よう いっ ちゃ 久留米。 株式会社 東洋硬化

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九州・久留米には仲間が居る! その2 「杜の蔵」へとうとう行った! そもそも前回、夏に久留米に行ったときのことをずっと書くゆとりがなかったのだけど、実に重要な久留米行になったのだ。 日本酒、とくに純米酒好きであればこの名前に見覚えがあるだろう。 杜の蔵(もりのくら)酒造。 福岡で純米酒と焼酎を醸す蔵だ。 僕は、錦糸町「井のなか」の工藤ちゃん経由で、ここの若頭である 森永君とは知り合っていたけれども、まさか久留米で会えるとは思っていなかった。 なにせ、仲間である富松が駅に迎えに来てくれた時、車の運転席に座っていたのが森永君だったからだ! 「やあっどうもどうも!」 「ええええええええ なんでここにいるんだよぉ!」 「だって俺と富松は同級生だもん」 なにいいいいいいいいいいいいいいいい そう、富松と森永君は学友。 ここまで近しい存在だとは思っていなかった、、、 ということではからずも杜の蔵酒造の見学をさせてもらえることになったのである。 うーむこれだけ同学年が並んでいるとちょっと気持ち悪い気もするが(笑) 森永君は、杜の蔵をひっさげて東京などの消費地をガンガン訪れる、エネルギッシュな蔵の跡取りだ。 実に攻撃的な(笑)口調がまた頼もしいやつでもある。 そして、この日紹介してもらった若手の杜氏である村田君。 彼も同学年だというので、わらっちゃう。 ちなみに、70~71年産まれの学年ね。 蔵には杜氏長がいらっしゃるが、彼はそのしたで製造の指揮を執っている。 この若さで素晴らしい! 「じゃ、今は製造してませんけど、さっと蔵の中を見ていただきましょうか」 (この写真とったのは昨年夏の時点なのです) この杜の蔵は、純米の熟成酒で有名な蔵だ。 しかし一方では、酒粕を利用した粕とり焼酎のメーカーとしても現地では有名。 「昔は酒粕の匂いが町中に充満してたよなぁ、あれが臭くてなぁ、、、」 というようなことだった。 上の写真に あるのが、粕とり焼酎の製造行程で重要な役割を果たす、蒸し器のようなもの。 うーむ、これは呑んでみないとね! 「じゃ、たっぷり呑んでもらいましょう!」 ちなみに、僕は本当は酒よりも水をいただいたほうが嬉しい人間で、仕込み水が大好きだったりする。 「だめだよそんな甘いこといっちゃ!」 と、早速に純米ど真ん中 の酒が出てくる! 僕が杜の蔵の中で最も好きな酒。 「大手門」だ。 左が純米吟醸。 右が純米大吟醸。 吟醸は余り好きじゃない僕だけど、大手門は実に美味い。 なぜかというと派手な吟醸香がなく、ドシッと落ち着いた酒質だからだ。 これならば、刺身に合わせてもいい。 それどころか、燗にしたときに浮ついた味にならない、線の太い酒なのだ。 「いやー 大好きな酒だよ。 もうこれで上がりでもいいなぁ」 といっていたら、、、 予想外に、この蔵のメイン商品である「独楽蔵」がいい出来になっていることを知る。 2005BYということで、3年経過した熟成純米大吟醸。 しかも、なんと常温熟成だ。 「やまけんさんは燗がいいんですよね」 と、ちろりで燗につけてくれたのを口に含むと、「大手門」の上品な骨格とはまた違い、図太い野太い、でも上品で豊かな味の酒である! 常温熟成が上手くいっているようで、ひねたような香りは一切無い。 ただ旨味が濃縮されているように感じる。 この「豊熟」だけではなく円熟という純米吟醸、さらに純米酒を常温熟成させたものもいただいた。 いつもなら「吟醸以上はいらないよ」といってしまう僕だけど、このラインに関しては「豊熟」がうまい!もちろんお値段も張るけれども、その価値ありだ。 そして、、、 こちらが焼酎達だ。 写真右の「吟香露」というのが典型的な粕とり焼酎だ。 酒粕を蒸留してできるこの焼酎、メロンのような香気を楽しむ、和製グラッパともいうような酒。 その隣りの「歌垣」は対照的に、派手な香りの酒ではなく大麦麹で仕込んだ麦焼酎だ。 こちらは酒粕焼酎とはまったく違う野武士のような味の世界。 うん、飲み続けるならこっちだ。 いまごろ蔵は造りのピークを迎えているだろう。 森永君、一段落したらまた久留米で呑もうよ。 村田君、今年の酒も楽しみにしてます。 過去の記事• やまけんの本 カテゴリー.

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台湾黒糖タピオカ専門店 羊一茶 久留米店 1月オープン!人気店が久留米市に!

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それは今話題の「久留米焼きめし」。 一般には、とんこつラーメンというと「替玉」やサイドメニューの「餃子」ですが、久留米市の人にとって、ラーメン屋さんの定番は「ラーメンと焼きめし」鉄板コンビ!です。 「えっ!?焼きめし?そんな普通なのが有名なの!?」と思われるかも知れませんが、実は、 久留米焼きめしには、数字的にも全国で珍しい秘密が隠されていたのです。 それは、久留米のラーメン屋さんのサイドメニューに「焼きめし」がある確率。 しかし、これは家族や友人同士で一つの焼きめしをシェアーして食べている人もいることを考えれば、実際にはもっと多くの人が口にしていることになり、ここからも久留米焼きめしの人気の程が伺えます。 【なぜ炭水化物同士!?】 県外の人からは「なぜ炭水化物同士なの?」という疑問もあるようですが、これは、よくあるラーメンライスや大阪の人がご飯のおかずにお好み焼きを食べるようなもので、久留米の人にとってラーメンのお供に焼きめしは至って当たり前のこと。 逆に「ラーメン屋に行ってやきめしを食べないなんてもったいない」となるのです。 【久留米焼きめしのルーツは?】 久留米の焼きめしは、「チャーハン」「炒飯」といろんな表記がされますが、呼び方に絶対的なこれといった定義はありません。 ただ、昔からの久留米のラーメン屋さんや定食屋さんでは「焼きめし」と呼ばれることが多いようです。 【五目炒飯の原型は、揚州炒飯?】 さて、そんな久留米焼きめしですが、そのルーツは一体どこにあるのでしょうか? まず、久留米焼きめしの細かく刻まれた具材や出来上がりをよく見ると、中国の五目炒飯の原型と言われている「揚州炒飯」に似ていることが判ります。 【久留米焼きめしのルーツは光華楼】 では、揚州炒飯(五目炒飯)が久留米焼きめしの原型だとすると、誰がこの久留米に伝えたのでしょうか?そこで久留米の焼きめしに関する食文化の歴史を遡って行くと、そこには筑後地方初の中華料理店の大正6年創業「光華楼」が出てきます。 光華楼より以前に、筑後地方には中華料理店の存在しないことから、この光華楼の炒飯が久留米の焼きめしのルーツと考えられます。 【チャーハンから焼きめしへ】 しかし、当時初めて中華料理を食べた久留米の人たちには、炒飯(チャーハン)とは、どんな料理なのか分かり難くいため、お店が「チャーハン」よりも分かりやすく「焼きめし」という表記にしたようです。 この事は、光華楼の昭和25年当時のメニュー表に「焼飯スープ付き100円」と記載されています。 その中でも、焼きめしをラーメンとのセットにして売り出し、久留米に広めた功労者的お店が昭和33年創業「ひろせ食堂」。 もう、この店は説明の必要がないくらい有名ですよね。 【久留米焼きめしの特徴】 久留米焼きめしの特徴として、まず挙げられるのが、カマボコ・タマネギ。 チャーシューなどの具材が米粒よりも細かく刻まれていること。 具が小さいからご飯との絡みがよく、ふわふわの卵と相まって、ひと口でいろんな味のハーモニーが口内に美味しさが広がり、どこから手べても最後まで美味しい。 これをレンゲではなく銀のスプーンで食べるのが久留米焼きめし流。 味付けの最大のポイントはラーメンの「秘伝の元ダレ」を隠し味に使っていること。 だからラーメンとの相性もバッチリ!あるお客さんが「この店の焼きめしはラーメンの味がする」と言ったこともあるそうですがなるほど納得のいく話ですね。 【いろんな久留米焼きめし】 このように光華楼から影響を受け、定食屋さんや家庭でも作られるようになった焼きめし。 その焼きめしを研究し、それぞれのお店がラーメン屋さんならではの「叉焼」や「秘伝の元ダレ」を使い完成したのが各店オリジナルの「久留米焼きめし」なのです。 そしていまでは、久留米焼きめしも各店の工夫と努力により、いろんな味や形が出来上がりました味付けは各店いろいろですが具材が細かく刻まれているところは、共通しているように思います。 「薬味系ラーメン」で有名な一味ラーメンの支店で店長を務め平成12年(2000)にラーメン専門店『味壱屋』を創業。 数年間の苦労時代を経て、平成17年(2005)自らの頭を広告塔で[モヒカン]に刈り上げ心機一転!店名も改め『モヒカンらーめん』とした。 平成22年(2010)常連客たちの無償の尽力による店舗改装を機に、一味唐辛子の薬味「モヒカンレッド」のラーメンが評判となり、苦節十年目で大ブレーク!!笑い溢れる店内と明るく丁寧な接客も手伝い、久留米の大繁盛店となる。 久留米焼きめしの変わり種、モヒカン特製「とんこつ飯」。 熱々の鉄板で、「卵」と「ご飯」を焼き、仕上げに「とんこつスープ」。 鉄板で焼かれているために出来る「チャーハンのおこげ」が絶品 !.

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九州・久留米には仲間が居る! その2 「杜の蔵」へとうとう行った!

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テーマ別の噂 [ ]• 、 久留米市の噂 [ ]• チェッカーズ• は藤井フミヤがデザインした。 フミヤ、スマン!俺にも描ける。 (by出身者)• 久留米市民なら高杢の実家の理容室がどこにあるか知ってるはず。 松田聖子の存在も忘れずに!• 呼び捨てとは何事ぞ!恐れ多くも、柳川藩家老蒲池様の法子姫にあらせられるぞ。 田中久重(東芝の創業者)も久留米出身だよ~ん。 鮎川誠もやね。 有坂来瞳モナー。 「久留米と言えば、チェッカーズと松田聖子だね」以外のコメントを、日々望んでいる。 田中麗奈も。 九州新幹線久留米開業のイメージキャラクターやってた。 しかし、久留米人に限ってろくな印象を抱いていないという…。 マオ(シド)も。 石橋正二郎(ブリヂストンの創業者)を忘れてはいけない。 にも久留米という地名がある。 「久留米東」と「東久留米」でえらい違いに。 ・の「東久留米支店」はここ久留米市にあるので、ややこしい。 何度、尋ねても、「ギャン、ギャン」言って答えは同じ。 「ギャン」と聞こえたのも無理ないかも知れないが、正しくは「コギャン」。 意味は「このように」。 久留米生れで久留米育ちの関東人より。 久留米人は「ギャン」とは言わない。 そのとおり。 久留米人は「あげん・そげん・こげん」。 ちなみに「あんなこと」は「あげんこと」ではなく「あげなこと」。 「あげん・そげん・こげん」は、「こと」の付く名詞ではないと思う。 例えば「あげんせんか」(あのようにしないのか、せよ)、「そげんすんな」(そのようにするな、or そうするな)、「こげんせんか」(このようにしないのか、しろ)のように副詞として使う。 同じく久留米ではほぼ聞いたことが無い。 久留米から福岡方面に行くのにを通るのはJRでいく場合で、それよりも鳥栖を通らずにで行く人の方がはるかに多い。 10倍は多いかも知れない。 JRと西鉄はほぼ平行に走っているが、西鉄は久留米の中心街と福岡のを結んでいる。 ちなみに西鉄久留米駅の住所は東町だが岩田屋のある東側が天神(町)なので、駅が天神にあると思っている人もいると思われる。 大して人口がいない割には交通渋滞が激しい。 都市圏30万の人口は地方都市にしちゃなかなかだと思う。 つーか30万都市になっているのが意外。 久留米市街で運転出来たらどこでも通用するらしい。 確かにシビアなところはあるが、そこまでひどくないと思う。 首都高の合流の方が怖いけど。 道が複雑すぎるような気がする。 平野部にあるんだからもう少し直線が多くてもよさそう。 新幹線の駅が久留米市を含め近郊に3つできる予定であり、政治的影響力の大きい政治家がいることを証明している。 しかし南にある方は、北にある方(他県)の重要度とは対照に1時間に1本(新幹線の)鈍行が止まるだけである。 ここも屋台があちこちにある。 ファミレスの前にだって堂々と出店している。 福岡県のデスシティー。 治安が悪いのに派出所の数が減っている。 銃声が聞こえても誰も驚かない。 さすがに驚くわ!• 正確には「銃声が聞こえる範囲」=数100m以内の住民はさすがに驚く。 その範囲外の市民はニュース等で見聞して「へえ~」で済ませる茶飯事である。 犯罪発生率は確実に減ってきている。 福岡県内なら福岡市、北九州市、大牟田市、筑豊地方や糟屋郡などの地域も人の事は言えまい。 人口当たりの焼き鳥店の数が日本一多い。 同じことを愛媛県も主張してる。 第3回(2008年)B-1グランプリ開催権ゲット。 ただしグランプリも取れるかどうかは…。 タオルで我慢してください><• ちなみに人口当たりの病院数も日本一。 親戚にかならず医療関係者がいる。 犬も歩けば医者に当たる。 大病院も個人病院も、なぜかやたらと多い。 久留米駅前にはラーメン屋とラブホテルしかない。 JR久留米駅のことですよね。 久留米の中心駅は西鉄久留米駅。 昼寝の時間(正しくは「午睡」)を設けた高校がある。 (しかもかなりの進学校)• 福岡県立明善高等学校です。 実際に寝ている生徒はほとんどいないらしい。 ただしテレビの取材時は全員寝ていた。 JR前には、「深夜の時間帯はバイク通行禁止」の道路標識がある。 初めて来た人でも、この標識が設置された事情は容易に推測できてしまう。 暴走族捕獲機を考案したのは、ここの警察署。 族の単車が捕獲機を通過すると、仕組んであるロープが後輪に絡まって動けなくなる。 実物を見たことがあるけど、あれでナゼ事故らないのかがわからん。 を走っていると、 にどうしても目が行ってしまう。 「you meタウン」中心に活動している。 六角堂スクエアが寂しい。 古賀という姓が多い。 割合的に古賀が多いのは大川市だ。 久留米市は全国どこでも多い姓の定番、 田中姓が一番多い。 しかも人口の1割を田中姓で占める。 まことちゃんという名前も多そうだ。 明治通りの車線の引き方が変なため走ると 大混乱する。 久留米市の高校生で、「いちご姫コンテスト」を知らない人はいない。 「いちご姫コンテスト」を開催している「月刊くるめ」は、東京のプロダクション約40社が定期購読をしており、コンテストにかわいい娘がでると、編集部にオファーが来るという。 ゴムの町• 石橋正二郎(ブリヂストン創業者)• 石橋徳次郎(アサヒシューズ創業者)• 倉田雲平(月星シューズ創業者)• これらを総称して「久留ッ靴」としよう。 福岡の• あと県に例えるとが福岡市でが大牟田市、久留米市がのような感覚。 距離的にも似たようなものだし豊橋市と大牟田市は私鉄の終点がありしかも県境にあるという点でも似ている。 福岡県西部は私鉄文化なので北海道より愛知で例えられるほうが親近感がある。 九州他県出身者の「福岡と札幌って近いもの感じますね~」のひと言には違和感。 ただ、バス文化でもある点は、北海道と似ていると言えるかもしれない。 とはいえ、名古屋の方が近いというのは紛れもない事実だけど……• 東京で言えば八王子。 (ただしその場合、福岡市一帯と北九州市一帯を強引にくっつけて都区部に表す必要がある)• 久留米城を復元しようとする計画があった。 久留米城一帯のほんの一部だけでも残すべきだったと思う。 それをしなかったせいで、久留米には観光地と言えるスポットが非常に少ない。 久留米大学は旭町キャンパスと御井キャンパスとは別の大学と思った方がいい。 附設高等学校はあのが卒業。 孫さんは中退して米国留学したが、堀江貴文は卒業している。 関ヶ原の戦いの後、筑後国32万石を得た田中家が幕末まで続いていたら久留米市と柳川市の立場が逆になっていたかもしれない。 歴史にタラレバはない。 いいじゃないの、があるChakuwikiの中でくらい。 しかしそれが続かなかったおかげで、柳川藩には立花宗茂という安土桃山~江戸期の名将が返り咲き、今は大河ドラマにする運動も進んでいる。 九州の県庁所在地以外で初めて中核市になった(は中核市でないし特例市ですらない)。 そこでいちいち佐賀市を引き合いに出さなくても・・・佐賀は特例市になれるのになってないらしいよ。 流石に失礼かなと思う。 ただ佐賀市は県庁所在地になる事ができ、久留米市は旧筑後国で一番の都市であるにも関わらず県庁所在地になれなかったため、同じ久留米市民として競っていきたい気持ちはわかる。 ライバルは。 以前は佐世保の方が人口多かったんだが、久留米が(合併で?)逆転した。 佐世保は久留米に抜かれて中核市じゃなくて特例市なので、なんとかして追いつきたいと思っている。 最近はなんと佐世保も中核市に昇格!久留米も負けていられないとこである。 久留米城には天守閣がなかった。 でも本丸には3重の櫓が4隅に建っていて多聞櫓でぐるりと繋がっていた。 その中の1つは他の3つより大きく、実質は天守閣。 規模は宇和島や丸亀城の天守よりずっと大きかった。 スウェットでうろついてる若者が多い。 テレビ東京の『アド街ック天国』で久留米が紹介されました! (2009年3月14日放送)• ちなみに第1位は、「筑後川」• 2007年にもケンミンショー()で久留米の焼き鳥の事が放映されてた。 筑後うどん• ラーメン贔屓だった人間が一度うどんに目覚めると、ラーメンなどこの世(市)になかったかのように、うどんしか食べないようになる。 例えにしても流石にそれは無い。 コシの強いのうどんとは全く反対の、舌で切れるようなやわらかさが特徴。 ここら辺のうどんを食べなれると東京のほうのうどんはとても濃くて食べづらいとか。 九州では「ヤンキーの聖地」と笑い者に…• 全国ではヤクザのお膝元という認識が強いが絶対否定するよな• それをいったらヤンキーにしてもヤクザにしても、県全体が引けを取っていないか、久留米以上の地域もある。 そういった内容は福岡県の記事に書くべき。 日本3大植木産地で知られる。 、、田主丸で3大であるらしい。 陸上自衛隊の幹部候補生学校がある。 その他にも陸自と空自の駐屯地が一つずつ置かれている。 明善vs久留米大学附設高。 片や筑後地方一の公立進学校、片や福岡県一の私立進学校として引き合いに出される。 若手アーティストでは家入レオと植田真理恵が頑張っているが、久留米市民よりも福岡市民の方が応援が厚く、友人知人等を除けば地元市民は「誰それ?」状態である。 ここだけの話、鹿児島ラーメン以外の九州島内のご当地ラーメンは9割方、久留米ラーメンの傍流だったりする。 因みに、ご当地ラーメンの存在しないのは九州では長崎だけらしい。 当然博多の長浜ラーメンも熊本ラーメンも久留米ラーメンの傍系。 源流は同じなのにこうも違うとは面白い。 そもそも久留米ラーメンこそが元祖豚骨ラーメン。 それにも関わらず全国的には豚骨ラーメンといえば博多ラーメンということになっている。 その事に久留米市民としては憤りを感じずにはいられない。 大善寺の玉垂宮で行われる火祭、鬼夜は日本三大火祭の一つらしい。 仁徳帝の時代に肥前の豪族を玉垂命を討ち取ったことに始まる由緒正しき祭りだそうな。 井筒屋跡地に新しく出来る複合文化施設を周辺地域活性化の起爆剤にしたいらしい。 絵に描いた餅で終わらないといいけど。 田主丸 [ ]• 合併で久留米市の一部となったが、住民の帰属意識はあくまで「田主丸」にあり、郷土意識の強い土地柄である。 このため新聞などでは「久留米市田主丸町」とわざわざ報じられることが多い。 「浮羽郡田主丸町」が「久留米市田主丸町」になっただけで、田主丸はあくまで田主丸である。 うきは市でなく久留米市に入ったのは?田主丸が久留米っていうのは未だにすごい違和感がある。 旧久留米市民は久留米の一部とは思っていないし、旧田主丸町民もそう思っていない。 福岡県民の多くも田主丸が行政的に久留米市の一部であることを知らない人が少なくない。 「田主丸」という地名は、福岡県内では知名度も高く、ブランド感もある。 地元の住所名を「久留米市田主丸町+旧大字名」としたのは大正解。 しかし、合併前は住居表示が導入されていた地域では合併後はなぜかそれが取り消しとなり、また「田主丸町田主丸」なるへんてこな地名まで登場してしまった。 JA、警察は旧久留米市ではなく、うきは側と同じ。 植木、苗木(コニファー、初恋草など)及び巨峰が地域の名産。 その三種に関して言えば、名産どころか発祥の地である。 巨峰に関しては聖地と言っても過言ではないと思う。 地域の象徴は河童。 河童の里に相応しく風光明媚な耳納連山の麓にあり、清流が流れている。 「胡麻祥酎」で知られる「紅乙女酒造」が田主丸に本社工場を構える。 味はすごく... ゴマです... JR九州のななつ星でも飲める。 紅乙女の他にも造り酒屋があり、最近では名産の巨峰を生かしたワインも産する。 極めつけは田主丸駅舎。 河童を模した駅舎は自然なようでインパクトがある。 ちなみにこの駅舎は「ふるさと創生資金」でつくられたとか。 うきは市との境や、筑後川沿いには温泉もある。 高尾、保坂という姓が多い。 城島 [ ]• 筑後川の跨ぎ方が変だ。 筑後・肥前の境界を初めて分けたときとは川の流れ方が違っているため、かなりめちゃくちゃになってる。 北に出っ張った所の先の方はむしろとの結びつきが強そう。 三根の中心部まで歩いて行けるレベルだし。 城島健司• なにか関係が?• たぶんないです。 周辺含めて九州随一の酒どころ。 造酒屋が数多く存在する。 旧町内に関するものによく「インガット」のネーミングが使われる。 「インガットホール」、「インガット号」(コミュニティバスの名前)・・• 隣の大川市と並ぶ、国内数少ないエツの産地でもある。 北野 [ ]• 平成大合併で久留米入りした4町で唯一久留米と同じ郡だったが、筑後川で分断された状態だ。 御井郡だったっけか。 西鉄電車で何とかつながってる。 合併前あたりは三井郡です。 小中学生の相撲の名門・井上道場がある。 柳川の琴奨菊もここで育った。 陣屋川の土手の「コスモス街道」が有名。 でもそのせいで、旧町内は官民併せてコスモスを使ったネーミングであふれ返っている。 保健センターが「コスモすまいる」、コミュニティバスも「コスモス号」、コスモス団地、コスモスハイツ、コスモス歯科・・• がここにも出店しているのは、偶然なのか何か狙ったのか??• 「北野天満宮」がある。 一応、京都の北野天満宮の支社か何かだったと思う。 西日本シティ銀行の前身の一つ(福岡シティ銀行)は、北野町出身の四島一二三氏が作った。 甘木線の前身(三井電気軌道)の発起人は当時の北野町長(鈴木利十氏)であったが、鈴木氏が北野町出身かは分からない。 情報求む。 「やましお」という野菜の発祥地だが、「やましお」自体が全くメジャーにならない。 同じ旧三井郡で、なおかつ隣町である大刀洗町が生き残っている事に少しばかりジェラシーを感じている。 (個人的な感想)• あまり知られていないが、戦国期の名将・戸次道雪公が赤司城の城主になった時期と、北野天満宮に陣を敷いた時期で二度に渡って北野町に滞在した土地でもあり、最期はその北野天満宮に滞在していた時であったという。 ちなみに娘・誾千代は赤司城で産まれたともされているが、現状旧久留米市域の問本城で誕生したという説が定説となっている。 三潴 [ ]• 三潴郡の中心だったって言われると…。 読めない…• みづま。 西鉄電車の駅もある。 郵便番号簿によると、「三潴郡三潴町高三潴」は「み ずまぐんみ づままちたかみ ずま」と表記するのが正しいそうだが、なぜそんなことになってしまったのか。 もともと久留米の植民地…買い物は上津バイパス。 合併はされたが、三潴町としての道の駅がある。 侮ってはならない。 vs福岡市 [ ]• 久留米人は筑紫野市以北のことはすべて「福岡」と言う。 しかし、久留米人が関東で出身地を尋ねられると「博多」となぜか答える。 むしろ「久留米」であり「博多」ではないことを声高に強調する。 その中間の場合、「博多」と「久留米」の間ですと説明しないとわかってもらえない。 あと使えるのは「鳥栖」の近く。 サッカーファン以外は言う程知らないでしょ• 「福岡県出身ですが博多っ子ではありません」と言っても、理解してもらえない。 しかしそれを認めると今度は福岡市民や博多っ子がうるさい。 福岡の「ばり」が筑後川を渡ると「がば」になり、矢部川を渡ると「ぎゃん」になる。 豚骨ラーメンは久留米から博多へ派生したものである。 こちらが豚骨ラーメン元祖。 明治通り屋台の「南京千両」が豚骨ラーメンの元祖。 いや、屋台「三九」が元祖。 煮込みすぎた失敗作から偶然始まったといわれる。 作り方をたずねてきた人全員に教えていたため、爆発的に広まったそうだ。 ちなみに「南京千両」は久留米で最初にオープンしたラーメン屋です。 いやいや豚骨ラーメンの発祥「南京千両」で合ってるはず。 ただ現在のスタイルの白濁豚骨を作ったのが「三九」であるから、どちらも間違いではない。 福岡市民のドライバーは、久留米ナンバーに憧れる。 3文字・・・ただそれだけで・・・• あるあr…ねーよ!• 久留米市民だが、流石にそれは100パーない。 あいつら俺らの事見下してるじゃん。 実は九州の大都会福岡市民よりも、久留米市民の方が東京では通用しやすいらしい。 バイタリティーでは久留米の方が上と認識(福岡市出身者)• わかるような気がする。 福岡市民=個性的、久留米=協調的な感じがする。 親父が久留米人だが、筑後の方が東京の人間に近い感じだな。 (在京福岡人)• 基本的に福岡市とは付き合いが悪い。 そうでもないかも知れないが、それでも筑前地方と繋がりを持とうとした場合、やはり何か筑紫野や朝倉どまりってケースも多いんだよな。 むしろ久留米は筑後一の都市であるプライドを捨ててまで福岡に友好的だが、福岡が変なプライドで「お前らと一緒にされたくない」と突き放してる。 現実には福岡都市圏となっている• 一応昔は筑後国、久留米藩、および三潴県であったこと考えると受け入れ難い現実。 vs佐賀 [ ]• 久留米から方面に行く人はを通るわけだけど鳥栖をだと思ってない人が多い。 また、鳥栖を佐賀だと思っている人は久留米が佐賀にあると思っている。 西鉄であれば小郡を通るので鳥栖は通らない。 鳥栖を福岡だと思う人が多くても、鳥栖が佐賀だと思っている人=久留米が佐賀にあると思っていない。 鳥栖は佐賀ではない。 佐賀県ではあるが。 以下の書込みにも混用が多いが、気をつけたいものだ。 むしろ「最も身近な佐賀県」といった印象が強い• 久留米市は鳥栖市を本気で吸収合併しようとしている。 福岡市もを虎視眈々と狙っている。 佐賀県は「蛇に睨まれた蛙」状態である。 現在九州最大の交通の要衝は鳥栖であり、美味しい所を全部持っていかれそうな事を考えると、久留米市民としてはむしろ反対である。 県庁所在地の佐賀市よりも人口が多い• もし久留米など筑後が佐賀県になっていたら間違いなく久留米が県庁所在地となっていたと思われる。 そうなってたら、新幹線も新鳥栖には止まってなかっただろう。 同じく非県都でも政令市でもない佐世保も、佐賀市より人口が多い。

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