目も眩むような目映いばかりの栄光。 この世界の正義と定義され、人々だけでなく神々からも愛された男はその寵愛に驕ることもなく向けられる愛に応え、報いた。 生を受けた瞬間に様々な才能に恵まれていながらも、自らの研鑽を怠らずに高みへと上り続けた彼に対して好意を抱かない者がいるのだろうか、とカルナは思う。 武芸を極め、王族に相応しい器量、家を守り、兄弟と助け合い、師を尊び、民を愛する。 全ての理想を叶えた存在は同じ男として妬むという感情さえ浮かばず只管に眩しく映った。 数多の苦難に見舞われながらも美しく華やかに、そして強かに生きた彼の人生をカルナは至上の英雄譚であると考える。 サーヴァントとして召喚される英霊達にはそれに見合うだけの生前に歩んだ道が存在していて、それは自身さえ例外ではない。 己の生だって絶え間ない幸福に包まれ、最期さえカルナが最も尊んだアルジュナによって飾られたのだ。 どこの誰に語っても恥ずかしくない人生であった。 他の英霊達においても同様である。 しかしカルナにとって全ての英霊、いや彼からすれば取るに足らないような平凡な生を歩んだ人々であっても敬意を贈る対象には違いないのだが、殊アルジュナという英雄は別格の存在なのだ。 あの男に好意を抱かない者がいるのだろうか。 それは先にも述べたがカルナの正直な感想である。 生前は武器を交え、互いを害し合う宿敵という関係性であったアルジュナとカルナは人理修復という歴史に二度はないだろうイレギュラーな状況の下に、それに抗うカルデアという組織に召喚され、言わば共に戦う仲間となった。 同じ場所で、同じ主君に仕え、同じ敵と戦う。 アルジュナが唯一心から殺意を向ける存在であることが誇りであったカルナにとって彼との命のやり取りを禁じられる環境は少しばかり口惜しくもあるが正義の体現者たるアルジュナと同じ場所に立っていることが嬉しくもあった。 未だアルジュナからは身を引き裂くような鋭い視線を向けられることが多いが、それでも構わない。 あの大英雄が自分のような存在に、たとえ負の感情であろうともそれを割いてくれているだけで充分だった。 アルジュナと同じ目的を持って戦い、物語の悪として討たれることもなく十全の正義として戦うことに少しばかり酔っていたとも言える。 事の発端はカルデアで定期的に行われるサーヴァントと職員を交えた宴会だ。 その日ばかりは一切のレイシフトを行わず、日頃の疲れを酒宴で癒す。 マスターである少年は未成年である故に現代の法では飲酒を許されていないが料理長手製のフルーツジュースを片手に楽しそうに交流を深めていた。 カルナも決して口数が多い方ではないにしろ様々な伝説を築き上げた英霊達の話を聞いているのが楽しくて、口内を酒で濡らしながら、食堂の中でいくつか形成されているグループを渡り歩く。 慣れない酒に浮かされた思考の中、集団から一歩引いた場所で静かに酒を飲んでいる男が目に入った。 食堂の壁にもたれ掛かりながら簡素な器に注がれた酒で唇を濡らすのは宿敵であるアルジュナだ。 純白の衣装を纏い静かに佇むそれは宛ら壁の花である。 いつまでも眺めていたいような美しさであるが、こんなにも楽しい宴席をただ花として終えるのも勿体ない。 ゆらゆら、と覚束無い足取りでアルジュナの方へと歩み、声を掛けようとした瞬間。 カルナの足は縺れてしまい、そのまま敬愛すると言っても良い大英雄の前で派手に転けてしまったのだ。 幸いにも酒がすっかりと回りきった周囲の者は誰もカルナのことには気付いていない。 唯一人、目の前で自身を見下ろしているアルジュナ以外には。 「何をしている」 「見て分からんか。 転けたのだ」 「転けた? ふ、く……っ、ふふっ」 「なんだ無様だと嘲るか」 「いや、貴様もそういう風に人の子らしいこともするのだな、と。 単純におかしかっただけだ。 気を悪くするな」 頭上から落ちる笑いにカルナが憮然とした表情を向けようとした刹那、アルジュナはその場にしゃがみ込みカルナと視線を合わせる。 その表情に浮かぶのは嘲笑ではなく、本当に純粋な、まるで子どものような笑顔だった。 「はは、本当におかしい。 ああ、兄さん、貴方は太陽神の一部でもあるのだからお転婆も程々に」 「……っ、今後は気を付けよう」 「幼い日のナクラやサハデーヴァを見ているようだ。 ふ、カルナ怪我はないか? ああ、泣いてはいないようだ良い子だ」 ぐしゃりと髪を撫でられて笑うアルジュナにカルナの心臓は正しく貫かれた。 今思えば、あの瞬間アルジュナもまた大分酒が身体に回っていたのだろう。 そうでなければ彼が自身に向かってあんなにも無邪気な笑顔を向ける筈はないし、穏やかに触れることもない。 その証左に翌日、廊下で偶然顔を合わせた際には頭を抱えて二日酔いに苛まれながらも普段と変わらない鋭さを以てカルナに接した。 しかしあの日、今まで一度として見ることのなかったアルジュナをカルナは忘れることが出来なかったのである。 大英雄から向けられる唯一無二の殺意と憎悪は心地良くさえあったが、それ以上に親しい者に向けられる柔らかな姿。 カルナはそれに激しく心を掴まれてしまったのだ。 「それでマスターはどう思う?」 「どう思うかあ……、言っても俺もそういうのあんまりよく分かんないんだよなあ」 マスターの私室の警備の任を与えられたカルナは夜、彼と同じ寝台に横たわりながら数日前の酒宴での出来事をぽつりぽつりと口にする。 俯せになり、お互いに首を傾けて向かい合わせで会話をする二人はさながら修学旅行中の学生のようだ。 彼らの名誉のために言うならば、この共寝には決して疚しい意図があるわけでなく常に雪に覆われるカルデアにおいて空調が効かせてあろうとも特に冷える夜、寒さを訴えたマスターに対して自身の持つ日輪の威光をカルナが施したに過ぎない。 元よりマスターの生き様を好ましく思っているカルナにとって自分の身が彼に安眠を齎すことが出来るのならばそれは至上の喜びなのだ。 そうしていつからカルナに護衛が任された際にはこうやって二人で語らいながら眠るのが常となった。 普段ならばその日にあったことを取り留めもなく話すのだが、今日はカルナが珍しく相談という形で話を始めた。 他者に頼ることを知らない彼がこうやって自身を頼ってくれているのだ。 マスターとしても出来れば応えてやりたい。 実を言えばマスターの中には一つの答えが既に導き出されていて、しかしそれを容易く口に出来るほどカルナとアルジュナの関係性は単純なものではなかった。 「じゃあさカルナは飲み会の後、アルジュナを見てどう感じる?」 「ふむ……、こう、なんというか呼吸がし辛いというか……ああ、それに戦闘中でもないのに心臓が逸るな。 まさか霊基の異常だろうか?」 「いや、それは大丈夫だよ。 俺が保証する」 「そうか、マスターが言うのならそうなのだろうな。 承知した」 話を聞いていてもどかしくて仕方ない。 簡単なことだ。 カルナはアルジュナに対して恋情を持っているのだ。 同じ母から生まれただとか宿敵だとか男同士だとかは関係ない。 そもそも高い神性を備える彼に性別の概念があるかさえ怪しい。 元よりカルナにとってアルジュナという存在が特別なものであるというのは彼らがこの場所に召喚された日から分かりきっていた。 それが例の宴会の日を境に形を変えただけである。 神代の英雄であり、自身よりもずっと長い間在り続けた存在ではあるが、その全てを武芸と忠誠に捧げたカルナは人間にとって自然な感情である恋に理解が及んでいない。 いや、経験がないと言った方が良いか。 だからこそ現在、彼を悩ませるそれが分からず霊基の異常などと頓珍漢なことを言っているのだ。 マスターは彼らを渦巻く複雑な事情に頭を巡らせて、そしてアルジュナという男を思う。 アルジュナにとってもカルナは特別な存在であり、妬ましいと思う感情の裏には明確な憧れが座していた。 それが恋に分類されるものかと問われればマスター自身答えを持ち合わせていないが、二人が同じ陣営で同時現界するという奇跡の邂逅の中でカルナが抱いた最初で最後の恋心を見殺しにしてしまうのも忍びない。 稀代の大英雄である二人なのだ。 何があっても乗り越えることは出来るだろう。 マスターは意を決してカルナに自身が持ち得る答えを与えた。 「多分ね、カルナはアルジュナに恋をしてるんだと思う」 「恋……? 恋というのは男と女がするものでは? アルジュナは生前色々あったようだが此処にいるのは間違いなく男のアルジュナてあり、オレ自身も勿論男だが……」 「そういうのは関係ないと思うよ。 人が誰を好きになったとしてもそれに何か言う権利なんて誰も持ってないんだから」 「確かにオレはアルジュナを好ましくは思っているが、それはお前だって変わらない。 オレはマスターのことも好ましく思う。 ならばこの感情も恋となるのだろうか?」 カルナのあまりに幼い返答に思わず笑みが零れる。 戦場においては他の追随を許さない圧倒的な力で敵を灼き尽くす男が恋という単純な人間の情に対してここまで無垢なのだ。 マスターはカルナの髪に触れて、アルジュナがやったようにぐしゃぐしゃと撫で上げた。 「俺にこうされてどう感じた?」 「酷く心地が良い。 母に甘やかされているような……、いやオレにその記憶はないのだが、おそらくそういった……」 「ぐ……っ」 手懐けた野良猫のように頭を手にすり寄せて強請る様は愛らしく、マスターの心に何かが刺さった。 子が親離れする際に抱くようなそれはマスターにとっては未経験のものではあるがきっと間違ってはいないだろう。 「と、とにかくアルジュナにされたときとは違うだろ?」 「確かに。 あの時のような胸を押し潰されるような圧は感じない」 「でしょ! それが恋なんだよ」 「なんと……、そうか、なるほど……これが恋とは。 お前は素晴らしいマスターだ。 こんなにも簡単にオレの問いに答えるとは。 お前のようなマスターに仕えられるなどオレは本当に恵まれた英霊だ。 やはりサーヴァントの中で最高の幸運度なのだろうな、オレは」 持ち前の前向きな思考回路は彼の美点である故に何も言わない。 マスターからの答えに満足したカルナが小さく笑みを浮かべて「そろそろ寝るか」と言って布団を整え直す様子を見ながらマスターは親離れと言えばそうではあるが、更に詳しく述べるならば嫁にいく娘を見ているような気持ちを抱いた。 カルナという英雄は基本的に潔く、自身を隠したり偽ることをしない英雄である。 それは自身が持つ神眼故に他者にもそれを許さない。 翌朝、カルナは廊下を歩くアルジュナの背中を見つけて駆け寄り腕を取って告げた。 「アルジュナ、オレはお前に恋をしているらしい。 傲慢な願いであることは承知しているが応えて貰えると喜ばしいのだが」 「は? 正気か、貴様」 カルナの初恋は開始数日で他でもないアルジュナの手によってバッサリと切り捨てられた。 睡蓮の花の香り。 日輪の威光を背負った身体に燻る熱を冷ます清らかな水に身を浸しながらカルナはカルデアの擬似太陽に向けて祈りを捧げていた。 自覚から数時間で手折られた恋心は未だカルナの中で枯れることなく撓垂れてはいようとも華を咲かせ続けてる。 アルジュナに振られてもなお、カルナの精神は折れず日常の戦闘だって十全にこなしていた。 マスターである少年にだけは事の次第を伝えれば大層顔色を悪くしていたが、他の者達にはアルジュナとカルナの間で起こった出来事など知る由もないだろう。 沐浴によって清められた身体には常の黒衣はなく、人間とはかけ離れた穢れを知らぬ肌は正に純白。 色素を主張するのは胸に輝く紅の宝玉と人々を見守る空のような瞳だけである。 カルナという存在を知らぬ者からすれば地上に降り立った神と思うに違いない。 「父よ、オレは失恋してしまったようだ。 確かにアルジュナがオレのような男に応えるなど、有り得る筈もない。 己の分も弁えずに恥じ入るばかりだ……」 傍から見れば、あの日以降のカルナになんの変化はない。 元より鋼よりも硬い精神を持った男なのだ。 失恋ごときで周囲に気取られるほど変化を見せるほど弱いつもりもない。 しかし初めての恋、そして失恋。 今までに経験したことのなかった出来事を短期間に二度も味わい、それが自身の意向に沿わないものとして終わればそれなりに落ち込むものだ。 年若いマスターに弱った自分を見せるわけにはいかない。 ならば、と頼ったのが敬愛して止まない父だった。 勿論、目の前に父神たるスーリヤがいる訳では無い。 しかし模擬的なものであったとしても天に輝くは太陽に違いないのだ。 きっと自分の声も天上に座す父に届いている筈。 敬虔な教徒のように長く祈りを捧げて、そろそろ沐浴を終えようと身体を起こした刹那、カルナの霊基は懐かしい魔力に包まれた。 「ああ、不憫な……。 こんなにも美しく愛らしい私の子がインドラの息子程度に心を砕くとは……」 「父上……?」 「そうだ、父であるぞ。 そら、久しぶりだ。 もっと顔を見せよ」 泉で沐浴をしていた筈の身体はスーリヤの腕の中に在り、自分とよく似た顔の父が悲哀の表情を浮かべて見下ろしていた。 英霊召喚システムが完成した際に聖杯に導かれ魂を座に収容されて以来の邂逅である。 サーヴァントという存在が世界から必要とされなくなるまでは直接顔を拝することも叶わないと思っていた父に会えてカルナの心は喜びに満ちた。 自分はマスターに仕えるサーヴァントであり、カルデアに戻らなければいけない存在ではあるがひと時の親子の触れ合いに心地良さを覚える。 父と同一化して二人で一柱の神であった時を思い出すようだ。 「そのような事をするために、この子を招いた訳では無いだろう」 「無粋な奴よ。 久方ぶりの親子の再会も待てんか、インドラよ」 「父に向かってなんだその口の利き方は」 「貴様を父と思ったことなど一度もない。 はっ、まさかこの可愛い可愛いカルナを孫と呼びたいのか……? 許さん、疾く失せよ」 「親馬鹿も過ぎると哀れよな。 そう思わんかヴァスシェーナよ。 ああ、今はカルナだったな」 父と自分の二人だけと思っていた空間に響いたインドラの声。 自身の幼名を呼ぶ神はカルナの想い人の父であり、その姿は彼とほとんど相違はない。 心底面倒臭そうに表情を歪めて、自分たちを見下ろすインドラは目的を持ってカルナを天上へと招いたらしい。 しっしっ、と手を払うスーリヤを気にする素振りも見せずに太陽神の玉座の傍らに立ったインドラは表情を反転させ、にんまりと微笑む。 息子であるアルジュナは心の奥に清廉なる英雄とは真逆の精神性を持った黒を住まわせているが、その父にも同じものがあるのだろうか。 とても神々の王とは思えない、言ってしまえば邪悪さが滲み出たような笑みを浮かべていた。 「我が息子も半神とはいえ人間なのだ。 許せよ、白き子よ」 「どういうことだ?」 「認められないのだよ。 神であるお前が人間の己に気持ちを傾けることを」 「いや、私も認めてはいないがな。 カルナにはカルナに相応しい伴侶がいよう。 人間風情が生意気な」 背後で怒りを露わにする父と目の前で笑うインドラ。 確かに自分は父と神性を分かち合い太陽神と成った存在ではあるが、元を辿ればアルジュナと共に同じ世界で生きた人の子である。 むしろ自分の方こそアルジュナには相応しくないように思えた。 あれだけの美丈夫である。 数多の女達がアルジュナに恋をしたことだろう。 性別は違えどカルナとて、その女達の一人であり浅ましくもそれに応えられることを望んでしまった。 そう思うと再び羞恥の念が襲い来て、思わず父の胸に縋りつく。 ここには守るべき存在も、仕えるべき主人もいないのだ。 少しくらい父に甘えても構わないだろう。 基本的に高潔な戦士であるカルナではあるが、父に対してはそれなりの脆さを見せるのだ。 それは死した後、幼子の姿に戻され離れていた時間を埋めるように育て直された結果でもある。 そんなカルナの背を撫でながら愛らしいと感想を漏らすスーリヤもまた深く息子を愛していた。 「だからこんなことのために呼んだ訳では無いだろう」 「……っ」 「ふざけるな! カルナに乱暴をするな。 美しい顔に傷がついたらどうしてくれる!」 「私とてこの子の容姿は気に入っている。 そんなことはしないとも」 カルナの首を強引に自分の方に向けたインドラは焦れたように言葉を吐く。 傷つけないとは言ったが、ここが天上でなければおそらく自分の首は折れていただろうとカルナは思った。 現に首の付け根には鈍い違和感を感じる。 「良いか、カルナよ。 男というのは存外に単純なものだ。 アルジュナとてそれは変わらん」 「そうなのか?」 「そうだ。 これまで意識していない相手からであっても恋を告げられれば否が応でも意識をしてしまう。 その相手がお前であれば尚更のことだ」 「そうなのだろうか……?」 「そうだ」 アルジュナの父であるインドラが言うことなのだから間違いはないだろう。 しかし意識されたからと言っても、やはり自分のような男、ましてや憎悪の対象でもある男に向けられる恋情などアルジュナにとっては忌むべきものではないか。 カルナが思案に陥っているとインドラは溜息を吐いて、彼の白い頬を撫でる。 「清廉な心は好ましいがな。 お前はもう少し自己評価を高めるべきだ」 「む、オレは自身を客観的に評価していると思うが……」 「いいや、私から見れば些か謙虚が過ぎる。 もっと悪しき心を持っても良いと思うぞ」 「オレとて人の子、悪事を働くこともある」 カルナの言葉を鼻で笑ったインドラは「そういうところだ」と呟く。 その言葉の意味を解することが出来ずに問おうにもカルナの身体は黄金に輝き、粒子として拡散しつつあった。 天上からの退去、そもそもこの場所にサーヴァントであるカルナの存在は異質なのだ。 そう長い時間は保たないだろうとは思っていた。 「カ、カルナ……! もう行くのか……、折角会えたというのに……、父は寂しい」 「父上、いつか必ず貴方の元に還る。 それまではオレをその威光で照らし続けて欲しい」 「当然だ! あ、ああ……いや、しかし、うっ」 「この馬鹿のことは私に任せるが良い。 腐っても息子である故な。 お前はお前の歩むべき道を歩みなさい」 完全に霧散する直前、インドラがアルジュナと重なる。 目を開ければ変わらずカルデア内にある人工の泉。 一体どれくらいの時間が経過しているのか。 水辺に置いた端末に目を下ろせば沐浴を始めてから一時間といったところか。 今度こそ水から上がり、霊基の調整により装備を整えたカルナはインドラの言葉を反芻する。 悪意が足りない、とも言われたが生前は忠誠を誓った友と共にそれなりの悪事を働いた。 それこそアルジュナを始めとするパーンダヴァの兄弟達を追い詰めたこともあったし、武芸の師に対して嘘を吐いたこともある。 実際にアルジュナという正義の存在によって悪として討たれた自身は充分悪の心を持ち合わせている筈なのだと思った。 そもそも清廉というのは自分のような男ではなくアルジュナのような男を指す言葉だ。 思考に耽りながら自室への道を歩んでいると前方から見慣れたサーヴァントが一騎こちらへ向かってくる。 自分よりもずっと後の時代の英霊である彼は復讐のために悪逆へと手を染めた男だ。 「珍しいこともあるようだ。 太陽神の御子息、神にも等しい貴方が俺のような復讐者に触れるなど」 「貴公に相談したいことがある」 「これはまた。 良いだろう。 ちょうど良い茶が手に入ったところだ。 俺の部屋で良いか?」 「構わない。 感謝する、巌窟王よ」 餅は餅屋というのはマスターの国の諺だったか。 悪を問うならば悪に、である。 巌窟王の場合は己の正義を貫くために悪と成った、純粋な悪逆ではないとカルナ自身は感じていたが偶然にも目の前を通り掛かったのが彼だったのだ。 思慮深く、聡明な彼ならばきっと自分の問いにも答えを齎す筈だ。 来た道を戻り、巌窟王の私室へと向かう後ろ姿を彼の想い人が見ていたなんてことは知る由もなかった。 「あ、あの……! 尻軽が……っ」 「成程、そういうことか」 「何か分かったのか?」 巌窟王の私室で振る舞われた西洋茶で口内を潤しながらカルナは事のあらましを話した。 流石に想い人の名前は最後まで口にはしなかったが。 ふんふん、と面白そうに笑う姿は成程、悪と呼ばれるに相応しいようにも思う。 口内に広がる花の香りを楽しみつつも巌窟王の言葉を待つカルナは彼の言葉に虚構が混じることのないように注意深く観察した。 他者とのコミュニケーションというものに関して、カルデア内で彼の右に出る者はいないのだ。 その華麗な話術で社交界を駆け抜け、復讐を遂げた男である。 自分のような口下手では到底敵わないだろう。 寝台に腰掛けるカルナの横に同じく腰を下ろした巌窟王はティーカップをテーブルに置いて漸く口を開いた。 「そのインドラ神の意図することであるかは分からんがな」 「ああ」 「アルジュ……、お前の想い人は話を聞く限り十分にお前へ心を傾けているように思う。 そして彼は誠実な人柄なのだろう?」 「ああ、誠実で実直であり、紛うことなき正義の大英雄だ。 あの高潔な魂と精神はこの世界の何よりも尊く……」 「ああ、もうそれは既に聞いた」 「むう」 アルジュナがいかに素晴らしい英雄か話して聞かせようとすれば飽き飽きした様子で巌窟王がそれを切る。 語っても語り尽くせない程にアルジュナの美点はあるというのに、とカルナは少しばかり不満げに表情を歪めた。 「インドラ神の言う悪が何かは知らんが、男を、しかもアル……、お前の想い人のような誠実な男を確実に落とすなら手段は一つだ。 しかしお前に悪徳を手に取る覚悟はあるか?」 「む、侮ってくれるなよ。 オレは生前結構悪い奴だったのだ」 「そうか。 ならば答えよう」 睡眠の概念がないサーヴァントであろうとも人間である職員を気遣って自室で大人しくしている夜半。 カルナはアルジュナの私室の前に立っている。 昼間、巌窟王より与えられた答えは至極簡単なものであったが反面カルナ一人では決して辿り着けるものではなかった。 確かにそれならばアルジュナのような男を陥落させるのは可能だろう。 しかしカルナには未だ迷いがあった。 そんな卑怯な手を使ってまで彼の気持ちをこちらに縛りつけるべきなのだろうか、と。 話の最後に巌窟王はインドラが許し、スーリヤも異を唱えなかったことを挙げて、それを肯定した。 神々に間違いはないし、それがアルジュナの父と自身の父であるならば尚更のことだ。 巌窟王に紹介された新宿のアーチャーなるサーヴァントによって企みが成功するという装束さえも整えられている。 ここまでのお膳立てをしてもらいながら、やはり出来なかったと言うのも忍びない。 頭に着けた髪飾りが頭蓋を締め付けた。 鎧を解除した上で纏った純白の衣装を見下ろしながらカルナは意を決する。 やれば出来る男だ、と。 生前に重ねた悪を思い出せ、と。 どんなに聖人と称されようとも人の子故に多少の悪心はあるのだ。 そうやって自分を奮い立たせてカルナは霊体化して静かにアルジュナの部屋に忍び込む。 室内は暗く、アルジュナは寝台に横たわり目を閉じていた。 見れば見るほどに惚れ惚れする容姿をしている。 精悍な顔つきは周囲の者に安心を齎し、ふんわりとした癖毛は可愛らしくもあった。 眠っているアルジュナの身体を跨ぎ霊体化を解いた瞬間、閉じていた瞳が一気に持ち上がりカルナの存在を認める。 「は……?! あ、え、カルナ?! な、なんだその格好は?!」 流石、弓兵。 瞬時に目を暗闇に慣れさせて自身の置かれた状況を把握したアルジュナは困惑したようにカルナを見上げている。 アルジュナに対する第一声は既に決めていた。 いや、新宿のアーチャーによってそう言うように指示されていた。 「オレを五人目の花嫁にして欲しい、…………にゃん。 夜伽も任せるが良い、にゃん……」 「貴様、正気か……?!」 戦慄に表情を染めたアルジュナを見てカルナは生まれて初めて居た堪れないという感情を知った。 巌窟王がカルナに授けた答えは有り体に言えば夜這いをしてしまえということで。 アルジュナのような真面目な男ならば婚前に身体を重ねた相手を無下にもするまい。 既成事実さえ作ってしまえば後はどうにでもなる。 その作戦に沿って新宿のアーチャーはカルナを純白の花嫁衣装で包み、更にアルジュナの思考を混乱させるために猫耳を模したカチューシャを頭に載せた。 それに関しては完全に遊ばれているのだが、カルナ自身は彼らの言葉にも一理あると真面目に受け入れてしまったのだ。 「正気じゃなければ、とうにお前の、……お前の魔羅を……」 「とりあえずその珍妙な格好を解いてからだ。 よし、話をしよう。 話を」 「珍妙……、確かにそうだな。 オレのような無骨な男がこんな美しい衣装を纏っても無様なだけだろう」 「ち、違う……! そういうことではない!」 突然、身を起こしてカルナの肩を掴み、寝台へと縫い付けたアルジュナの目はどこか逸っているように見えた。 目を閉じれば昼間見た不快極まりない光景が瞼の裏に映る。 自分への好意を告げておきながら他の男に簡単に触れて、あまつさえ部屋にまで連れ込まれていく宿敵の姿。 カルデアの酒宴の際に見たカルナの幼さ。 それに好意を覚えて、けれど翌朝顔を合わせた時には既に普段の冷徹な表情を浮かべた彼にとって、ひと時とはいえ過ごした穏やかな時間の記憶などないのだろう。 あの日のカルナは酷く酩酊していたようであったし、忘れていても無理はない。 しかしアルジュナは確かにカルナに対して好意を抱き、けれど相手がその出来事を覚えていないというのはなんとも悔しくもあったのだ。 自分ばかりがカルナとの触れ合いを後生大事にしているなんて。 そんな気持ちのまま、いつも通り刺々しい態度を取ってみてもカルナの様子はなんら変わることなく意識している自分が哀れにさえ思った。 そしてその数日後、アルジュナはカルナに恋情を告げられたのだ。 カルナのような尊き神性の男が自分のような人間風情に恋心を持つ。 そんなことは有り得ないし、そもそも住む世界が違うのだ。 半神といっても人間であるアルジュナと異なりカルナは太陽神の片割れで明確な神である。 神が人に恋するなど。 そんな思いを込めて吐いた言葉はカルナの正気を疑うもので。 様々な能力を持つカルデアにおいて、たとえカルナ程の英雄であっても精神を錯乱させる呪いに罹っていてもおかしくない。 こんな美しい人が自分なんかに。 アルジュナにとってカルナからの好意はそれほどまでに受け止め難いものだったのだ。 そして現在に繋がる。 目を丸くして自身を見上げるカルナを上から下まで検分した。 真っ白な花嫁衣装には控えめながらも真珠の飾りが縫い付けられており、首元と袖に施された黄金の刺繍はカルナによく似合っている。 首から足まで絹で被われ、肌を見せない貞淑さは彼の控えめな精神性を表現しているのだろうか。 背後で誰が手を引いているのかは分からないが、なかなかに良い趣味だと思った。 「アルジュナ……? どうした、にゃん……」 「お前は語尾にそれを付けないといけない呪いにでも罹っているのか」 「いや、付けた方が良いとの助言を貰った故にゃん」 「変に慣れる前に止めろ」 「む、承知した」 カルナの頭に存在を主張する猫耳を奪い床に放り投げる。 恐らく、この男は自身が遊ばれていることにも気付いていないのだろう。 決して女の骨格ではないが、高い神性故に性別を感じさせない顔貌がこちらを見つめている。 その神眼の晒されるだけで隠したい自身の側面を引き摺り出されるようで気分が落ち着かなかった。 「それで、貴様は一体どういうつもりで? まさか寝首をかきに来た訳でもあるまい」 「どういうつもり……、失敗に終わった今それを問うか」 「聞く権利くらいはあると思うが」 眉を寄せ、唇を尖らせて言うか言うまいか、思案している様子のカルナを急かすことなくアルジュナは言葉を待つ。 こういう手合いは急かしたところで何も良いことなどないのだ。 やがて自分の中で答えが纏まったのか、うろうろと彷徨っていたカルナの視線が再びアルジュナへと重なる。 「とある人物に相談した結果、お前を落とすには既成事実を作るのが早いと……」 「お前は馬鹿なのか? ああ、馬鹿だったな。 第一、貴様は男同士でのそれの作り方など知らんだろうに」 「む、馬鹿にするなよ。 それについてはここに来る前にえーぶいとやらで学習済みだ」 「ばっ、馬鹿者! なんてものを観ているんだ!」 ぐらり、と眩暈がした。 カルナのような清廉な存在が人間の肉欲を満たすために作られた映像を観たと。 男同士のそれが何故、このカルデアにあるのか。 そんな疑問が持ち上がらないくらいにアルジュナの心は恐慌状態である。 この美しい瞳にそんな下卑たものが映ったなんて。 時間を巻き戻せるなら戻したい。 カルナが見る価値もないものを、カルナの眼が穢される前にこの世から消し去りたかった。 「口吸いに手淫、口淫、更にはお前の魔羅を受け入れるくらいの知識は……」 「あー! もう喋るな!」 「んむ……っ」 余計なことを口走るカルナの口を手で押さえてアルジュナは深く溜息を吐く。 カルナと比較すれば自分のような取るに足らない人間に対する恋を成就させるための暴挙。 その手段には些か、いや多大な問題があったもののその全てがアルジュナを振り向かせるためのものであったとするならば不本意ながらも気持ちが高揚する。 授かりの英雄という特性上、神々からの寵愛を受けやすい自身に向けられるカルナからの好意も、その神性に引き摺られたものに過ぎないと考えていた。 そうでなければアルジュナ個人に対してカルナがそれを向ける理由が分からない。 宿敵であり、最期は卑怯な一手で自身の命を奪った男に。 けれどその全てがカルナの行動と言動で吹き飛んだのだ。 神々はアルジュナを寵愛し、与えて、それに見合うだけの何かを求める。 それは勝利であったり、正義であったり様々ではあるが決して無償のそれではなかったように感じていた。 神々にその意図がなかったとしてもアルジュナはそのように思っているのだ。 目の前の男はどうだろうか。 好意を、恋情を向けて、しかしアルジュナに対して何かを与える訳でもましてや見返りを求めていることもない。 ただ純粋に恋をして、出来ることなら自分に応えて欲しいと。 それが見返りであると言えばそうであるが、これまでの神々からのそれに比べれば余りにも可愛らしいものだ。 「はあ……」 「アルジュナ、怒っているのか? いや、怒って当然か」 「いや、呆れているんですよ」 そもそもこの勝負、アルジュナに勝ち目などなかったのだ。 恋というには重く、愛と言うには鋭過ぎる感情を幾千年も抱き続けたアルジュナはとうの昔にカルナという男に心を掴まれているのである。 それこそ始まりはあの競技会だったのかもしれない。 「私のこれが恋なのかは分からないが、それでも貴様に対しては憎しみとは別に言葉にし難い感情を抱いている」 「それは」 「答えが出るかは分からん。 しかしお前が他の者と接しているところを見るのは不快に思う。 故に私はお前を縛るだろう。 それでもお前は……」 「お前ごときに縛られるオレではない、が甘んじて縛られてやるのも良いだろう」 ふわりと微笑むカルナにぎゅっと霊核を押し潰されるようだ。 恋なんて生前には数え切れないほどに経験した己ではあるが目の前の男に対して抱く感情はあんなにも甘やかで優しいものでもなかった。 自分だけを見て、自分のことだけを考えて、自分にだけ触れて欲しい。 恋や愛は等価交換で成り立つものであり、一方的に奪うものではない。 本当にこの美しい男にそんな醜い感情を向けることが赦されるのだろうか。 「お前が恋が分からんと言うならオレが教えよう。 言ってもオレもよく分からんのだが」 「なんだそれは」 「とりあえずだ。 今夜は共に寝てみないか?」 「ふ、私が無体を働かないとでも?」 「お前が望むなら是非もなしだ。 そもそも今夜はそのつもりで来たのだしな」 「馬鹿を言うな」 カルナの上から退き、ごろりと隣へと横たわる。 どちらからともなく触れた指先から伝わる熱が心地よくて、身体をカルナの方へと向けてその痩身に腕を回せば、ふわりと懐かしい香りがした。 「この香りは……」 「む、父上か或いはインドラの匂いが移ったか……?」 「貴様は一体、誰に何を相談したんだ」 問い詰めるべきことは無数にあった。 しかし自身の意識を引き摺り下ろす体温に抗えず。 「おやすみ、アルジュナ」 眠りを誘う穏やかな声に問答は翌朝へと持ち越すと決め込んだ。 翌朝、部屋が半壊する程の殴り合いの末にマスターから二人揃って種火周回の罰を受けたのは別の話である。
次のNP50%以下のチャージ礼装は無意味になるので要注意。 あくまでNPチャージ礼装を持たせるならカレスコや虚数魔術推奨。 術サポーターを始めとして四騎士は耐久が困難なので、早期の撃破がお勧め。 前述した通りNP50%も減らされるので、いかにHP20万を削りきるか工夫が必要。 NP供給で一気に宝具発動まで持っていくか、クリ殴りを狙うか事前に方針を決めておきましょう。 超火力の全体宝具が即飛んできます。 ダメージ前にバスター耐性デバフが入るので、食らってしまうと耐えようがありません。 ちなみにギミックで弱体無効が付与されているのでガンドによる足止めも不可能。 タイミングを合わせて全体無敵や回避を使うか、あえて倒させて後続に繋ぐなど方針を立てましょう。 全てのバフを剥がされた状態でアルジュナの超火力を食らうので、このターンの耐久はかなり厳しいです。 メインが倒されてしまった場合に備えて保険のアタッカーを控えに入れておくのが無難。 また、礼装でのバフは消されないので「看板娘」といったタゲ集中礼装を盾役に持たせておけば、問題なく主力を守る事ができるのでお勧め。 宝具でのB耐性デバフ・スキルのBクリ発生率UPなど事故要素も多数あるので、主力の被弾は極力避けましょう。 その為にタゲ集中持ちの盾役を複数入れておくのがお勧め。 被ダメが致死レベルなのでガッツや無敵・回避で凌げるとベスト。 リンボ要員には水着邪ンヌを、アルジュナ戦用にはエウリュアレ+絆ヘラクレスを採用しました。 いかに早くリンボを撃破できるかが鍵。 アルジュナ戦は絆ヘラの単騎状態に持っていければ攻略が楽になります。
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