七段 読み方。 渡辺明棋聖が語る、藤井聡太七段の強さ「読みのスピードが突出している」(婦人公論.jp)

藤井七段「対応誤った」「読みになかった」一問一答

七段 読み方

初出場棋戦で挑戦者として番勝負への出場は新記録 本田四段は、2018年10月1日に四段に昇段し、プロ入り。 そのため、今回、挑戦者となった第45期棋王戦には、初めて予選から参加しました。 初出場棋戦で挑戦者となり、番勝負への出場を決めたのは本田四段が史上初めてです。 初参加の棋戦で挑戦者決定戦まで進んだ棋士は、これまで第18期王位戦の小林健二四段、第57期棋聖戦の郷田真隆四段、第7期竜王戦の行方尚史四段、第80期棋聖戦の稲葉陽四段、第55期王位戦の千田翔太四段がいます。 しかし、この5棋士ともいずれも挑戦権決定戦で敗退していましたので、本田奎四段の快挙は史上初の偉業です。 しかも、敗者復活戦がある棋王戦挑戦者決定トーナメントで一度も負けることなく勝ち上がったのですから、並大抵の棋力ではありません。 あの羽生永世7冠や天才棋士藤井七段でさえ達成できなかった大記録です。 A級は確実?本田四段の実力 本田四段は、挑戦者となったことで規定により五段に昇段しました。 初参加の棋戦で挑戦者決定戦まで進んだ5棋士のうち4棋士は、その後、A級に昇格していますので本田四段は、将来有望です。 また、本田四段は、四段昇段からタイトル挑戦までの期間が1年4ヶ月0日で、屋敷伸之九段の持つ1年2ヶ月11日に次いで最短期間2位に相当する記録。 本田四段は、棋王戦挑戦者決定トーナメントで今年度絶好調の永瀬拓矢二冠、広瀬章人前竜王、丸山忠久元名人といった強豪を次々となぎ倒し、10連勝したうえでの挑戦者ですから、マグレではありません。 元々、奨励会時代から評価の高い棋士の1人でしたので、プロ入りして花が開いたといったところでしょう。 実際、プロ入り後、連勝ランキング3位に相当する12連勝をする等、絶好調です。 本田奎四段が今回の快挙で知られるようになるにつれて、名前は何て読むの?という人が少なからず出てきています。 そこで、本田四段の名前の読み方を含めたプロフィールをご紹介します。 本田奎四段の名前の読み方とプロフィール ・本田奎四段の名前の読み方 本田奎四段の名前の奎という文字は、普段まずみかけませんので何て読むのだろうという人も少なくないようです。 ・プロフィール 生年月日 1997年7月5日 22歳 出身地 神奈川県川崎市 師匠 宮田利男八段 ・昇段履歴 2009年9月 6級 2015年4月 三段 2018年10月1日 四段 2019年12月27日 五段 ・2019年度の成績(2020年1月3日時点) 今年度成績 30勝13敗 0. 6976 対局数ランキング 5位 43対局 勝数ランキング 5位 30勝 勝率ランキング 11位 0. 698(30勝-13敗) 連勝ランキング 3位 12連勝 将棋に少しでも興味のある方なら、あの藤井七段と対戦したことがあるのか、対戦していたらどちらが勝ったのかということではないでしょうか。 この両者、将棋プロ養成機関である奨励会時代に対戦しています。 奨励会時代、藤井七段と対戦して勝利した本田四段の実力 本田四段は、奨励会時代、当時の藤井三段と対戦、勝利しています。 藤井三段は難関の三段リーグを1期で抜けた実力がありましたので、その当時に 本田三段が勝利していたということは、やはり並大抵の実力ではないことが伺えます。 プロ入り後は、まだ藤井七段との対局は実現していませんが、この活躍ぶりから、 これから何度も戦いを繰り広げることになるでしょう。 本田四段は、2020年2月1日から始まる棋王戦5番勝負で、現在、最強といわれる渡辺明三冠と対局します。 棋王戦5番勝負の日程と会場は以下の通りです。 渡辺明棋王は、本田四段を上回る絶好調ぶりを維持していますので、タイトル奪取や最終局まで持ち越せるのはかなり難しいのではないかと思います。 棋王戦5番勝負の日程 ・第1局 2020年2月1日(土) 会場 石川県金沢市「北國新聞会館」 ・第2局 2020年2月16日(日) 会場 栃木県宇都宮市「宇都宮グランドホテル」 ・第3局 2020年3月1日(日) 会場 新潟県新潟市「新潟グランドホテル」 ・第4局 2020年3月17日(火) 会場 東京都渋谷区「東郷神社」 ・第5局 2020年3月30日(月) 会場 東京都渋谷区「将棋会館」.

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羽生善治九段は6位 藤井聡太七段は93位 将棋界の席次はどのようにして決まるか(松本博文)

七段 読み方

昨日の棋聖戦第1局は大熱戦のすえ、 藤井聡太七段の勝利。 私は手に汗をにぎりながら 観戦しました。 今期の棋聖戦は 藤井七段の初タイトル戦であり、 最年少タイトルの期待も かかっているということもあって、 藤井七段を応援している人が 多いことでしょう。 私もそうです。 ですが、昨日の将棋ではむしろ、 私は渡辺棋聖の最終盤の指し手に 心を動かされました。 迫力のある 最後の王手ラッシュ 連続して王手をかけること と 美しい投了図をつくる形作り。 ここに 渡辺棋聖の「美学」 を感じたのです。 対局後の発言から 両対局者が何を考えていたのかを推測しつつ、 この将棋の最終盤の何がすごいのかを お伝えします。 これを読めば、 棋聖戦第1局がどんな将棋だったのか 見方がガラッと変わるはずです。 ちなみに冒頭のイラストは自分で描きました。 王手ラッシュをかけた渡辺明棋聖の心境 終盤で藤井七段が「2二銀」と 渡辺玉に詰めろをかけた局面。 この局面では、 「受ける」か「王手ラッシュにいく」か 2つの選択肢がありました。 しかし、渡辺棋聖の残り時間は わずかに3分。 渡辺棋聖はこのときの心境を 自身のブログに書いていますが、 どちらの手もその先の展開は 読み切れてはいなかったようです。 それでも 「藤井玉に詰みあり」とみて、 王手ラッシュの方を選びました。 私が考えても、 詰みがありそうな局面に見えます。 なにしろ渡辺棋聖は 大駒4枚をぜんぶ持っている のです。 攻め駒もいい位置にセットされていますし、 王手をかけていけばなんとかなりそう。 そこで渡辺棋聖は 「7九角」という強烈な捨て駒から 王手ラッシュを始めていきました。 藤井聡太七段も読み切れていなかった 対して藤井七段としても、 「2二銀」と詰めろをかけた局面で 渡辺棋聖が王手ラッシュにくることは 予想していたでしょう。 王手ラッシュによって そのまま自玉が詰んでしまえば 負けとなるわけですから、 ものすごく怖い局面です。 このときの心境を 藤井七段は終局後の会見で 語っていました。 それによると、 藤井七段は自玉が詰まないことを 読み切っていたわけではなかった そうです。 持ち時間が残り2分しかない状況では 無理もありません。 つまり、「2二銀」としたときには、 「もしかしたら自玉が詰んで負けるかも。 でも、そのときはそのときでしょうがない!」 という心境だったわけです。 藤井七段は詰将棋の力が とんでもなく高いですから、 「自玉はたぶん詰まない…かな」 という見通しはあったことでしょう。 とはいえ はっきりとした結論はわからないまま。 両対局者ともに 結末が見えていないなかで、 渡辺棋聖の王手ラッシュは始まったのです。 「詰むや詰まざるや」きわどい王手ラッシュ 渡辺棋聖は「7九角」から、 なんと 16手連続で王手 をつづけました。 「竜」「馬」「飛車」 という3枚の大駒が 盤面を支配するなかで、 ものすごい迫力。 王手をどう防ぐかを間違えれば すぐに詰んでしまう、 きわどい局面がつづきました。 それでも、 指し進めるうちに 結論が見えてきました。 藤井七段の玉に詰みはなかった のです。 藤井七段の玉が詰む手順が たくさんある一方で、 1つしかない正解を選びつづければ 藤井七段の玉は詰まないように なっていました。 その正解の手を 淡々と積み重ねていく藤井七段。 超難問に1分以内に 答えを出しつづけていったのわけで、、 本当にすごいことです。 そして、藤井玉が 「7五玉」と逃げ出した局面では、 ようやく私にも 藤井七段の玉に詰みがないことが 理解できました。 このあたりまで進めば、 渡辺棋聖も藤井七段も 詰みがないことははっきりと読み切れた はずです。 渡辺明棋聖の美学を感じた「形作り」 藤井玉に詰みがないとなれば、 渡辺棋聖としては勝ち目はありません。 渡辺棋聖としても それはわかっていたでしょう。 それでも渡辺棋聖は 王手をかけることをやめませんでした。 なぜ投了しないのかと 私は不思議でした。 ここまでくれば 藤井七段がミスをするとは 思っていないでしょうし、 対局中の雰囲気を見ても 渡辺棋聖は逆転を狙っている様子では ありませんでした。 実は、渡辺棋聖には ある狙いがあったのです。 藤井七段の玉が 「4四玉」と逃げたところで 私にも渡辺棋聖の考えがわかりました。 渡辺棋聖は 美しい投了図をつくるために 「形作り」をしていた のです。 そして、藤井七段が 「3四玉」としたことで、 渡辺棋聖が思い描いていた 局面になりました。 「1四竜」という王手に対して 「2四桂」と合駒をした手が なんと逆王手! 逆王手というのは、 自玉への王手を防ぐために指した手が 相手玉への王手になる手 のこと。 逆王手の一手は 攻める側と受ける側を いきなりひっくり返す力があり、 実戦で現れるのは珍しい手です。 そんな逆王手によって 一局が締めくくられるとすれば、 それは「美しい」と多くの人が感じます。 この「2四桂」を見た渡辺棋聖は すぐに投了しました。 この投了図を 渡辺棋聖が狙っていたことは、 その様子から明らかでした。 でも、王手をつづけるうちに 藤井玉が詰まないことが わかってしまいました。 そこで途中から、 渡辺棋聖は王手をつづける理由を 「勝つ」ことから 「美しい投了図をつくる」ことに切り替えた のです。 このことに、 「負けるとしてもどう負けるかを考える」 という渡辺棋聖の「美学」を感じます。 以前に何かのインタビューで渡辺棋聖が 「投了図は新聞や雑誌に掲載されるので、 自分が投了するときには どの局面を投了図にするかを考える」 と語っていたのを読んだのですが、 本局ではまさにそれが実践されていました。 そして、 そうして美しい投了図を作ることも含めて そのタイトルの品位や価値を高めることが タイトルホルダーとしての「つとめ」である と渡辺棋聖は考えているのではないか。 そう私は感じました。 そのまま負けるかもしれず、 「生きるか死ぬか」 のギリギリの戦いだったのです。 でも、指し進めるうちに 自玉が詰まないことがはっきりしてきた。 渡辺棋聖の方も 大逆転勝ちを狙っている雰囲気ではない。 そこで藤井七段としても、 「渡辺棋聖は美しい投了図を作ろうとしている」 ということに気づいたはずです。 このまま進めれば 「逆王手」が生じることも 藤井七段には見えていたでしょうから、 「もしかしたらその局面を投了図にするつもりなのかも」 とも考えたのではないでしょうか。 そして本当に「2四桂」の局面は 盤上に現れ、 そこで渡辺棋聖は投了した。 このことに、 藤井七段も渡辺棋聖の美学や タイトルホルダーとしての覚悟を感じた だろうと思います。 私も将棋を指すのでわかりますが、 「2四桂」という逆王手は 指す側にとっては ものすごく気持ちのいい手 です。 相手の攻めを無効にして 逆に反撃を決めて、 「してやったり」という感じです。 逆にその手を指された側は、 悔しい思いをすることになります。 にもかかわらず、 渡辺棋聖はもっと前に 投了することもできたのに、 あえて逆王手をかけさせた。 これはつまり、 自分の悔しさよりも 美しい投了図をつくることを優先した ということです。 この姿勢は、 まず間違いなく藤井七段にも 伝わったことでしょう。 だから、最終手の「2四桂」を 指すときに藤井七段が感じたのは、 ふつうなら感じる気持ちよさではなく、 渡辺棋聖への尊敬の気持ち だったのではないでしょうか。 これらはもちろん 私の単なる推測にすぎないのですが、 たぶん当たっていると思います。 逆王手のあたりの数手は もはや勝敗には関係しない部分なので、 終局後にも両対局者が 発言することはありませんでした。 でも、何も言わなくても、 私には伝わってくるものがあったのです。 まとめ --------------------------- 私は大学で物理学を専攻して 大学院にも進学しつつ、 将棋部に入って アマ四段まで将棋を鍛えました。 メーカーに就職して技術者として 3年働いたあと、 エンジニアリング会社に転職。 転職先を3年半ほどで辞めて起業し、 現在は思考法や将棋を教えています。 そんな私の経験をおもしろくまとめ、 読むだけでアタマが良くなる 本を書きました。 無料で電子書籍を公開しているので、 もし興味があれば読んでみてください。 最後まで読んでいただき ありがとうございました。 もしこの記事が役にたった! と思っていただけたなら、 すぐ下のボタンから SNSなどでシェアしてもらえると とてもうれしいです。

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加藤一二三が見た、藤井聡太七段の稀有な才能「短期決戦でも持久戦でも、どちらでも戦える」

七段 読み方

同じ「中学生棋士」として 「新時代」という言い方をした場合、その中心になるのはやはり藤井聡太七段なのだろう。 彼についてはまず自分と同じ「中学生棋士」という視点で見てしまう。 『天才の考え方 藤井聡太とは何者か?』加藤一二三/渡辺明 著 中学生で棋士になったのは、加藤九段が最初で、谷川浩司九段、羽生善治九段、私と四人しかいなかったところで藤井七段が5人目になった。 それぞれのプロデビューは順番に1954年、1976年、1985年、2000年、2016年となる。 多少のばらつきはあっても、およそでいえば、15年に1人くらいしか誕生してこない。 自分では口にしづらいが、中学生で棋士になれたなら、それだけでもその才能が並大抵のものではないのがわかる。 プロ棋士=四段になるには、奨励会の三段リーグで成績上位二名に入らなければならない。 それができないまま年齢制限に引っかかり(三段リーグに参加できるのは26歳の誕生日を迎える年が最後になる)、プロになるのをあきらめたくはなくても、あきらめるしかなくなる人も多い。 中学生棋士は、目指したからといって、なれるものではないのである。 藤井七段の場合、年齢のわりにはAIの導入が比較的遅かったようだ。 聞いたところによれば、将棋ソフトを活用するようになったのはプロになる直前の三段リーグか、プロになってからだという。 そうだとすれば、AIに触れる前段階ですでに将棋の骨格はできていたとも想像される。 一般的にいって、アマチュア四、五段から奨励会初段くらいのあいだにおよそその人の得意な型、勝ちパターンというものは形成されているものだ。 いちど将棋の骨格ができてしまえば、その後にAIを導入したとしても、将棋のスタイルが大きく変わるものではない。 私にしても、奨励会にいた頃と現在をくらべれば、現在のほうが強いのは当然としても、指している将棋の骨格は大きく変わっていないと思っている。 現代的な将棋に合わせたモデルチェンジを図ったあとにしてもそうだ。 そうした観点からいえば、藤井七段がいま指している将棋も、その骨格はアナログで築かれたものと見ていいだろう。 そのことは藤井七段に限った話ではない。 いまのプロ棋士は骨格ができてからAIによる勉強を取り入れた人がほとんどといえる。 骨格ができる以前にAIで将棋を学んだプロが登場するのはこれからだと言われている。

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