ジャコモ カサノヴァ。 人物02:ジャコモ・カサノヴァ 1/3

時代を駆け抜けた男・カサノヴァ

ジャコモ カサノヴァ

ロドリゴ・ボルジアとジャコモ・カサノヴァが身近に甦ってきた (ファブリツィオ・グラッセッリ著、文春新書)を読み進めていくと、自分が歴史上の人物の身近にいるかのような錯覚を覚えてしまう。 この語り手たちは架空の人物であるが、歴史学の最新の研究成果が取り入れられているので、史実に限りなく近いと考えていいだろう。 取り上げられているいずれの人物も生き生きと浮かび上がってくるが、とりわけ私を魅了したのは、ロドリゴ・ボルジアとジャコモ・カサノヴァの二人である。 私の好きな人物、チェーザレ・ボルジアの父、ロドリゴ・ボルジアについて書かれたものは少ないので、舐めるように読んでしまった。 ロドリゴ・ボルジア、すなわち法王アレッサンドロ6世の章は、「ローマ法王の犯した禁忌の愛欲」という副題が添えられ、侍従長が語り手となっている。 「酒と女に溺れずにいられない事情が様々あることはお察しするが、侍従長という立場からすると、まことに手のかかる、困った方だと言わざるを得ない」。 「この時代、ローマ法王は、単なる聖職者ではなく、優秀な政治家でもなければならないことは、誰でもわかっていることだ。 この点において、この方はまさに完璧な人物だった。 そうしたときには、アレッサンドロ6世、すなわちロドリゴ・ボルジア様は、決して理性を失うことなく、常に冷静に振舞うことができた。 ところが昨夜のような場面、エロスとの戦いにおいてはいつも、常軌を逸していると言いたくなるほどの乱れようを見せるのだった」。 法王は、昨夜、全員の歳を全部足しても、自分の歳に届かないような若い女たちを、ベッドで3人まとめて相手にしていたのである。 「アレッサンドロ6世は、キリスト教徒の『魂の父』になる気など、もとから全くないお方だ。 正当なものも、悪辣なものも含めて、あらゆる手段をもってだ。 そして、過去から現在に至るまで、ほぼすべての、王や王子、宰相がそうであったのと同じように、身の回りを美しいものや、美しい女たちで埋め尽くすことに熱心だった」。 「ただ一つ、今これを読んでいる人に知っておいてもらいたいことがある。 それは、法王アレッサンドロ6世が、ローマ市民から愛されているということだ。 法皇様はスペインの出身だ。 そして、普通ローマ人はスペイン人を好まない。 しかし、法皇様だけは別だった」。 それはなぜか。 この法王が、ローマと法王領に暮らす大衆が日々の食事に困らないことを保障するような政治を行ったからだ。 いよいよ、私の好きなチェーザレ・ボルジアが登場する。 「25歳になられたチェーザレ様は、鮮やかな金色の髪をして、髭はきれいに手入れされており、上背は高く、体つきは一層たくましくなられた。 そのいでたちも、いつもながらエレガントそのものだった」。 チェーザレは、父親の代理として、軍事面で目覚ましい活躍をしていたのである。 チェーザレの美しい妹・ルクレツィアも登場する。 「既に公式発表されたところによると、ルクレツィア様は、ヘェラーラ、モデナ、レッジョ・エミリアの領主である、北イタリアの有力者、アルフォンソ・デステ公爵と、21歳にして3度目の結婚をされることになっている。 当然ながらこの結婚はこれまでと同じく、法皇様の政略のためのものだ。 だが今回は、失敗に終わったこれまでの2回とは違って入念に計画されたものであり、今度こそはすべてがうまく行きそうだった。 この方法なら、兄上のチェーザレ様が軍隊を率いて、かの地を征服するために出陣し、危険をおかす必要もない。 この結婚はいわば、ベッドの上という『もうひとつの戦場』で行われる、エステ家との、血を流すことのない戦争なのだ」。 女たちは、ベッドの上で実家のために頑張ったのである。 そして、遂に、私の好きな、もう一人の人物、ニッコロ・マキャベリが姿を現す。 マキャベリが故国・フィレンツェの政府要人に書き送った内密の手紙が、スパイを使ってこれを盗み取った枢機卿によって法王の前で読み上げられる。 その中で、マキャベリは、「アレッサンドロ6世の政治は、その息子である、ヴァレンティーノ公・チェーザレの軍事行動によって支えられている。 そしてその作戦は我々の予想を超えて、大きな成果を挙げてきた。 フィレンツェの君主は、今やイタリア半島が、大きな二つの部分に分割されつつあることを知るべきである」と、警鐘を鳴らしている。 これに対し、法王は吐き捨てるようにこう言う。 「私は、西ローマ帝国の滅亡以来、誰も果たし得なかった壮大な夢を、この手で実現させようとしているのだ! あのマキャベリとかいう、いけすかないフィレンツェ人は、まことに賢明なお方だな! 私の考えを全部ご存じのようだ! 今こそ、このイタリアを統一して、強力な国家を作らなければならないのだ。 世俗の国家であり、同時に教会という霊的な権威のもとに治められる国家をだ! 私は何も、自分の権力欲だけでそんなことを考えているわけではないぞ! そうしなければ、イタリアの地は、周辺の強国に蹂躙されてしまうだろう」。 マキャベリが『君主論』の中で、チェーザレを理想的な君主と評価していることは、よく知られているとおりだ。 ジャコモ・カサノヴァの章の副題は「華麗なる夜の外交官」となっており、彼の若き秘書が語り手を務めている。 「そこに待っていたのは、まだ20歳を少し過ぎたぐらいの、若い青年だった。 前もって聞いていた話では、パドヴァ大学の法学部を卒業した秀才だということだったので、私は、黒い服を着て、分厚い本を抱え、眼鏡でもかけたような人物を想像していた。 ところが、目の前に現れたのは、流行の最先端を行く服を優雅に着こなし、香水の香りを漂わせた、エレガントな若者だった。 分厚い本を抱えているはずの手には、いかにも高価な、銀と象牙で出来た柄の付いた、杖を持っていた」。 「(カサノヴァの)特質は、決して下品なものでも、攻撃的なものでもなかった。 むしろ、ジャコモ様の礼儀正しさや、人に対する優しさと寛大さ、深い教養といったものが、多くの女性を惹きつけているのだと思えた」。 カサノヴァが、秘書にこう言う。 「いいかいマルコ、愛することの自由というのは、人間存在そのものの自由とつながっているんだ。 男でも女でも、本当に自由で教養のある人間は、ばかばかしい世間のモラルなど乗り越えて行かねばならない。 そして生きることの喜びを、自ら表現しなければならないんだ。 これは肉体の問題ではない。 その人間の、精神の在り方が問われているのだよ」。 カサノヴァは、文字どおりの自由人だったのだ。 「彼の女性の好みには、年齢など関係なかった。 少女からほとんど老婆と言って良い女性まで、そして大富豪や有名貴族の妻から農婦まで、あらゆる女を彼は愛した。 彼は女というものを、自身の命と同じぐらい、いやそれ以上に愛していた」。 私は若い時からカサノヴァに興味を持ち、『カザノヴァ回想録』(ジャコモ・カザノヴァ著、窪田般弥訳、河出文庫、全12巻。 出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)などを繙いてきたので、彼の華やかな女性遍歴にはそれほど驚かないが、彼が一流の教養人だったという本書の指摘には、目から鱗が落ちた。 「世には、ジャコモ様のことをペテン師扱いする者もいたが、彼の高い教養と広範な知識は、どこへ出しても恥ずかしくない一級品だった」。 「私にとって驚きだったのは、そうした恋愛沙汰の合間に、ジャコモ様がオペラの台本を書き上げたり、フランス中の文学者や文化人と会って、語り合う時間を作っていたことだった。 彼は、当時百科事典の執筆をしていたアレンベルトという人物とも親しく付きあい、彼と一緒に世界の森羅万象、すべてを書き尽くしたいとも語っていた」。 もう一つ、魂消たことがある。 カサノヴァは、当時の巨大な権力集団の代表者たるフランスの駐ヴェネツィア大使の愛人(しかも、この女はヴェネツィアの名門出身の修道女だった)と関係を持ったことを咎められて、獄に繋がれてしまう。 1年後にカサノヴァは脱獄を果たすのだが、これが実は彼をスパイに仕立て上げるための政治的陰謀だったというのだから、驚くではないか。 ヴェネツィア共和国政府の要職にあるマルコ・バルバロの言葉はこうだ、「何しろ彼は、ヨーロッパ中のどこの宮廷にも出入りが出来る。 しかもそれぞれ国の重殖に就いている、多くの人間と友人関係を結んでいて・・・そしてもしかするとこれが一番重要な点なのかもしれないが、ヨーロッパのほとんどすべての国に、宮廷の事情通である貴婦人や、有力者の妻であるところの、愛人がいる。 彼女たちとの寝物語に、どんな貴重な情報が出て来るかわからん」。 「彼を単に釈放してしまったら、この仕事は任せられない。 しかし彼が共和国政府を裏切って鉛の牢獄から脱獄したのであれば、誰も彼を、我々の手先だと疑いはしない。 逆に、我が国の機密事項を彼から聞き出そうとするだろう。 彼には偽りの国家機密をたくさん流してもらう。 そうだ。 鉛の牢獄から脱獄できた唯一の人間として、その冒険談を本にしてもらうと良いかもしれない。 きっと評判になって、多くの宮廷人や有力者が、もっと詳しい話を聞かせてくれと申し出てくれるだろう。 もはや彼が我々のスパイであると疑う者はいない」。 「(ロレンツォ・)ダ・ポンテは、1784年の冬にジャコモ様と出会い、話した後、オペラの台本を書くことを決意したと言った。 それは何千という恋人を持ち、女性への愛のためにだけ生きた男の物語だった。 若き作曲家、モーツァルトの作曲で1787年に初演されたそのオペラのタイトルは『ドン・ジョヴァンニ』だった」。 この初演は、カサノヴァが62歳の時のことであった。 Tagged in: タグ: , , , , , , , , , ,.

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ジャコモ・カサノヴァ : definition of ジャコモ・カサノヴァ and synonyms of ジャコモ・カサノヴァ (Japanese)

ジャコモ カサノヴァ

< カサノバあらすじ・ストーリー> カーニバルに沸き立つ18世紀中盤のヴェネチア。 カサノバ(ドナルド・サザーランド)は、マッダレーナ(マルガレート・クレメンティ)という尼僧からの手紙を受け取る。 海を嵐の中帰るカサノバは、邪悪な書物を保持した罪で、宗教裁判所の審問官に逮捕され、入牢を余儀なくされる。 牢でカサノバは、伯爵夫人ジゼルダ(ダニエラ・ガッティ)や、お針娘のアンナマリア(クラリッサ・ロール)との一時を回想する。 カサノバは牢を脱獄しパリに行き、神秘的な人々とデュルフェ候爵夫人(シセリー・ブラウン)のサロンで出会う。 更にスイスのべルンに行き、ドレスデンで彼を愛さない母親と会い別れる。 中華圏やイスラム圏の大帝国に挟まれ、青息吐息だったのだ。 文化的にも魔女狩りあり、風呂は入らない、排泄物は道に捨てる、あげくの果てにコレラが大流行するなどという、どこかどす黒い、澱んだ、悪夢的な社会だったのである。 実際この解釈はさほど間違っていないと思っているのだが、実は、この暗黒ヨーロッパのイメージを持った理由の大半はこの映画の仕業のようにも思う。 この映画のビジュアルの見事さゆえに、それ以外の中世の絵が浮かばないのである。 そんなこの作品は18世紀のヨーロッパを生きた実在の人物、性豪として知られる「カサノバ」を題材にしたモノだ。 ジャコモ・カサノヴァ(Giacomo Casanova、1725年4月2日 - 1798年6月4日)は、ヴェネツィア出身の術策家(aventurier)であり作家。 その女性遍歴によって広く知られている。 彼の自伝『我が生涯の物語』Histoire de Ma Vie(邦題『カザノヴァ回想録』)によれば、彼は生涯に1,000人の女性とベッドを共にしたという。 彼の最大の才能はベッドの上で発揮されたが、同時代人にとってのカサノヴァはそれ以外の面でも傑出した存在だった。 オーストリアの大政治家シャルル・ド・リーニュはカサノヴァを彼の知りえたうち最も興味深い存在であると評し「この世界に彼(カサノヴァ)が有能さを発揮できない事柄はない」とまで言っている。 またランベルク伯爵は「その知識の該博さ、知性、想像力に比肩しうる者はほとんどない」と記している。 カサノヴァがその生涯にわたる遍歴において知遇を得た人物には、教皇クレメンス13世、エカチェリーナ2世、フリードリヒ大王(カサノヴァの美貌に関してコメントを残している)、ポンパドゥール夫人、クレビヨン(カサノヴァにフランス語を教えたともいう)、ヴォルテール、ベンジャミン・フランクリンなどがいる。 彼はまたモーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』初演(1787年)に列席しており、また同オペラでロレンツォ・ダ・ポンテの台本に最後の筆を入れたのではないか、との説も唱えられている。 Wikipediaより引用 こんな稀代の色事師カサノバのエロチックな人生を、この映画はドーミエの絵をさらに俗っぽく、暗く、厚塗りしたようなイメージ、で中世ヨーロッパを濃厚に描くのである。 誰でもこの映画を見てもらえば、例えばマスカレードや、怪しげな宮廷風景、サーカスなどの映像イメージの原型が、この映画に在ることを納得してもらえると思う。 映画「カサノバ」カーニバルシーン また、このフェリーニの「映像魔術」の強烈さは、凡百のミュージックビデオがはだしで逃げ出すほどの濃厚さで、それが2時間半続く。 老若美醜を超えて全ての女性に奉仕することを喜びとするカサノバをドナルド・サザーランドがマッタリと演じ、それをニーノ・ロータのミステリアスな音楽が盛り上げる。 正直言って、物語は無いと思ったほうが良い。 ストーリーはこの監督にとって、新たなビジュアルイメージの展開上のキッカケのようなモノで、映像こそがこの映画の全てだと思っている。 右フェデリコ・フェリーニ その、こってりドロドロの高カロリービジュアルこそ、フェリーニが描きたかった「映画の中核」だと信じている。 そんなこの映画のビジュアルは、全てイタリア・チネチッタ・スタジオで撮られた濃密な人工美の構築により、やはり芸術の域に達していると思う。 そもそも、このフェリーニという人はビジュアルイメージの天才で、『魂のジュリエッタ』などを見れば、モダンな美から、古典的な絵画イメージまで、派手で豪華な表現からシンプルで抽象的な形まで、あらゆるスタイルを完全に手中にしているのが分かる。 「魂のジュリエッタ」予告 ところが「フェリーニの映像魔術」と呼ばれる、そのビジュアル・イメージは後半になればなるほど、この映画のように下世話で俗っぽく下品でエログロの度が高くなっていくのが、不思議だった。 しかしある日、その理由が分かったような気がした。 実はフェリーニと同時代に、イタリアの産んだもう一人の天才「ルキノ・ビスコンティ」監督がいたことによるのではないかと閃いたのである。 ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti, 1906年11月2日 - 1976年3月17日) は、イタリアの映画監督、脚本家、舞台演出家、貴族 伯爵。 映画監督・プロデューサーのウベルト・パゾリーニは大甥。 1906年11月2日、イタリア王国ミラノで生まれた。 実家はイタリアの貴族ヴィスコンティ家の傍流で、父は北イタリア有数の貴族モドローネ公爵であり、ヴィスコンティは14世紀に建てられた城で、幼少期から芸術に親しんで育った。 1936年にはココ・シャネルの紹介でジャン・ルノワールと出会い、アシスタントとしてルノワールの映画製作に携わった。 (Wikipediaより引用) ヴィスコンティの描く高踏的な美は、貴族階級に生を受けた、その伝統の上に築かれた圧倒的な力を持っていた。 その芸術性は何代にも渡って伝承され得て初めて可能となった美である。 基本・基礎から違うと言うべきであって、たまたま芸術的才能を持って生まれた個人が対抗するには、あまりにも遠く高いところに在る美だ。 当ブログのビスコンティー映画レビュー.

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人物02:ジャコモ・カサノヴァ 1/3

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【amazon 『カザノヴァを愛した女たち』 カスタマーレビュー 2013年11月7日】 山椒読書論(304) 多くの女性にもてたカザノヴァにあやかりたいと、若い時分からカザノヴァ関係の本を読み散らしてきたが、今回、『 カザノヴァを愛した女たち』(飯塚信雄著、新潮選書。 出版元品切れだが、amazonなどで入手可能)を読んで、とんでもない思い違いをしていたことに気がついた。 1725年にイタリアのヴェネチアで生まれたジャコモ・カザノヴァは、単なる色事師ではなく、イタリアの名門・パドヴァ大学の法学博士号を持ち、天文・化学・数学・古典文学に造詣の深い当代切っての国際的教養人・自由人であった。 もっとも、同時に賭博師・冒険者でもあったのだが。 もてるのをいいことに、女性の体や財産を奪う不逞の輩ではなく、心から女性を愛し、肉体面でも経済面でも女性に尽くした男性であった。 晩年にカザノヴァが著した『回想録』は、あることないことを書き連ねた、誇張に満ちた自慢話ではなく、事実に基づいた交友の記録であった。 登場する女性たちが実在したこと、その交友関係が事実であったことは、カザノヴァ研究家たちの弛まぬ努力によって、明らかにされてきた。 さらに、カザノヴァが生きた当時のヨーロッパは、ルイ15世の公式の愛人として有名なポンパドゥール夫人に代表されるロココの世紀の絶頂期で、性交渉は飲食とほとんど同じようなものと見做されていた時代であり、女性も男性と対等に性愛を享受した時代であったのだ。 「カザノヴァは色の浅黒い、1メートル90センチほどの大男だった」。 「では、カザノヴァという人間の魅力は? と言えば、まず、知性と感性、経済力と体力のすべてを結集し快楽を追求しようとしたその生き方にあった。 そのために彼は折角獲得できるはずの社会的地位や名誉、財産を平気で投げすてた。 そうすることにより、女性という目前の至上の快楽と、彼にとって至上のものである精神の自由を維持し続けたのだ。 だが、そのために相手の女性の幸せをふみにじったかと言えば、決してそうではない。 相手の幸せを充分にかなえた上で自らの自由を守ったのである」。 なんと、魅力的な男ではないか。 『カザノヴァ回想録』の愛欲描写は意外に淡泊なのだ」。 「カザノヴァは、夜アンリエットを抱いているときよりも、昼間彼女と語っているときの方が幸福感にひたることができる、と言っている。 アンリエットは読書家で趣味もよく、判断に狂いがないし偏見も持っていない。 大切なことを話すときも、笑いながら、いかにもたわいのないことを語るようなふりをして、しかも、誰にも分るように話した。 才気によって男の心を燃え立たせ、ついにはその男に、ほかのものは何も要らないとまで思わせる。 カザノヴァは、『回想録』の中で、相手の女性たちの社会的名誉やプライヴァシーを守るため、その実名がばれないように仮名を使うなどの配慮をしている。 愛の快楽の5分の4を相手の女性に捧げることによって女性を幸福にし、自分は残りの5分の1で満足することを至上の歓びとするのが、カザノヴァの信条であり、美学であった。 稀有な人間的魅力、才能、エネルギーの持ち主のカザノヴァが、多くの才気溢れる美女たちを相手に繰り広げた絢爛たる官能の世界を味わうには絶好の書であるが、一つだけ気になる点がある。 政治的や財政的に有力なパトロン(男女を問わず)に恵まれていたにしろ、賭博で大きく稼いだにしろ、女性を喜ばせるために使う金、あるいは、別れに際し女性に贈る金の額が半端ではないことだ。 現在の円に換算すると何億円という金を惜しげもなく、使い切ってしまうのだ。 これって、ひょっとしたら著者の換算間違いではと思うのは、私の貧乏性のせいだろうか。

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