お 坊さん の いない お 葬式。 お坊さんのいないお葬式について|お坊さんのいないお葬式|日本全国の葬儀場をご案内

お坊さんを呼ばないお葬式に必要な準備など

お 坊さん の いない お 葬式

お坊さんを呼ばないお葬式はあり?呼ばないケースとは 「お坊さんを呼ばないお葬式はありか、なしか?」 結論から言うと「あり」です。 お葬式ではお坊さんを必ず呼ばなければいけないと、決まっているわけではありません。 現代の葬儀では様々な理由から、お坊さんを呼ばないお葬式の形を選択される方も増えています。 葬儀にお坊さんを呼ばないケース ・キリスト教や神道など仏教以外の宗教を信仰している ・宗教儀礼にこだわりがなく、無宗教葬を行いたい ・宗教儀礼を行わない火葬のみの「直葬」を行いたい ・お寺にお渡しするお布施などのお金がない ・お寺との付き合いがない お坊さんは仏教の宗教儀礼ですので、キリスト教や神道など仏教以外の宗教を信仰している場合には呼ぶことはありません。 最近では仏教を信仰しているけれども、宗教儀礼にあまりこだわりを持たずに「あえてお坊さんを呼ばない無宗教形式で葬儀を行いたい」という方もいらっしゃいます。 無宗教葬については、こちらの記事でも詳しくご紹介していますのでぜひ読んでみてください。 お葬式でお坊さんを呼ぶ理由 では、そもそも葬儀でお坊さんを呼ぶ理由はとなんだと思いますか? 日本で行われる葬儀は、その大部分が仏式葬儀です。 仏式葬儀ではお坊さんに読経や焼香、戒名をいただくことで故人の供養と成仏を祈ります。 また、お坊さんの読経という宗教儀礼を通して、残された遺族が故人の死という深い悲しみを乗り越えるという側面もあります。 お坊さんを呼んで宗教儀礼を行うことは故人の供養や成仏のためであるのと同時に、残された人たちのためでもあるのです。 葬儀や法要で行われる「法話」や「説法」も、仏の教えを説くことでご遺族の悲しみや後悔を和らげてくれるでしょう。 お坊さんを呼ばないお葬式を選択する際の注意点 さまざまな理由でお坊さんを呼ばないお葬式を選択する方が増えています。 しかし、実家や家系では仏教を信仰しているのに、あえてお坊さんなしの葬儀を選ぶ場合には特に注意したい点があります。 菩提寺のお墓に納骨できない可能性がある 先祖代々お付き合いのあるお寺「菩提寺」があり、そのお寺にお墓がある場合、お坊さんを呼ばずに葬儀を行うとお寺のお墓に納骨ができない場合があります。 お寺の納骨堂やお墓に納骨する場合、そのお寺のお坊さんから戒名をいただく必要があるのです。 菩提寺があるが「お坊さんを呼ばない葬式」を行いたいという方は、少々難題ではありますが一度菩提寺へ相談することをおすすめします。 仏式葬儀における戒名の意味や、戒名と納骨の関係についてはこちらの記事でも詳しくご紹介しています。 家族や親族へ事前に説明をして理解を得ること 無宗教葬や家族葬、直葬などさまざまな葬儀のカタチがありますが「葬儀とはお坊さんにお経を読んでもらうものだ」という考えの方が多いのも事実。 お坊さんを呼ばず、読経も戒名もないとなれば「こんな葬式では成仏できない!故人がかわいそうだ!」と非難をされてしまう可能性があります。 お坊さんを呼ばないお葬式を行おうと考えている場合は、「故人の遺志」「遺族のみの家族葬で行うため」など事前に家族や親族に対し理由を説明し、理解を得ておきましょう。 まとめ お葬式ではお坊さんを呼ばなくてはいけないと決まっているわけではありません。 葬儀でお坊さんを呼ぶのは、仏教の宗教儀礼として読経や焼香などを行って故人の供養と成仏を祈るためです。 また、残された遺族の気持ちを慰めるためでもあります。 キリスト教や神道など仏教以外の宗教を信仰している場合や、宗教儀礼にこだわらず無宗教形式の葬儀を行いたい場合、普段お寺との付き合いがない場合などはお坊さんを呼ばない葬儀が行われることがあります。 お坊さんを呼ばない葬儀が悪いとかダメということでは決してありません。 ただし、日本で行われている葬儀では、お坊さんを呼んで行う仏式葬儀が大多数を占めています。 「葬儀とはお坊さんを呼んで行うもの」と考える人も多いため、お坊さんを呼ばない葬式を行う場合は、家族や親族へ事前に説明をしておくことをおすすめします。 また、菩提寺がある場合、お坊さんからへ葬儀を依頼しない場合や戒名をもらっていないとお寺の納骨堂やお墓に納骨できない可能性があるので注意しましょう。 お葬式のご相談からお急ぎのご依頼まで にお任せください。 北海道全域、24時間365日いつでも対応いたします。

次の

お坊さんなしで家族葬はできる?メリットと注意点や戒名も解説|終活ねっと

お 坊さん の いない お 葬式

まずは具体例をひとつ…。 (名古屋市に住むWさんの場合) Wさんの生まれ故郷(こきょう)は岐阜県の山間(やまあい)集落です。 Wさんは学校を卒業すると名古屋の会社に就職しました。 以来、名古屋で結婚し、子供も育て、もうWさんにとっては名古屋の街が、故郷(ふるさと)と言っても過言ではありません。 Wさんには幼少期、お盆になるとお坊さんが自宅にやってきてお参りしてもらった記憶はあります。 しかし、名古屋ではこれといった信仰をする訳でもなく、お盆の時期は毎年、家族で海外旅行にでかけました。 お盆の供養は一度もしたことはなく、先祖の墓が今、どのようになっているのかさえ知りません。 子育てもひと段落した昨年、両親を岐阜から名古屋に引き取ることになりました。 引っ越しも終え、両親も名古屋の生活にようやく慣れてきた矢先、Wさん宅に突然の不幸が襲いました。 つい昨日まで元気だった父親が自宅で倒れ、病院に救急搬送されたものの、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。 「なぜ、こんなに早く…」 あっけない別れに、Wさん一家は呆然(ぼうぜん)としました。 Wさんのお母さんは、突然の夫の死にショックで寝込み、病院に駆けつけることさえできません。 病院の霊安室でお父さんの遺体と対面し、悲しみに暮れていると、病院の担当者からは事務的な説明がなされます。 「手を尽くしましたが、搬送された時にはすでに手遅れでした。 残念です。 ところで、当院の霊安室は狭いので、申し訳ありませんが、なるべく早くご遺体をお引き取りください。 ご遺体を、病院の建物から玄関先まで運び出す業者が決まっていますので、そちらへは当方で手配します。 そこから先は、W様が依頼した葬儀社の方に搬送していただきますので、業者に連絡をしてください」 たとえ真夜中であろうと、病院では遺体を長時間、預かってはくれません。 とにかく、早く引き取るよう催促されます。 病院の中には、様々な利権がからみ、出入り業者を通さないとご遺体を動かすことすらできない施設もあるほどです。 Wさんは、どうして良いか分からず困惑(こんわく)していると、 「よければ、当病院に出入りしている葬儀社を紹介しますが、どうしますか?」 との病院の担当者の言葉に、 「はい、お願いします」 と返事をしてしまいました。 30分ほどで葬儀社の担当者がきました。 さっそくお父さんの遺体を白布で包み、寝台車へと運び出します。 Wさんの自宅はマンションで、お父さんを自宅に連れ帰っても寝かせておく場所がありません。 仕方なく、病院から葬儀社が運営する葬儀場(葬儀会館)へ直接運んでもらうことにしました。 葬儀場(葬儀会館)に到着すると、さっそく担当者と打ち合わせがはじまります。 「W家様は、仏式ですか? それとも何か違う宗教ですか?」 「私は無宗教ですが、田舎の墓は確か、どこかのお寺にあったはずです」 「宗派によって、葬儀の形は違いますので、何宗か判りますか?」 「えっと、うちの宗旨はなんだっけ?」 寝込んでしまった母親に聞く訳にもいかず、訃報の連絡を兼ねて親類に聞いてみます。 田舎のおじさんは 「W家は浄土真宗だから、ナンマイダだよ」と言われました。 「いいかい、真宗は真宗でも西ではなく東の方、大谷派だからね。 ただの浄土宗でもない。 間違えないように」と言われ、なんだかチンプンカンプンです。 そのままをメモして、葬儀社の人に伝えます。 「どこか、お世話になりたいお寺さんは、ありますか?」 と聞かれても、Wさんはこれまでお寺と付き合ったことがありません。 「この近辺にお寺があるかどうかさえ判らない…」。 すると葬儀社の担当者は言います。 「よろしければ、弊社と業務提携(ていけい)しているお寺があります。 そこは、お願いすれば、浄土真宗に限らず、日蓮宗でも、真言宗でも、禅宗でも、どんな宗派にも通用する戒名(かいみょう)をつけてくれますし、俗名(ぞくみょう)のまま葬儀を行なってもくれます。 ご予算によっては、直葬(直接、火葬場でお経を唱えるだけ)コースもお願いできますよ」 「えっ? なんでも屋? 変な寺だな…」 Wさんは、そう思いましたが、他にあてもありません。 「お願いします」 こうしてWさん本人も、お父さんも、ほとんど無宗教なのに、実家が「浄土真宗」だという親戚のおじさんのひとことで、浄土真宗の葬儀をお願いすることになりました。 そして、葬儀社から紹介されたお坊さんに、「浄土真宗」に通用する、なるべく安価な戒名をつけてもらい、浄土真宗のお経とやらを唱えてもらって、お父さんの通夜・葬儀・初七日の法要を済ませました…。 最近、テレビで「無宗教なのに、どうしてお坊さんを呼ばなければならないの?」「無宗教ならいっそ、お坊さんのいないお葬式もアリでは?」とCMが流されるようになったのは、こうした変な葬儀が、まかり通っているからです。 これは葬家本人に限らず、葬儀に携(たずさ)わる業者の人たちも、大きな疑問をずっと抱えてきたからと言えます。 このテレビCMは、いわば「日本宗教界のタブー」に手を付けたのであり、日本宗教界、とくに既成仏教各派(葬式や法事収入だけで成り立っている寺)は大ショックを受けているようです。 しかし、だからといって、本当に葬儀には「お坊さんは、まったく要らない」のかといえば、そうではありません。 なぜなら、 葬儀と告別式とは違うからです。 単に遺族や友人らが、 故人にお別れを言うのは「告別式」です。 一方 「葬儀」には、故人の生命の奥底に刻まれた苦しみを抜き去り、強力に成仏へと導くために、仏の救済を一心に願うための儀式という、大切な意義がそなわっているのです。 ですから、故人を送るご遺族としては、正しい理解と正しい認識のうえに、正しい信仰姿勢を持ち、正しい僧侶を招いて、正しい葬儀を行なうこと ~ それこそ、故人の成仏には必要不可欠であると理解しなければなりません。 要するに、 「信じてもいないのに、形式にとらわれて、坊さんを呼んでくる葬式」 が間違っているのであって、 「正しい信仰に基づき、正法の僧による正しい葬儀を行なうことが大切である」 と私は言いたいのです。 (無宗教であることが、正しい?) さてそこで、まず「信仰を持つこと」の意義を考えてみましょう。 あるいは、困った時に神仏の加護(かご)を期待して神社仏閣で願(がん)をかけ、お守りなどを購入することが、信仰だと思っている人もいます。 正しい信仰の姿とは、一人ひとりの人間の生命の救済、つまり、この世の中に蔓延(まんえん)する「生・老・病・死」の四苦や、経済的な苦しみ、人間関係に絡む悩みなどを含む、人間のいかなる苦悩にも打ち勝っていく活力(かつりょく)を得ていくため、自身の心身を鍛(きた)えること、これこそ信仰の姿と言えます。 また、すべての人々に、人間として生まれてきた真実の幸福を築かせ、貴い人生を全うするために生きる智慧(ちえ)を教えていくのが真実の宗教、教えであると言えます。 したがって「信仰」には、人間の全生命の問題と生き方、人間の幸不幸にかかわる重大な意義や働き、人生の価値を左右する絶大な力が具わっていることを、まず知ってください。 また、「信仰」には数え切れないほどのものがあります。 そうした数ある宗教のなかには、「気休め」や「不思議な威力(いりょく)や、ご祈祷(きとう)などを売り物にするもの」「信者に幻想を懐かせるなどして、現実生活から逃避(とうひ)させる麻薬(まやく)のようなもの」など、いい加減な宗教があります。 一方で、人間の苦しみや悩みを、喜びや生きがいに変え、大難を乗り越えて人々に生きる力を与える貴い教えもあるのです。 そうした厳しい観点から選ぶとき、日蓮大聖人が説かれた南無妙法蓮華経の信仰こそ真実最高のものであることを、誰でもが明確に知ることができます。 では、本来あるべき、正しい信仰の功徳(ご利益)について考えてみましょう。 真実の信仰は 一、世界中のすべての人々を、真に幸せな即身成仏という境界に導くことができる 二、強盛な信仰心を通して、南無妙法蓮華経の御本尊に託する願いや希望を成し遂げ、悩みや苦しみに打ち勝っていく強い心を育てることができる 三、御本尊に具わる仏の功徳、南無妙法蓮華経の利益により、現世に限らず、父母や先祖代々の人々をも成仏させ、また未来の子孫に福徳を得させることができる などがあり、そのほかにも正しい信仰・南無妙法蓮華経の功徳は計り知れません。 日蓮大聖人は、妙法を信受する功徳について、 「南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪や有るべき、来たらぬ福や有るべき。 真実なり甚深なり、是を信受すべし」(聖愚問答抄 平成新編御書406頁) と教えられています。 葬儀や法事を執行することで、両親をはじめ先祖の菩提を弔い、成仏へ導いていくことは大切です。 しかし、「供養する」「恩返しをしたい」という心さえあれば、信仰(宗教)は何でも良いというものではなく、あくまでも、我が家の信仰が、成仏を確かに託せる正しいものかどうかを見極めていくことが大事なのです。 また、深い仏法の法理が分からない人が、「葬儀とは、こんなものだ」との浅い認識を宣伝などで広めることは「浅識謗法」といって、大変な罪をつくることにもなるのです。 ここでまた、ひとつの譬えをお話しましょう。 ここに、病人がいるとします。 家族は大変心配し、枕元で見守っていますが、 「近くに知っている医師もいないし、何科へ連れて行けばよいのかも分からない」 から、病院へ連れて行こうとはしません。 そのうち、 「病院へ運ばれても、ひとりじゃ寂しいだろうし、家族が側についていてあげた方が、本人は安心するのではないか」 と考えるようになり、適切な治療を受けさせることもなく、苦しむ病人の傍(かたわ)らで、「がんばれ、がんばれ」と応援し続けました。 その結果、適切な治療を受ければ助かったかもしれないのに、病人は死んでしまったのです。 家族は、 「最期まで、家族とともに過ごせたから、本人もきっと喜んでいるに違いないね」 と満足でしたが、大変な苦しみに、のたうちまわされた病人にとっては、たまったものではありません。 皆さんなら、こんな時どうしますか? やはり、専門の知識や良識をもち、経験豊富な医師のもとへ、一刻も早く病人を連れて行き、適した治療を受けさせようとするのではないでしょうか。 これと同じことが葬儀においても言えるのです。 何度も繰り返しますが、「遺族が、時間をかけて、ゆっくりとお別れを言い、満足して火葬場へと連れて行く」ことは「告別」であって、「葬儀」は、故人を成仏させることを第一に考えなければなりません。 ここのところが、現代の人々には判らないのです。 《日蓮正宗の葬儀》 これらに対し、日蓮正宗の僧侶によって執行される葬儀こそ、真実の仏の教えである法華経・南無妙法蓮華経を基として、あくまでも故人の生命を確実に成仏へと導くことを最優先させる、また確かにその力を具える唯一のものと、確信をもって言えます。 (葬儀の歴史) そもそも、人類の起源以来、生ある者は必ず滅びるの言葉通り、生死を繰り返してきました。 この厳粛な事実は、いまだ発展途中だった人類にあっても、経験的に理解していたことでしょう。 しかし、人が死ぬという現象に対して、遺族が弔いの儀式を行なうようになったのは、かなり時代がくだってからのことです。 インドでは、お釈迦様在世中、お釈迦様の父・浄飯(じょうぼん)大王の葬儀の模様が、浄飯王般涅槃経というお経に詳しく書かれています。 その様子は現代とさほど変らず、火葬も行なわれたと記されています。 日本では、上古、土葬が行なわれていましたが、仏教伝来とともに火葬が伝えられました。 初めは貴族などの特権階級の間で火葬は行なわれ、10世紀以降には広く民間の風習として広まったようです。 (法華経が説く三世の生命 輪廻・流転の生命) 仏の真の教えである法華経では「三世の生命」が説かれます。 よって人は皆、いつかは亡くなりますが、故人の生命は今世での寿命を終えても、次の生へと生まれ変っていくのです。 そのとき、自身の生前の振る舞いの良し悪しが、生まれ変る先の苦楽の果報(かほう)を決定づけることになります。 私たちは、ごく普通の人間です。 なかには「命がけで他人を救った」という立派な人もいますが、たとえ善良な人であっても、たとえば、自分では気づかぬうちに誰かの心を傷つけてしまっていたり、種々の煩悩(ぼんのう)によって罪障を積んでいることもあるのです。 むしろ、数え切れないほどの小さな罪障を、一生の間に作っている人が普通といえるでしょう。 そうした、誰もが積んでしまった罪障(ざいしょう)を消滅するために、私たち日蓮正宗の僧俗は、南無妙法蓮華経の御本尊のもとに、日々に仏道修行を行なっています。 こうした日頃からの罪障消滅の修行の延長線上にあるのが「葬儀」です。 葬儀は、その人の一生を締めくくる「総決算」を行なう儀式であると同時に、新しく生まれ変わる先を定める重大な「結縁(けちえん)」の儀式でもあるのです。 ですから葬儀は、「お別れを言う」「感謝の心を伝える」だけのセレモニーではなく、故人が今生を終え、苦楽さまざまの未来を開く境目でもあり、遺族が一心にその即身成仏を御本尊の功徳に託(たく)する大事な大事な儀式なのです。 もちろん、成仏とは本来、自身が仏道修行を行なう結果、得られる幸福な生命状態です。 しかし、なかには、御授戒を受けていても信仰活動が充分にできなかったり、御本尊に縁のある家庭に生まれても、勤行・唱題や寺院参詣ができていなかったりと、信仰姿勢は、人によってはまちまちです。 よって、生前、南無妙法蓮華経の信仰を固く持(たも)てた人も、そうでなかった人も、ともに日蓮正宗の「正しい葬儀」を執り行なうことによって、御本尊の功徳に浴し、生前に積み重ねた罪障(ざいしょう)を消滅させて、成仏(じょうぶつ)の境界(きょうがい)へと、御本尊の強大な仏力・法力によって到らせることができるのです。 日蓮正宗の葬儀では、故人が御本尊のご威光(いこう)によって一切の罪障を消滅し即身成仏の利益(りやく)を受けるため、正法の師(僧侶)により故人の生命に引導(いんどう)が渡されます。 その引導は、日蓮大聖人が仏法の根源として建立された本門戒壇(かいだん)の大御本尊と、その大御本尊を基とする唯授(ゆいじゅ)一人の血脈への尊崇(そんすう)という正しい信仰を基とします。 ですから、こうした成仏のための引導は、正法を伝持する正師(正法の僧)から渡されてこそ、故人は御本尊の功徳によって即身成仏することができるのであり、私たちはこのことを忘れてはなりません。 こうした厳然とした道理からいえば、「本尊(しかもコピー)と、法華経が唱えられる人がいれば、日蓮正宗の僧侶をわざわざ呼ばなくても構わない」と考える「創価学会」や「顕正会」、「正信会」等の葬儀では、成仏はぜったいに叶(かな)わないこと~これは一目瞭然(りょうぜん)です。 必ず施主が日蓮正宗に入信し、日蓮正宗用の仏壇を自宅に設置していただくことを条件とし、葬儀をお受けすることになっています。 日蓮正宗では、あくまでも葬儀の本義は、故人ならびに遺族の信仰を最も重んじます。 よって、「信じていない」「無宗教である」と明らかにする方からの願い出による葬儀は、ぜったいに受け付けることはありません。 その点は、葬儀を迎えるご家庭においては、事前に充分に菩提寺のご住職と話し合っておくことが大切です。

次の

「お坊さんのいないお葬式」があってもいい

お 坊さん の いない お 葬式

父が亡くなったとき、無宗教の葬儀をしました。 無宗教で、と葬儀屋さんに伝えたら、最近はよくあるらしく、こうこうこういう流れでどうですか?と提案して貰い、特に問題なくスムーズに執り行いました。 無宗教だと決まった流れがないので、父の時は父の好きだった音楽を流したりしました。 もちろん、お坊さんの読経や戒名などは無しにしてもらいました。 トピ主さんの場合は、自分の葬儀のときってことですよね? 最近は終活用のノートなども売ってますので、遺言書ってほどちゃんとしていなくても、無宗教でして欲しい、その時にこういう音楽を流して欲しいとかこの詩を朗読して欲しいとか、言葉を残すので読んで欲しいとか、書き付けておけばいいのではと思います。 細かい流れはご遺族と葬儀屋さんで相談することになると思いますが、その中に盛り込んで欲しいことは書き残しておかれるといいと思いますヨ。 ユーザーID: 3073477558• まず、業者をさがしましょう 私の実家は親に兄弟がいて立派な菩提寺もあれば墓もあって法事も数経験し、 それを終わらせるのが私の役目でした。 大きなところじゃなく、 比較的小さな(地元新聞のはしに出ているような) 葬儀屋で、密葬に近い家族葬をしたのですが、 これが、とても良心的で段取りも良く、 希望通りやってくれました。 通夜もしなかったので、 お坊さんは焼き場に直接いらっしゃっただけです。 私には子がいますが、 やっと寺と縁が切れたので、 私のときも墓も要らない、 同じように密葬もしくは家族葬でやって、 骨の始末はまかせる、といってあります。 主様の地元で探してください、そして相談です。 主様の希望に沿うところが見つかると思います。 ユーザーID: 5501601088• 家族葬 私の家族は特に信仰を持っているわけでもなく、両実家から離れた場所に住んでいるために菩提寺もありません。 年末年始は、クリスマスを楽しみ、お寺の除夜の鐘を聞き、神社へ初詣に行くという、よくある日本の家庭だと思います。 人生の折り返しの40代に入った時に、もしもの時どうしたいかを軽い気持ちで夫婦で話し合いました。 その時の結論として「葬儀は無宗教で行う」「お墓を持たない」となりました。 もしもの時は思ったより早くやってきました。 無宗教の葬儀は、一般的に読経をする時間は、故人が好きだった音楽を流し、生前の写真のスライドショーがありました。 また、お焼香に代わり、出席者一人ひとりが菊を献花する形でした。 無宗教で行う事に田舎から来た親戚にはかなり驚かれましたが、終わってみたら「こんな式もなかなかいいね」と好評でした。 ユーザーID: 6192211772• そういうのが有っても良いと思います 我が家は先祖がお寺の世話になっていますのでお寺とのつながりはあります。 しかし父の代からキリスト教式で葬儀を行っております。 キリスト教式では牧師が司式をしますが、そこから宗教色を抜いた場合を考えてみました。 献花をしたらいかがでしょうか。 家族葬だとして、家族が思い思いに気持ちを伝えあう。 一人ずつたとえ短くても故人の思い出や思いをお話しします。 思い出の歌を歌います。 お花を用意しておいて、一人一本ずつ献花します。 三十分ほどで終わると思います。 私の叔母は教会で司式しましたが、叔母の夫は翌年家で家族だけで牧師に司式していただきました。 順に思い出を語り合い賛美歌を歌いました。 牧師が祈りました。 戒名はなしです。 一体にお寺のお世話になると何でと言うほどにお金がかかります。 家の町では百万円は普通ですよ。 これは近所や知人に実際聞きましたが、「もう少しお金を出して立派な戒名にしないとお父さんがかわいそうですよ。 あなたは自慢の息子さんだったのですよ」等と言われて考えていた以上に出す人もいます。 95万円ですと言われて百万円出した人もいます。 これらは実際に有った話で、みんな死ぬのを怖がっています。 これからはいろいろな生き方や死に方が尊重されてしかるべきかと思います。 お寺のお世話にならないと成仏しないという人もいます。 怖がらせるべきではないと思います。 どうぞ思ったようなお葬式をしてください。 私の母は「自分が死んだらお寺に十万円ほど包んで教会でします。 とご挨拶しなさい」と言います。 母は教会にはそれなりに献金するそうです。 ユーザーID: 7492538475• 話題ランキング• 直葬の喪主の経験あります。 通夜や告別式や位牌などは故人亡き後生きていく遺された者たちのためにあるものです。 無宗教の心温まるお別れ会は過去に数多く行われてきたと思います。 今からどんなお別れをするのか調べ、よく考え、エンディングノートに書き記し 定期的に見直し ておくのも一つだと思います。 直葬にする場合には親戚付き合い等の後々の面倒が無いか?先々を検討した方が良いですよ。 場合によっては親戚友人知人や繋がりの有ったたくさんの方々が後々に故人を弔いたいとご遺族のご自宅に押し掛け続ける迷惑な事態を招きかねません。 母子家庭育ちの私の経験を。 父は生前、親戚付き合いもせず、友人も持たず、浪費家で葬式代すらも遺さず。 医師から死亡診断書が出、院内の霊安室へ。 葬儀屋に連絡、依頼。 私は電話帳の葬儀屋一覧の中から電話で問い合わせ「直葬可能」で総額予算提示の有った葬儀屋から一軒選び、依頼しました。 葬儀屋から故人を迎えの車が来て、故人は市立火葬場併設の市営斎場へ。 たまたま火葬場に空きがあったので早い日程での予約が入れられました。 数々のオプションの誘導は全て断りました。 付き合いの無い親戚には訃報の電報は打ち、通夜告別式無しの火葬のみの旨と場所と日程を知らせました。 通夜も告別式も戒名・法名も位牌も無し。 家族のみで火葬に立ち会いました。 本人が生前に立てていた墓に入りましたが、罹災後は土か海に眠っている筈です。 後に親戚は直葬=不義理を責めてきましたが、故人が最低限の葬式代も遺さなかった+生前の行いの事実を伝えたところ、口を閉じた次第です。 後に後悔しないさせないように無宗教でもお別れ会の準備と費用の用意はしておきましょう。 遺族が困ります。 ユーザーID: 6939084670• 問題なくできました 父の葬儀の時、お坊さんを呼ばずに家族葬で送りました。 在宅療養だったので訪問医の先生を呼び診断書を書いてもらったのちに、 葬儀社に連絡(互助会の会員だったところ)。 担当者が家に来て、 遺族に葬儀の希望を聞かれました。 最初に「家族だけでこじんまり」と大まかな希望を言うと、 あとは会場、日程、規模、宗派、祭壇その他いろいろ聞かれました。 その時、無宗教なのでお坊さんは呼ばない、戒名なども要らない、という 希望を伝えると、あとはそれに沿って手配してくれました。 ちなみに、母が要介護で、斎場に泊まるのも大変ということで お通夜もなしにしていただき、日中のお別れ会というスタイルになりました。 遺体は一晩は家に安置しましたので、家族と最後の時間はそれなりに 取れたと思います。 葬儀の日は、決まった時間に会場に行き、納棺されている 父に家族がそれぞれ声をかけて、花を手向けてお別れをして 葬儀は終了です。 親族4人と知人2人だったので30分ないくらい。 あとは葬儀社のバスで火葬場に行きました。 仏教式でないと、戒名がないだけでなく、位牌や祭壇に置くものも 色々ないので、葬儀後に自宅に骨壺を置くときの祭壇周りにも 一般的にあるモノがなかったりします。 特に困りはしませんが。 (私自身、よく分からないので詳しく説明できません) お墓も宗派関係ない民間霊園で合葬式にしまして、納骨のときも お坊さんは呼ばず家族だけで行いました。 ユーザーID: 1069644284• 何方に身の始末を依頼されるのですか? うちは3年前に父を見送りました。 病院で死亡時に死亡時の手続きを教えてくれるのかと思ってたのですが、死後すぐ霊安室に運んで即会計という流れで一切なにもなし。 仕方ないので携帯で自分で調べました。 付き添い可で、布団もレンタルできました。 お弁当も手配できますし、お坊さんも手配できます。 勿論一般の葬儀形式も手配してくれます。 が、父は呼ぶ人も親族以外いないので良かろうと一切の無駄を省きました。 絶対いるもののみに絞りました。 ・一番安い棺 ・献花(棺に入れる花。 必要なかったかなと思ったんですが、市側があまりにも殺風景なのでぜひと) ・線香代 ・遺体を安置し、母が付き添っていた部屋代(狭い部屋でしたが、簡易祭壇もありました) ・火葬代 ・骨壺代(一番小さいもの) 付き添っていた母の食事は親族が差し入れてくれたので、本当にこれだけでしたね。 衣装は母が父の着物を用意したら市の人が着せてくれました。 トータルで10万円いきませんでした。 いくらかは国保でリターンがあったので、実際はもっと安い感覚です。 立派な会館とかで葬儀しても結局は火葬場は同じになるので、ならば最初からここでしたほうが弔問客も楽だろうと、最近は市が運営する斎場での葬儀が増えているようです。 借りる部屋を大きくしてお坊さんも呼ぶ葬儀形式も選べるようですが、それでも費用は葬儀社を通すより安かったと記憶しています。 市が運営しているだけあり、死後に必要な手続きも教えてもらえました。 とても親切でした。 ちなみに父は永代供養のお寺にいってもらう予定です。 費用はおよそ5万ほど。 母は「私もこれでいいわ」とか言ってました。 ユーザーID: 4510861667• 家族葬…戒名・読経なし 父が脳梗塞の後遺症で8年前寝たきりになり、ここ2年くらい認知症で、時間の感覚や場所が認識できませんでした。 3月に88歳で他界して、直葬で夫と二人で見送りました。 お寺とも折り合いが悪く、父は大好きな海へ散骨して欲しいと意識がはっきりしている時に言っていたので、この夏散骨する予定です。 どこの誰かもわからない年寄りの参列者の相手もしなくて済んだし、なまぐさ強欲坊主とも話さなくてすみ、本当に良かったと思っています。 父が元気な時に直葬を受けてくれる葬儀社を探し、こちらの考えを何度か伝えました。 同じような考えの方は結構いらっしゃいました。 老人施設で他界、葬儀社に施設まで迎えに来てもらい火葬場の手配、4日間腐敗防止のBOXに寝かされる。 その間に私の友人たちがお別れに来てくれたり、枕花を送ってくれました。 仕事の関係者からのお香典はすべてお断りしました。 火葬当日、棺桶に花を手向けながら、父の好きな作家の本を入れお別れ。 そのまま一緒に火葬場へ。 火葬の証明書と遺骨を、親族の同意書を貰うまで葬儀社で預かってもらう。 漸く同意書を貰えたので粉骨・散骨業者に遺骨を送る所です。 親族も関わりたくないのか何も言ってこないので、こちらから連絡もしていません。 何か聞かれたら、海へ散骨したことを伝えようと思っています。 必要な事務手続きは、リストにして葬儀社の人がくれました。 市役所に行けば、丁寧に教えてくれます。 戒名がなくても、何の支障もありません。 ユーザーID: 9759051418• 葬儀屋さんに「無宗教でお願いします」と言えば、 そのように取り計らってくれますよ。 うちは母が生前からそう言っていたので 無宗教で進めていたのですが、 父方の親戚が通夜の前に「お坊さんを呼ばないのは非常識だ」と 言い始めて、結局は呼ぶことに。 檀家ではないのですが、父の友人がお坊さんだったので すぐに頼めた、というのもあります。 後日葬儀屋さんに「余命少ない故人が葬儀の段どりを頼んで契約していたらどうなりましたか?」と聞いてみました。 私としては、母の望みだったわけですから、叶えたかったです。 葬儀屋さんの答えは「喪主さんのご意向を優先します」とのことでした。 その前にどんなに故人と打ち合わせしていようと、このCDをかけてと頼んであっても、喪主の意見が通るそうです。 すべての葬儀屋がそうではないでしょうが、本人は亡くなっていて意見が言えないのですから。 私自身、無宗教の葬儀にも何度か出席しています。 無宗教でも祭壇は組めますし、お経はないけれど、弔辞はあって、献花をします。 トピ主さんの葬儀を出すであろう人と仲良くして、しっかり意思を伝えておいてください。 それが一番です。 親戚がクセモノですからね。 かといって家族だけで見送って知らせないでおくと、それはそれで後が大変です。 ユーザーID: 8005907357• 無宗教葬は多いですよ。 親の時までは一般的な葬儀をしようと思っていますが、自分の時は葬儀にお金をかけず質素に家族だけで簡素にやりたいと思っています。 私は先祖を敬っていますし神社や仏閣にお参りにも行き、自然を含め自分を支えてくれているあらゆるものに感謝する気持ちを持っています。 しかし、宗教には属しておらず、またこれまで見てきた葬儀や法事に疑問を感じることが多く、これっぽっちのしきたりのためにこんなにお金を取られるなんてぼったくりのようだと思うからです。 法事の際のお坊さんのくだらない説教に驚いたこともあります。 この人に自分の最後の大切な時間にくだらない説教や形だけのお経を上げてもらいたくないなと思いました。 もちろん人間性の立派なお坊さんもいらっしゃるでしょうし、全てを否定するわけではありません。 知り合いや親戚の葬儀には列席し悼む気持ちやお世話になった方に感謝の気持ちは表しています。 ふと思い出した時に手を合わせることもあります。 ただ、自分の時は自分にとって必要のないことはしたくないだけです。 子どもたちにも迷惑かけたくありませんし。 それよりも亡くなってからも近しい人から遠くから時々思い出してもらったりしてもらえたら嬉しいなと思います。 ユーザーID: 4192473983• やりましたよ。 お坊さん抜きのお葬式。 やりましたよ。 坊さん抜きの葬儀。 実父の葬儀でしたが、本人が口癖のように「死んだら坊さんはいらない」だったので。 無論これには本人なりの理由があっての事でしたから、娘の私は納得ずくでしたが母親が難色を示しました。 その理由がこれまた笑えるというか母らしい。 「だってお坊さんがいないと間が持たないじゃない?」 …披露宴じゃあるまいし間を持たせてどうする。 本人は文句も言えないんだから生前の希望を叶えてあげようよ、と説得しました。 すごく良かったですよ! 葬儀場の方にも相談して、葬儀の間中好きだった演歌やムード歌謡のCDを流してもらいました。 場にそぐわないとか明るすぎる曲だとか、そんなことはお構いなし!湿っぽくなくてよかったくらいです。 お通夜には皆で祭壇にキャンドルを灯す。 そして故人の写真を使用した思い出のアルバム上映。 (写真2〜30枚にコメントを付けて最上の方に渡すと編集してくれました) 意味の解らないお経を聞くよりも父は喜んでいたと思います。 それに来てくださった親戚のお年寄りやその家族も「こういうお葬式もいいね」とあれこれ参考にきいていったくらいです。 そんな葬儀でしたから、その後ももちろん戒名なんてありませぬ。 ただ、これまた母が「何かオガム対象が無いと気が抜ける」というので位牌に本名を印字したものを仏壇に置いています。 仏壇といっても小さいながらもモダンなものです。 四十九日にもお盆にもお坊さんは呼びませぬ。 家族や親しい方達の想いが溢れた祈りと思い出話が一番の供養です。 私も坊さんはいりません。 むしろ許されるならチベットの様に鳥葬にしてほしいくらい(笑) トピ主さんも日頃から身内に希望を言っておくと良いと思いますよ。 葬儀屋さんも商売です。 いくらでもアイデアを出して葬儀を整えてくれますから安心ですよ。 ユーザーID: 1560984045• すごくシンプルでした 故人の常日頃の言動もあり、お坊さんは呼びませんでした。 それどころかちゃんとしたお葬式もしませんでした。 病院から葬儀社へ送っていただき、一晩置かせていただいて 次の日に火葬場へ。 火葬場へ出発する直前に10分ほど家族でお別れの会のようなことをしました。 言葉をかけて、触れて、お花を入れて……。 本当に家族数人だけで見送りました。 かかったお金も最低限だったと思います。 お坊さんにお経をあげてもらうと心が落ち着くという遺族がいれば 呼ぶといいと思いますし、皆が別に呼ばなくていいと思うなら 呼ばなくていいと思います。 何より故人が「呼ばなくていい」という言葉を遺していれば 皆それに従うんじゃないでしょうか。 ユーザーID: 7706312491• 「直葬」は御存知ですか。 今、戒名を持たない人は多いですよ。 お経をあげないことも戒名がないことも可能です。 葬儀屋にお願いするしかないのでその葬儀屋選びが大事です。 どこも事前相談をやっていってるので「今から・・」と思わずに今だからこそ行って話を聞くと具体的にわかっていいですよ。 ただお経がないのも戒名がないのは本人・家族は納得しても昔ながらの考えを持っている親戚や近しい人達は苦言を呈するかもしれません。 その為に事前に説明は必要かもしれないですね。。。 今、葬儀は本当にいろんな形があります。 叶わない形はないんじゃないかとおもうくらい。 私は父の最後の時間が告げられた時からとにかく葬儀屋を調べました。 最後のお別れに集中できる環境にしたかったからです。 結果、家族で納得のできる形で送ることができました。 葬儀こそ事前の準備が必要だと思います。 事前に諸々見通しが立ってるといざという時も冷静に動けますよ。 ユーザーID: 2456426943• やる人に任せる 昨年、夫を送りました。 無宗教で、家族葬でした。 家族葬にしたのは、通常の形式で進む葬儀に違和感があった事、故人とあまり面識のなかった方達に義理で参列いただくのは、何だか申し訳ないと思った事、こうした形式に戸惑う方もいらっしゃるのではと危惧した事からです。 通常の読経の代わりに故人の好きだった音楽 主にクラッシックでしたが を流しました。 焼香の代わりは花を手向けました。 スライドで写真を映し故人の人生を振り返り、生前のエピソードを紹介しました。 家族葬としましたが、親戚や友人など親しい人たちが集まってくださり、ゆっくりとお別れをする事が出来ました。 大きな葬儀ではなかったけれど、そんなに寂しい葬儀ではなかったです。 通夜と葬儀で、70名程。 現役を退いてからの事ですから、本当にお別れしたかった人たちが来てくださったのだと思っております。 「心に残る良い葬儀だった」と言って下さる方もいて、夫らしい葬儀が出来たと思っています。 ユーザーID: 6533249915• 僧侶です 私の父が20数年前に亡くなった際、父の希望で無宗教の葬儀をしました。 祭壇はキリスト式のものをベースに、十字架を外し、弔問客には献花をしてもらいました。 神父さんもお坊さんもいないので生前父の趣味だった社交ダンスの音楽を流しました。 父は現役の40代だったため会社の人や私や妹の学校関係の人も来てくれたのでかなり大きなお葬式でした。 今から20年以上前の話ですから、周りの人にはかなり驚かれたようです。 でもこういうお葬式もあるのかー!とお葬式の考え方を提起するいい機会ではあったようです。 お墓も不要との意向で散骨しました。 今は散骨にもいろいろルールが厳しくできているみたいですがあの頃はどうだったんでしょうね。 ちゃんと業者に依頼しましたが、骨は母が粉砕していましたよ(笑)。 現在はお葬式の在り方もかなり変わっていて無宗教や家族葬なんかもポピュラーになってきていますが 20数年前はまだまだ一般的ではない時代、対応してくれる業者を探すのも大変だったようです。 私の母は60代ですがすでに終活で葬儀業者とも打ち合わせをしているようです。 トピ主さんがおいくつかわかりませんが、業者を回って相談してはどうでしょう。 現代では無宗教葬を請け負ってくれる業者を探すのはそう難しくないと思いますよ。 ユーザーID: 1679775615• 家族葬にしました 春に夫を亡くしました。 夫は無宗教さんと全く同じ考えで、生前から無宗教・家族葬を希望しており 本当に家族だけの葬儀でした。 葬儀は家族葬専門の所に頼み、場所も家族葬専門の小さな会館。 家族と控室で食事を取りつつ、夫のそばにずっといました。 出棺の際にも読経もなく、家族で棺にお花を添えてお別れしました。 お世話になった方々等には、夫の希望を伝えたお手紙を出しました。 私の友人はお父様を亡くされた時、お坊さんや読経も無し。 会社関係・友人関係・ご近所の方々と、お別れ会としてされましたよ。 無宗教さんの希望を、きちんと葬儀会社に相談されると良いと思います。 誰を呼びたいか、どんな風にしたいか。 その際には葬儀会社に流されず、きちんとハッキリ自分の考えを伝えた方が良いと思います。 ユーザーID: 6777914579• 無宗教での葬儀 「お坊さんを呼ばない葬儀」とのことですが、葬儀と言ってしまうと、儀は儀式の儀ですから主さんの希望とは矛盾しますね。 儀式をしたくないのが、希望なのでは? 主さんの考えるのは今流行りの「直葬」だと思うのですが。 自宅や病院からそのまま火葬場で焼いてもらって終わり、というものです。 書類の手続きが必要なので、まあ、身内が一人でもついて行けば事足ります。 親戚には後日死んだ事を知らせるハガキでも出しておきましょう。 そのあとは、寺の墓地ではなく、無宗教や多宗教を受け入れる霊園に埋葬するか、 散骨、樹木葬(墓石を立てず木の根元に位牌を巻く)などにすればおしまいです。 家族で会食でもしたければすればいいし、それも嫌なら何もしないです。 ただ、最近流行っているとはいえ、人の一生を考えると、親戚、友人を問わず、故人と関わりのあった人というのは様々な年代、考え方の人が必ずいます。 亡くなった人を送るという事は、亡くなった人の希望も大切ですが、残された人の気持ちの整理という点でとても大切です。 例えばご両親が亡くなったとして、その葬儀を行う主さんが誰にも知らせず直葬でサッサと遺骨も整理して、墓石も仏壇も何も持たなくても 行政手続き上は何も問題はないしお金もかからず、手間も時間もかかりません。 しかし、残された主さん以外の身内親戚ご両親のご友人の中には、 火葬前にお顔を見て故人とお別れがしたかった、命日にはお墓にお参りがしたい、葬儀をやらないなら、仏壇にお線香をあげたい、などの気持ちを持つ人もいるかもしれません。 いくら主さんが宗教は嫌い、無宗教だなどと言っても、葬儀とそれに伴うお墓や仏壇に意味を感じる人、それらを通じて、悲しみや故人への思いを癒す人達もいるという事を古い考えだと馬鹿にするのは最低の事です。 連綿と続いてきた人の営みにも配慮しつつ良い形でお別れができるといいですね。 ユーザーID: 4699649021• できますよ 4年前に父が亡くなったとき、そうしました。 うちも都会なので賃貸の家は狭く、葬儀場は大手の有名なところを一応お借りしました。 しかし、そこで通常「葬儀場」として貸している部屋ではなく、遺体を式まで安置しておく控え室をそのままお借りしました(12畳ほどの部屋だったかな)。 大手の葬儀場にいったん頼んだのは、遺体の火葬処理等、速やかに自治体に届け出なければいけないことをすべて代行してくれるからということもあります。 参列者は母、私・兄とそれぞれの配偶者、父の兄弟2名、父の親友1名、それだけです。 香典もなし。 御棺の周りに花を飾ってもらい、父が好きだったCDを持参して流しました(CDプレイヤーは葬儀場で貸してくれました)。 流れは: 兄が参列者に一言あいさつ、順番に顔を見て手をあわせ、最後のお別れを言い、御棺に花や好きだったお酒やタバコを入れてあげ、それで終了です。 後は火葬場まで葬儀場で手配してもらった車で行くだけでした。 納得のいく良い葬式でしたよ。 ユーザーID: 0607965157• 説明会に行く.

次の