう もう一回もう一回行こうぜ 僕らの声 アイムアルーザー ずっと前から聞こえてた いつかポケットに隠した声が ああだのこうだの知ったもんか 幸先の空は悪天候 ほら窓から覗いた摩天楼 からすりゃ塵のよう イアンもカートも昔の人よ 中指立ててもしょうがないの 今勝ち上がるためのお勉強 朗らかな表情 踊る阿呆に見る阿呆 我らそれを端から笑う阿呆 デカイ自意識抱え込んではもう 磨耗 すり減って残る酸っぱい葡萄 膝抱えてもなんもねえ ほら長い前髪で前が見えねえ 笑っちまうねパッと沸き立って フワッと消えちゃえるこんな輪廻 愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね 永遠の淑女もそっぽ向いて 天国は遠く向こうのほうへ ああわかってるって 深く転がる 俺は負け犬 ただどこでもいいから遠くへ行きたいんだ それだけなんだ 耳をすませ遠くで今 響きだした音を逃すな 呼吸を整えて いつかは出会えるはずの 黄金の色したアイオライトを きっと掴んで離すな アイムアルーザー なんもないならどうなったっていいだろう うだうだしてフラフラしていちゃ今に 灰 左様なら アイムアルーザー きっといつかって願うまま 進め ロスタイムのそのまた奥へ行け 愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね 永遠の淑女もそっぽ向いて 天国は遠く向こうのほうへ ここいらでひとつ踊ってみようぜ 夜が明けるまで転がっていこうぜ 聞こえてんなら声出していこうぜ アイムアルーザー どうせだったら遠吠えだっていいだろう もう一回もう一回行こうぜ 僕らの声 アイムアルーザー ずっと前から聞こえてた いつかポケットに隠した声が ここいらでひとつ踊ってみようぜ 夜が明けるまで転がっていこうぜ 聞こえてんなら声出していこうぜ ひいらぎの解釈 あーだのこーだの責任やら家庭なんて知ったもんか。 これからの人生は(自分にとっちゃ)厳しいものかもしれない。 ほら、目の前にある高い頂までの道のりは厳しいじゃないか。 イアン・カーティスとカート・コバーンはもう昔の人だから 逆らってもいいじゃないか。 それがすごく満たされているんだ。 踊る阿呆に 見る阿呆 我らそれを端から笑う阿呆 でかい自意識を抱え込んでは もう 磨耗 すり減って残る酸っぱい葡萄 膝抱えてもなんもねえ ほら 長い前髪で前が見えねえ 笑っちまうね パっと沸き立って フワっと消えちゃえる こんな輪廻 ひいらぎの解釈 愛されたいなら口に出そう。 思ってるだけじゃ何にも変わらない。 ここいらで一つ、新しいことを初めて見ないか? 今の自分が変わるまで止まらずに進んでみよう。 新しい音が聞こえるなら、声に出して自分を変えていこう。 今回の解釈は めちゃくちゃかもしれません。 (いつもだろっていうツッコミはなしね) でも、そんな僕も思うところがあってこの解釈にしました。 最初は、「LOSER」って米津さんのことを歌ってるんだろうなぁ。 なんて漠然と意識して解釈を始めました。 でも、途中でその意識を捨てました。 なぜなら普段「この曲いい」と言わない父が 「LOSER」はいい曲だと言っているのを思い出したから。 なぜ「LOSER」はいい曲だ。 と言ったのか... 解釈しながら僕なりに考えて見ました。 おそらく父、いや、世の中の多くの人生の先輩は 新しいことに挑戦したい そう思っているのではないかと。 でも、人生の先輩、特に家庭を持っている人は リスクが大きすぎて 新しいことに挑戦することができない。 そんな、どうしようもない状態を脱してもいいんじゃないか。 と 米津玄師は「LOSER」という物語を通して 伝えているから 父は「LOSER」はいい曲だ。 と言ったのだろうと。 こんな未熟な僕を大学に行かせてくれ、 自分のことは置いておいて 新しいことにチャレンジさせてくれている両親。 そんな両親に敬意じゃない。 最高の敬意を払い、 早く自分のことに集中させてあげなくてはならない。 と これを見た僕と同じくらい年齢の人にも この気持ちが伝わって欲しいと強く願っています。 全然まとまってない文章で、 「LOSER」の歌詞について書いてないじゃないかって言われるかもしれませんが 許してください。 それくらい僕は歌詞解釈をして衝撃を受けました。 こんな大事なことに気づかせてくれた「LOSER」と 米津玄師に感謝を。

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LOSER

いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り

2016年9月28日に発売される米津玄師の新曲「LOSER」。 スポンサーリンク 米津玄師はその歌にどんな意味や想いを込めたのか、歌詞を分析して考えてみたい。 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師 1番の歌詞について いつもどおりの通り独り こんな日々にもはや懲り懲り もうどこにも行けやしないのに 夢見ておやすみ いつでも僕らはこんな風に ぼんくらな夜に飽き飽き また踊り踊り出す明日に 出会うためにさよなら 今回のMVによって、米津は曲が書けて歌えるだけじゃなくて、踊ることもできる才能人であることがわかったが、それでも米津は常にどうしようもないくらいに孤独を抱えている人間なわけである。 その気になればチヤホヤされるような人生を歩むことだってできそうなはずなのに、どうしようもないほどの孤独感を抱えているからこそ、米津の歌詞は刺さるわけだし、同じような心を持った多くの人を魅了するわけである。 一人ではなく、独りという言葉でそれを表現するあたり、この歌詞にもそんな思いが色濃く滲んでいる。 でも、孤独な人だって本当は好きで孤独を選んでいるわけではない。 人と「合わせよう」とすることに疲れてしまうし、上手に「話の旨い人」を演じることができず、ゆえに過剰に相手のことを考えてしまい余計に上手く喋ることができないループに迷い込んでしまうからこそ、孤独になってしまう人はわりと多い。 だから、孤独である日々は懲り懲りなんだけど、かといって、どこにも行くことができずに結局は寝ることを選択するわけである。 ただ、米津はこの歌を自分と聴き手に対して向けた歌だと考え、かつ孤独である人たちのための歌であると考えているからこそ、歌の人称は「僕ら」という複数形を使うのである。 でも、そんな孤独な夜のことをぼんくらな夜と形容しており、今と違う未来を切望していることがひしひしと伝わる。 その決意のバトンは、次のフレーズに紡がれていく。 歩き回ってやっとついた ここはどうだ楽園か? 今となっちゃもうわからない 四半世紀の結果出来た 青い顔のスーパースターがお腹空かしては待ってる 孤独に夜の通りにいた主人公ができることは歩くことのみだった。 で、歩き続けた果てに新しい場所に出たのだろう。 ちなみに四半世紀とは25年のことであり、米津は今25歳なので、ぴったりとリンクするのである。 ということは、青い顔のスーパースター=米津ということだろうか。 この辺りのフレーズは、音楽だけを信じて色々と活動を続けてきて、それなりにたくさんの人に聴いてもらえるようになったけども、いま行き着いた場所(地位)は楽園だろうかと自問をしている米津自身の姿が見え隠れしているように感じた。 今の場所や地位が正しいかどうかはわからないけれども、正しいことを信じて待っているように見えるわけだ。 アイムアルーザー どうせだったら遠吠えだっていいだろう もう一回 もう一回行こうぜ 僕らの声 アイムアルーザー ずっと前から聞こえてた いつか ポケットに隠した声が 傍目からみたら勝ち組見える米津は自分のことをルーザー=負け犬と称する。 犬だから次に「遠吠え」というフレーズが出るわけだが、自分が歌うことを「遠吠え」と表現しちゃうのは日本でも米津くらいではなかろうか。 「僕ら」というのは米津と聴き手を含めているからと考えることができるわけだが、負け犬にしておくのは自分だけで十分だということだろうか。 もっと言えば、この歌を聴いているあなたたちは負け犬でないよ、としっかり線引きしていることだろう。 俺は負け犬だけど、みんなは違うから大丈夫だよ、と言わんばかりに。 スポンサーリンク 2番の歌詞について ああだのこうだの知ったもんか 幸先の空は悪天候 ほら窓から覗いた摩天楼からすりゃ塵のよう イアンもカートも昔の人よ 中指立ててもしょうがないの 今勝ち上がるためのお勉強 朗らかな表情 幸先とは前兆とか事を始める際の何か感じることとかそういう意味になる。 要はもう一回行こうぜと決意を新たにしたはずなのに、いきなり空は悪天候で何か悪いことが起きそうと予感するわけである。 摩天楼=天に届かんばかりの高い建物、つまり人生の比喩みたいなものであろう。 そういう広い視野からみれば、そんな悪天候なんて塵のように大したことないはずだと公言するわけである。 カートはたぶんカート・コバーンのことだと思うが、イアンという名の有名ロッカーはわりと多い。 孤独ということとリンクすることを考えれば、イアン・カーティスのように思われるが。 まあ、いずれにせよロックのレジェンドの名前をあげていることは間違いないのだが、その人たちは孤独から這い上がり、有名になってお金を稼ぐことになった人たちで、いま本気で孤独な人からすれば「中指をたてる」存在なのかもしれない(人によると思うけど)。 まあ、成功した人を妬むのではなく、朗らかな表情で自分なりの努力していこうよ、と言っているのではなかろうか、この片のフレーズは。 踊る阿呆に見る阿呆 我らそれを傍から笑う阿呆 デカイ自意識抱えこんではもう 磨耗 すり減って残る酸っぱい葡萄 膝抱えてもなんもねえ ほら長い前髪で前が見えねえ 笑っちまうねパッと沸き立って フワッと消えちゃえるこんな輪廻 理由は簡単でみんな阿呆なのであり、「賢い人」なんていないと米津は言っている。 阿呆に見える人を阿呆と思っている自分だって阿呆なんだよ。 それなら阿呆を受け入れて行動起こす人間が勝ちじゃんというわけだ。 自意識をデカくして磨耗して、酸っぱい葡萄みたいになるのは間抜けだともいうわけである。 膝かかえて行動しないでいたら、輪廻なんて消えちゃうよというわけである。 簡潔にいえば、細かいことなんて気にせずどんどんと行動しようぜ、という話。 だって、君たちは負け犬じゃないんだから、と。 愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね 永遠の淑女もそっぽ向いて 天国は遠く向こうのほうへ ああわかってるって 深く転がる 俺は負け犬 ただどこでもいいから遠くへ行きたいんだ それだけなんだ ただ孤独を嘆くのではなく、孤独が嫌ならばせめて「愛されたい」と周りにメッセージを放つことが大事だという米津。 思っているだけじゃ伝わらないというのはあまりにも的確な叱咤ではなかろうか。 淑女とは品位のある女性、いわば女神みたいなもんという感じ。 そんな人ですら、黙っていればそっぽ向いちゃうし、天国だって遠くの方にいってしまうと言っている。 これほどまでに頭でっかちで行動しない人に対してお説教をくらわすなんてすごい。 おそらくは負け犬である俺だって行動したら、「それなり」になれたのだから、負け犬ではないみんななら、もっと上を目指せるよという話なのだと思う。 ただし、負け犬だって負け犬なりに「動いた」からこそここまで来れたわけであり、それは「転がる」という無様な動きであろうとも、動くことを続けてきたがゆえの結果なわけだ。 とにかく「動く」ことがなによりも大事なんだとここで力説するわけである。 Cメロ~大サビについて 耳をすませ遠くで今 響きだした音を逃すな 呼吸を整えて いつかは出会えるはずの 黄金の色したアイオライトを きっと掴んで離すな アイオライトとは天然石のことである。 まあ、これはひとつの比喩であり、希望とか夢とか愛とかの例えなのであろう。 (黄金という修飾語が付いているわけだし) みんなも、きっとそういうものに出会えるはずだ。 だから、出会ったら絶対にそれを離すなよ、というわけである。 アイムアルーザー なんもないならどうなったっていいだろう うだうだしてフラフラしていちゃ 今に 灰 左様なあ アイムアルーザー きっといつかって願うまま 進め ロスタイムのそのまた奥へ行け 今が人生のロスタイムだとしてもいいじゃないか。 うだうだしてフラフラしているだけなら灰になる(要は死んでしまう)だけなのだから、願いながら行動しようぜという話である。 愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね 永遠の淑女もそっぽ向いて 天国は遠く向こうのほうへ ここいらでひとつ踊ってみようぜ 夜が明けるまで転がっていこうぜ 聞こえてんなら声出していこうぜ どう「動けば」いいのかわからないなら、せめて「踊ろう」というわけである。 身体を動かすことがまずはなによりも大事なことであり、自身を負け犬だと自称する米津だからこそ「行動できない人」の悩みとか苦悩とかがわかっており、逆に言えば、身体を動かすことの大切さもなおのことよくわかっているから、それを勧めるわけだ。 声もだせたらなおよし、といっている。 アイムアルーザー どうせだったら遠吠えだっていいだろう もう一回もう一回行こうぜ 僕らの声 アイムアルーザー ずっと前から聞こえてた いつかポケットに隠した声が ここいらでひとつ踊ってみようぜ 夜が明けるまで転がっていこうぜ 聞こえてんなら声出していこうぜ ポケットに隠した声とは胸の中にしまった己の夢に対する本音というふうにも解釈できる。 それはずっと前から聞こえてたはずで、本当は自分がどのように「動きたい」かもわかっているはずだというわけである。 綺麗に動く必要はない。 最初は転がるくらいでもいいじゃないか。 動こうよ。 できれば、声も出しながら。 そしたら、ただの孤独なだけの人生に光は指すから。 負け犬の俺に少しは光が差したように。 君の人生に光は必ず指すから。 米津は聴き手と本気で向き合いたいと思っているからこそ、ここまで辛辣な言葉を並べているのだと思う。 やったことのないダンスにチャレンジしたのも、そういう理由からなのかもしれない。 ハチっぽいサウンドにしたのも、米津の過去(孤独な過去)を少しでも意識させるような作りにしたかったからなのかもしれない。 関連記事: 関連記事: スポンサーリンク.

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米津玄師

いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り

結構テンポの良い曲が好きなんですよね。 米津玄師「LOSER」 (ルーザー)の歌詞 LOSER(ルーザー)の歌手、作詞、作曲は全て米津玄師自身で驚きました! 米津玄師「LOSER」(ルーザー)の歌詞を載せますね。 いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り もうどこにも行けやしないのに 夢見ておやすみ いつでも僕らはこんな風に ぼんくらな夜に飽き飽き また踊り踊り出す明日に 出会うためにさよなら 歩き回ってやっとついた ここはどうだ楽園か? 今となっちゃもうわからない 四半世紀の結果出来た 青い顔のスーパースターがお腹すかしては待ってる アイムアルーザー どうせだったら遠吠えだっていいだろう もう一回もう一回行こうぜ 僕らの声 アイムアルーザー ずっと前から聞こえてた いつかポケットに隠した声が ああだのこうだの知ったもんか 幸先の空は悪天候 ほら窓から覗いた摩天楼 からすりゃ塵のよう イアンもカートも昔の人よ 中指立ててもしょうがないの 今勝ち上がるためのお勉強 朗らかな表情 踊る阿呆に見る阿呆 我らそれを端から笑う阿呆 デカイ自意識抱え込んではもう 磨耗 すり減って残る酸っぱい葡萄 膝抱えてもなんもねえ ほら長い前髪で前が見えねえ 笑っちまうねパッと沸き立って フワッと消えちゃえるこんな輪廻 愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね 永遠の淑女もそっぽ向いて 天国は遠く向こうのほうへ ああわかってるって 深く転がる 俺は負け犬 ただどこでもいいから遠くへ行きたいんだ それだけなんだ 耳をすませ遠くで今 響きだした音を逃すな 呼吸を整えて いつかは出会えるはずの 黄金の色したアイオライトを きっと掴んで離すな アイムアルーザー なんもないならどうなったっていいだろう うだうだしてフラフラしていちゃ今に 灰 左様なら アイムアルーザー きっといつかって願うまま 進め ロスタイムのそのまた奥へ行け 愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね 永遠の淑女もそっぽ向いて 天国は遠く向こうのほうへ ここいらでひとつ踊ってみようぜ 夜が明けるまで転がっていこうぜ 聞こえてんなら声出していこうぜ アイムアルーザー どうせだったら遠吠えだっていいだろう もう一回もう一回行こうぜ 僕らの声 アイムアルーザー ずっと前から聞こえてた いつかポケットに隠した声が ここいらでひとつ踊ってみようぜ 夜が明けるまで転がっていこうぜ 聞こえてんなら声出していこうぜ 米津玄師「LOSER」(ルーザー)の歌詞の意味を理解すると発見があり、感情移入ができる 米津玄師「LOSER」(ルーザー)の歌詞を理解することで様々な発見があるし、 LOSER(ルーザー)を聞いている時に米津玄師の感情を理解できて、 自分の感情も移入できるようになります。 米津玄師の考えを知ることもできますからね。 もちろん、人それぞれ曲の解釈の違いはあると思うので、 僕なりの意見をつらつら話します。 米津玄師の「LOSER」(ルーザー)では いつもどおりの通り独り こんな日々もはや懲り懲り と出だしが入ります。 まさに、僕が昔思っていたことです。 孤独でもっと前に進めない自分に不甲斐なさを感じていました。 成長できなくて、結果が伴わなくて悲しい気持ち。 毎日の生活に張りがない状態でした。 そこで同じ生活から脱却したいと思うようになったんですね。 ああだのこうだの知ったもんか 幸先の空は悪天候 2番の出だしですね。 自分を変えたいけれど、うまくいかない状態。 そして、 黄金の色したアイオライトを きっと掴んで離すな サビの前ですね。 自分を変えて前に進んでいこうというメッセージのように受け取れますね。 僕自身も「いつもどおり」の道からいい意味で逸れて、 行動してから一気に状況が変わりました。 自分でもびっくりするほど、前に進めるようになったんですね。 だからこそ、変化って大切だなあと。 成長して知識を得ることで変化することが大切だなあと感じます。 停滞していると、なんかつまらないし、懲り懲りしてしまうんですよね。 この曲は米津玄師自身が「自分のことを書いた」と語っています。 「LOSER」(ルーザー)は「敗者」を意味します。 僕は昔、なんとなく時間だけがすぎていく毎日を過ごしていて、 人生の敗者だったんですね。 僕は今ビジネスをしているのですが、 ビジネスをしている時は、自分の成長を感じて充実しています。 昔のように、「いつもどおり」停滞している時間を過ごすのはつまらなかったのです。 つまらないということを自分で感じつつも、 懲り懲りした日々を送っていたんですね。 完全なる敗者です。 僕は大学1年生の時に、パズドラとかtwitterとかをダラダラやっていたんですよ。 退屈で暇すぎたので、とりあえずスマホをいじっていたのですが、 内心つまらねえって思いながらも続けていたわけです。 飽き飽きしていて嫌気がさしていた状況を変えたくてしょうがなかったのに、 平気で1日10時間とかスマホをいじっていました。 「あ〜〜〜なんか自分を変えて〜〜〜」 とか思いながらも、 なーーー〜んにもやらなかったんですよ。 思っているだけで、全く行動に移さない人間でした。 そんな僕もビジネスに出会って、 嫌いだった昔の自分から逃れて、 今では自由で充実した日々を過ごしています。 せっかくこのブログを見ていただいているので、 米津玄師の「LOSER」(ルーザー)を聴いてやる気をあげて、 何か行動できるようになってくれたら嬉しいです。 これは昔の僕へのメッセージでもあります。 歌詞でもこのようなことを伝えています。 進め ロスタイムのそのまた奥へ行け いつかではなくて、まさに今行動できる人が強いですよね。 同じ曲を聴いていても、結果的には違う解釈をしていたなんてことはよくあることです。 音楽というクリエイティブなものに触れることで、 どんどん想像力が高まっていきます。 他にも様々な曲を聞くと面白いです。 僕のyoutubeチャンネルを聴いても創造力がついていきますよ。 良かったら、チャンネル登録をお願いします! この前、本を出版しました。 意外にも気軽に本を出版できるものですね。 僕は映画が大好きなんですよね。 ミュージカル映画には元々興味なかったんですけど、この映画を見てから考えが変わりました。 では! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 僕は月収50万円を当たり前に稼いでいます。 ですが、 月収50万を稼いでいますというと、 超絶怪しいですよね。 お前には知識やセンス、才能があったんだろ?と言われます。 僕はもともとビジネスの知識があったわけでもなければ、 人前で話したり、文章を書くことなんて全然できませんでした。 コミュ障で病気で貧乏で、劣等感が半端なかったのです。 そんな僕でも自信を得ることができて、 月収50万円稼げるようになりました。 はっきり言って人生変わりました。 プライベートにもとても良い影響をもたらしてます。 結局慣れてしまえば勝ちみたいなところがあって、 稼ぎ方を学んでいけばどんな人でも稼げるし 誰でも自信を得ることができます。 僕「くま」が徐々に慣れて、月収50万を稼いだ過程を下記の記事では公開してます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 僕は病気で、 極貧バイト掛け持ち生活でしたが、起業して自分で事業を回せるようになりました。 怪しいですよね。 怪しいと思いますが、まずはこのような世界があることを知ってもらいたいのです。 その上で、僕のブログを見てもらいたいです。 また、今なら電子書籍を無料プレゼント中です。 僕の根底にあるのは 自由であれ、充実であれ です。 なんじゃそりゃって感じですよね。 どういうことかと言うと、 経済的自由 時間的自由 精神的自由 身体的自由 これら 4 つの自由。 僕はこれらの自由度と充実度がさらに高い状態を目指して生きています。 病気で、お金もなくて、コミュ障で、自信もなかった僕がどうなったのか? もっと詳しく僕を知りたい方は下記から見てください。

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