ラカンパネラ トリル。 ラ・カンパネラを弾く人へ

ラ・カンパネラ

ラカンパネラ トリル

素人の50代の初心者の男性が1年でラ・カンパネラを弾けるようになった事実とその背景をご紹介します。 今回は前回の記事、「50代のピアノ初心者の男性が「ラ・カンパネラ」を1年で最後まで演奏できるようになった」というお話の続編です。 ピアノを独学で練習されていらっしゃる方や、40代、50代から初めてピアノに向かわれる方にとっても参考になる話なんじゃないかと思います。 どうぞ、ご参考になさってくださいね。 この記事は、前回と同様、その方のお話をあまり加工したくなかったので、できる限り、私の質問に対して答えてくださっているそのままの文章(できる限りそのままの状態で)をここに使っています。 (本人の許可をいただいております) 本当に、初心者が独学で「ラ・カンパネラ」を最後まで演奏することができるのか? ここからは、前回の記事の続きです。 Q5,ピアノは本当に独学だったのでしょうか? Q:ピアノは本当に独学でしたか?どなたか?先生には教わっていますか? A: ピアノを始めて1年間は独学でした。 でも、1年が経過した後、1年間に5~6回程の割合で習ってます。 ラ・カンパネラの楽譜のいちばん最初から2ページまでは「光る鍵盤」で音を見つけていましたが、練習時間より音を見つける作業が大変だったので、その後、ヤマハ音楽教室に電話して「楽譜にカタカナでドレミを書いてもらえますか?」と相談したら、「お試しレッスンがあるので先生に相談されては」と言われ、練習をスタートしてから2週間たった時に音楽教室に行き「独学でカンパネラを弾こうとしてること」や私の弾きたいと思う気持ちを説明したら、その時の先生が快くドレミを書いて下さいました。 その先生から「カンパネラが弾ける様になったら弾いて聞かせてね。 」と言われ3か月後にヤマハの講師の人達の前でカンパネラを弾きました。 今はラカンパネラを最後まで演奏するのに「5分40秒」で弾けますが、その時は最後まで弾くのに「15分以上かかった」と思います。 その時ドレミを書いてもらった先生に、ピアノを始めて1年後からピアノを習うことにしました。 最初の3か月間は楽譜にドレミだけ書いてあるだけだったので、真ん中のド、高いドの区別がつかずに、オクターブ違いで演奏していたところがいくつもありました。 その時点では、ドレミを書く時に間違えて書いたドレミを間違いだと気ずかず弾いていたのです。 その半年後から、講師の中の偉い人が「音大受験専門のピアニストクラスの先生から教えてもらってはどうか?」と言われ、それから、その先生に2年間教えて頂くことになりました。 その先生には、カンパネラという曲の「奥深い演奏を教えてもらってた」のですが、当時の私には先生が言っているのは理解できましたが、ピアノを始めて2年の私には弾きこなす事が出来ませんでした。 Q6, ラ・カンパネラの曲でいちばん難しかったのはどこですか??? 最初の頃は曲の中でも苦手なところはなく、普通に弾いてましたが、いつのまにか「半音階」を早く弾くようになり、少しずつ少しずつリズムが崩れだし、早く弾こうとして指が流れていき、気が付いたら弾き直しの癖が出来て苦手意識が出来ていました。 自分の仕事とピアノの練習のバランスなどはどうしていましたか? 私の仕事は漁師なので、1年のうちの半分はとても忙しく、残りの半分はとても暇という状態です。 10月~3月までは海苔養殖の仕事が忙しくピアノを弾く暇がなくピアノもぜんぜん進みません。 逆に4月~9月の5か月間は反対に暇で、その期間は毎年コンペ3(本選合わせて)・エリーゼ音楽祭・ステップ3・発表会3(知り合いのピアノの先生の招待)・老人の慰問2など合わせたら月3回ステージに立っています。 Q8,なぜ、5年前から他の曲じゃなくて、ラ・カンパネラだったのでしょう?? 私は海苔養殖の漁師で漁師は暇な時はパチンコで夜は飲み屋が定番でした。 6年前半年でかなりの金額をパチンコで負けてしまい、パチンコを止めたら、ポッカリ穴が開いたように暇になり何かしようと考えていました。 そんな時に、テレビでフジコ・ヘミングがカンパネラを弾いていたので、妻に「カンパネラを自分の手で弾く」「発表会でカンパネラを弾いたら子供たちがビックリするだろう」と言ったら、妻は「無理・無理・絶対無理・逆立ちしても無理」と言って相手にしてもらえませんでした。 実は妻はピアノの先生をしていて結婚する前はヤマハの講師をしていて、結婚してからは独立して、今でもこどもたちにピアノを教えています。 その妻が「私が弾けないのにあなたが1年でカンパネラを弾けるわけがない」と笑いながら言ったので、 「海の男の意地でお前からは絶対習わずにカンパネラを1年で弾ける様になってお前の発表会に出てやる」と宣言したのは良いんですが、 楽譜が読めず、チンプンカンプンでしたがユーチューブで鍵盤が光る演奏動画を見つけて、妻が留守の時に秘密の練習をして密かに弾ける様になろうと頑張ったいうわけです。 やってみて気づいたのですが、カンパネラはそんな甘い曲ではありませんでした。 その後は妻のいる時も練習し、男の意地で妻からは一切習ってませんが ピアノの部屋から私の弾く音が漏れていて、妻から、その音を聞いて「粒が揃ってきたね」「今日のトリルは良かったよ」「拍の取り方が良くなったね」とか言われるようになり、 そんな感じで妻から誉められるのが楽しみになって、 いつのまにか妻から誉められる為に練習を頑張るようになりました。 Q9,正直、すごい挑戦? なぜ、いきなり「ラ・カンパネラ」だったのでしょう??? Q: いきなりすごい挑戦? 少なくとも、私のところに来た大人の生徒さん(初心者)から、ラ・カンパネラをやりたいとやりたいと言われたら、 できなくはないでしょうけど、5年以上はかかると思います。 その前に他の曲が何局もできると思いますが、どうされますか?聞くと思うのです。 なぜ、いきなり ラ・カンパネラだったのでしょう??? A: 答えを簡単に言うと、演歌は得意だったのですが、クラシックは無知で、クラシックというと、最初に書いた「英雄」「カンパネラ」「テンペスト」しか知らなかったんです。 その中から、カンパネラを選びました。 私にとってピアノの曲は全てが難曲だったので、どうせ弾くなら知ってるカンパネラを選んだだけです。 もし、最初から先生に習って、カンパネラを教えてもらう前に基本が出来てからカンパネラを教えますと言われたらピアノが嫌になってたかもしれません、 好きで弾きたいと思った曲だからどんなに難しくても頑張れたと思います。 でも、今の考えは違います。 基本練習をしなかったから分厚い壁にぶつかって壁を破れずにいます。 ウサギとカメの話で最後はカメが勝ちますね。 前の回答に関する「追加の質問」、さらに掘り下げて質問してみました。 一次が英雄ポロネーズ、二次がカンパネラ、本選がテンペストでその中から英雄を選んで(クラシックのピアノの曲はこの三つしか知らないので) 毎日、一時間半練習して一か月後に彼女の前で3ページだけ弾き Q:このときに演奏したのは何の曲だったか?覚えていらっしゃいますか? 前の質問で、高校生の時に演奏した時の話です。 演奏したことすら忘れてしまっていたのなら、「曲名」も覚えていらっしゃらないかもしれませんね?その時んお曲は何の曲だったか?覚えていらっしゃいましたか? A: 当時の彼女から英雄を3ページ弾いたと聞かされた時は私は完全に忘れていましたが、 その後、少しずつ思い出して、「音楽室でピアノを弾いていた」のと、「ピアノの横で彼女が泣いている姿だけ、うっすらと思い出した」程度です。 曲名は4年前に彼女から聞きました。 Q10:要するに「テンペスト」は形から入ったということですよね??? テンペストの曲の演奏は、要するに、形から入ったと言うことですよね? 楽譜が読めない「子供が猫踏んじゃったを弾く」のと同じスタイル。 それの曲が長い版なので、理屈としてはできないわけではないとは思いますが、それにしても根性がすごいです。 もしかしたら、形から入る何か?の経験をお持ちなのかもしれないと思いました。 例えば、野球、バスケット、剣道、柔道etc…. 運動部で何かをされていましたか? その経験が生きてきているのではないかと推測致しました。 実際のところ、どうなのでしょう? A: その通りです。 この事は書かなかったんですが、トランペット・サックス・ドラム・バイオリン等を発表会で披露してます。 トランペットは3年、ドラム2年、サックス・バイオリンは2ヶ月練習しました。 バイオリンは先生に習いましたが、他は楽譜無しで伴奏に合わせて音を探して曲にしてステージに立ちました。 私は元々左利きなので左指は最初から苦にならず、ドラムが手と足が4つに分かれてリズムを刻むので、両手で弾くのも意外とスムーズに弾けました。 運動部は柔道・水泳・空手です。 Q11:多分、今の弾き方だと、手の甲の側の前腕部分のが痛くなってくるんじゃないかと推測致します。 正にその通りで、今の時期は最低5時間練習し、多い時は7時間、海が忙しい時期でも3時間は練習しますが、5時間以上練習した時は毎晩手から腕にかけて湿布しなければ痛くて寝れません。 Q12:コンクールなどに出ようと思ったきっかけなどについて教えて下さい。 最初にコンクールに出ようと思ったのは、カンパネラが弾けるようになって1年後ですか? なぜコンクールに出ようと思ったのですか?そもそもコンクールがあるとか、ピティナという存在すら知らなかったのだと思うのですが、なぜその徳永さんがその情報を得て、そうなったのか?を教えてください。 A: 前にも書きましたが、妻の発表会でカンパネラを弾く為に練習してました。 でも、「本番でいきなり人前で弾くのは無謀」だと思い、 何処で見たかは覚えてませんが、九州新聞社主催ピアノコンクールの佐賀1次予選のポスターを見て、発表会の度胸試しと場慣れの為にエントリーしましたが、 妻から・・・ 「バッカじゃないの」普通は何年か練習して発表会に出てから上手になってコンクールに出るか出ないか迷うのに、 「いきなり1年でコンクールなんて信じられない~」と言われました、その通り私はバカでした。 Q12:初めてのコンクールでの経験談を教えて下さい。 今までは、妻の発表会も全く興味が無かったので、電子ピアノやエレクトーンをステージに運んだりはしましたが、発表会の本番を見た事が1度もありませんでした。 コンクール会場に行ったら、客席は暗くピアノだけライトが当たってシーンとした中で、淡々と演奏し、チーンとベルが鳴ったらお辞儀をして去って行く異様な光景で、なんだこの世界はと思い正直帰りたくなりました。 私の順番が近くにつれて、心臓が飛び出る位バクバク鳴って他人の演奏を聴いていたら、 「カンパネラのメロディーが思い浮かばない」。 ・・・・・ 「どうしょう」と思った矢先に、 前の前の人の演奏が止まり10秒たっても弾かずにいて、やっと弾きだしてもまた止まって「可哀想」と思いましたが私も絶対止まるだろうと思いました。 その時に、裏方のチンを鳴らす女性に、 「私はピアノを始めて1年で、初めてコンクールに出ますが、止まって頭が真っ白になったら、もう弾けませんので時間が余っていてもチンを鳴らして下さい。 」 「すぐに帰ってきますので、絶対鳴らして下さいね。 」 とお願いしてステージに上り、 最初ピアノを弾かずに鍵盤の上でエアー弾きで20秒程練習してから弾きだしました。 その時に、「妻は何をしているんだろう、まさか本番のステージ上で練習してはいないだろう」と思ったそうです。 でも、頭の中で練習してました。 弾きだしてからは止まらずに、出入りを含め5分だったので、その時の演奏は曲の半分で終わりました。 その後の2次予選通過者の発表をダメだと思いましたが待ってました。 実はそのコンクールを通過しました。 通過はしましたがギリギリ通過の小さなトロフィーを頂きました。 そのトロフィーが、おやじの挑戦の「ピアノを始めて1年」の演奏動画で映っているトロフィーです。 表彰状をステージ上でもらう時に、そのコンクールの実行委員長が私に話しかけて下さり「ピアノを始めて1年だそうですね、凄いですね。 1日何時間練習されたんですか?とか先生に習っているんですか?とか興奮されながら話されて、実は特別賞を特別に作って徳永さんにやろうと審査員や関係者の中で議論しました」と話して下さいました。 その後、帰る時にコンクールの実行委員長が私を追いかけてきて、「一緒に写真を撮って下さい」「その写真と後からインタビューをして徳永さんを紙面で紹介したいので」と言われた時は本当に夢のようでした。 1年間カンパネラを仕事以外すべてを犠牲にして最低5~6時間、多い時は8時間以上練習したご褒美を頂いたようで、生まれて最高の日でした。 多分、チンを鳴らす女性がそんな話を審査員の方に話してくれたのだと思います。 今回の独学ピアノ「テンペスト」話から、学べることって何だろう???? 今回の記事もちょっと長くなってしまいましたが、ここまでが私が徳永さんに伺った話の内容をまとめた内容です。 できる限り、本人のニュアンスなどを伝えたかったので原文を使わさせていただくようにしてあります。 この徳永さんのお話からは、「大人が独学でピアノを演奏できるようになるまでには」というヒントがたくさん隠れていますので、ご自身のピアノの練習のヒントになるものも多かったのではないでしょうか? この方の場合は、仕事の関係上1日に6時間以上も練習できたなど、環境的に恵まれていた点も大きいでしょうが、本人の努力もすごかったという面もあります。 だからと言って、「自分とは違う」と割り切ってしまうのではなくて、参考にできたり、「そうすれば良いのか?」というヒントもたくさんあります。 次回の記事では、この徳永さんのお話から読み取れる内容やどうやって普段の練習や自分の環境作りに活かせば良いのか?といった考察について書いてみようと思います。 次回の記事は、徳永さんの5年後という内容でお送りします。 そして、その後、メルマガにて私が感じる徳永さんの考察に関しての記事を書かせていただこうと思っています。 私の個人的な主観が入ってしまうこともあり、受け取り方は人それぞれなので、次回の記事に関してはメルマガ(鍵付き記事)で紹介させていただこうと思います。 メルマガ(無料)に登録していただければ誰でも読める記事ですので、よろしければ登録をお願いいたします。 (いつでも解除できます) ・・・・・ こんな記事もお役に立つかも???• ・・・・・・・ あなたがピアノで幸せにでいられるのをいつも応援しています。 今日も訪れていただき、ありがとうございました。

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ラ・カンパネラ

ラカンパネラ トリル

フリーのソフトで写譜をしているので、ちょっと変ですが大目に見てください。 上昇していく半音階で、コルトー先生は4の指でA を弾くように指定しています。 そうしますと必然的にどこで1の指を使うか G が決まり、その他の指も決まるので、運指を全部書き込むことができそうです。 子供のころにはやった、数字を最大3つずつ数えて、「20」と言った方が負け、というゲームを思い出します。 「20」と言わないためには「19」を言えばよいので、その前には「15」と言わなければなりません。 これは〇Xと似ていて、先手必勝になります。 いや〇Xの場合は後手の一手で引き分けに持ち込むこともできましたか。 これはトランペットの先生から学んだ大事なことですが、音階等は連続したひとまとまりとしてではなく、この場合で言えば薬指にあたる 4と書いてある 音を「 狙う」のです。 1-2-3-4と弾くところは狙い易いですし、1-2-1-2と弾くところはあまり頭で考えなくても大丈夫です。 交互ですから機械的でもまずOK。 そして最後の音もしっかりと「 狙う」ことが重要です。 こうした練習を繰り返していき、それから全体をつなげて弾いてみるのだそうです。 そうすることでなめらからスケールになります。 で、今回練習した範囲を弾いたのが次の動画ですが、肝心のメロディーのところを頭で考えながら弾いているので時々止まっています。 やはり指に覚えてもらうのがいいようで、繰り返し練習するしかないですね。 なお、楽譜の運指が自分に合うかどうか?合わなければ直して、毎回同じ運指にすることが大事です。 特に、3の指を使うか4の指を使うかです。 それにしても、半音階の練習って大切だったんですね。 子供のころは何の役に立つんだろうと思ってまじめにやりませんでした。 申し訳程度ですが、まだまだ途中の動画を載せます。 そろそろ第二テーマも始めたいですね。

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おやじの挑戦、50代で「ラ・カンパネラ」を独学・1年で弾けるようになった男性の話(後編)

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「ピアノの魔術師」リストによる「パガニーニによる超絶技巧練習曲」 クラシックピアノにおける超絶技巧で、最も有名なのはフランツ・リスト(1811-1886)といっても過言ではありません。 あらゆる曲を初見で弾きこなし、コンサートではショックのあまり気絶する観客がいた等、数々の伝説があります。 作曲家としての才能も認められていた彼は、多くの名曲・難曲を残しています。 中でも最も難しい曲の一つが「パガニーニによる超絶技巧練習曲」 ヴァイオリンの超絶技巧者として名が知れたニッコロ・パガニーニ(1782-1840)の練習曲に基づき、リストが編曲した曲です。 その難易度により発表当時から 「演奏不可能」と評され、現在では改訂版である「パガニーニによる大練習曲」が一般に広まっています。 特に第3番「ラ・カンパネラ」後半では、超高速の連打と跳躍が終盤まで休みなく続き、打鍵の速さに鍵盤の反応が追い付かないため、アップライトピアノでは演奏ができないとされています。 ストーリー性のある楽曲で、トリルや跳躍を繰り返す中、静かな弱音を求められる箇所もあるため、本当の意味で難しい曲です。 動画は「パガニーニによる超絶技巧練習曲 第3番」 ニコライ・ペトロフ(1943-2011)によるもの。 「超絶技巧練習曲」を演奏・録音できた数少ない奏者の一人で、跳躍の正確さ、トリルの美しさは圧巻です。 「ピアノの詩人」ショパンによる「12の練習曲. 作品10」 ポーランドのピアニスト、フレデリック・フランソワ・ショパン(1810-1849) ほぼすべてのピアノ曲を初見で弾きこなしたというリストが、唯一ショパン作曲による「12の練習曲」だけは練習を要したといいます。 ショパンは14歳にして周囲から「完成されている」と言われ、20~25歳の間に24曲の練習曲を作曲。 ピアノにおける基礎がほぼすべて込められている、といってよいほどの完成度の高い曲。 早く正確に弾くだけではなく、和音を美しく響かせる、激しい伴奏を静かに聞かせるといった高度な表現力が求められます。 ショパンの練習曲は大変に難しく 「練習の時はすぐそばに医者が必要だ」と言われたとほど。 逆に手にまったく無理が無く、怪我をしない優しい曲だというハイレベルな奏者もいるので驚きです。 12の練習曲は第1番、2番の高速の激しいパッセージに驚いたかと思えば、第3番(日本では「別れの曲と称されます」)の旋律は悲しさに溢れています。 向かい合う者によって見せる顔の違う、この多彩さがショパンの奥深さであり、ショパンを追究する難しさです。 「ロシアの巨匠」ラフマニノフによる「ピアノ協奏曲3番」 ラフマニノフ(1873-1943)はピアニストであり作曲家であり指揮者でもあります。 処女作である「交響曲第1番」は、初演するや否やすさまじい酷評をされ、 存命中は2度と演奏されませんでした。 しかし、その後書かれたピアノ曲は大成功を収め、特に「ピアノ協奏曲第3番」は、高い芸術性と演奏的技術において比類が有りません。 中でもピアノパートの難易度は群を抜き、今でも多くのピアニストが 「最も難しいピアノ曲である」と言います。 映画「シャイン」では、主人公がこの曲をピアノで演奏した後に、精神が壊れてしまうというショッキングなシーンがあるほどです。 ラフマニノフは少し特別で、手が大きい上に関節が柔らかく、小指でドを押しつつ、親指で1オクターブ半上のソを打鍵できたといいます。 (関節が特異に柔らかい、「マルファン症候群」であったという説もあり) このような性質が、作曲した曲の難易度を上げる要因の一つではないかという指摘もあります。 すさまじい数の打鍵、美しい旋律、繰り返される転調、ロマンティックかつ壮大なピアノは、最終章で結実し、もはや破壊的ですらあります。 「ピアノ協奏曲第3番」のピアノはウラディミール・ホロヴィッツによるものが最も有名です。 指を伸ばして演奏する独特のスタイルは唯一無二、今なお多くのピアニストが彼を目指しています。 まとめ いかがでしたでしょうか。 「超絶技巧」という言葉が明確に使用されたのはリストからだとされていますが、明確な定義は存在しません。 今回は、速さ・表現力・芸術性それぞれに優れ、歴史的に影響の大きいピアノ曲の中から、その一部を紹介させていただきました。 現代はさらに技術が進化し、新たなピアニストや超絶技巧曲が生まれています。 超絶技巧を通して、ピアノや音楽の素晴らしさを知っていただければ幸いです。

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