きめつの刃甘露寺おっぱい。 恋柱・甘露寺蜜璃の入浴シーンがやばいw裸の温泉回は何巻の何話?

【鬼滅の刃】甘露寺蜜璃は心優しい八倍娘!恋に恋する『恋柱』の魅力が分かる【鬼滅の刃】

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(鬼滅の刃14巻 吾峠呼世晴/集英社) 甘露寺蜜璃はやはり「ピンクの髪色」が特徴のキャラ。 コミケでも甘露寺蜜璃のコスプレしてた女性がめちゃくちゃ多かったそう。 見た目的に女性に嫌われそうなキャラクターですが、実は女性人気も高い甘露寺蜜璃の魅力とは一体何なのか? そこで今回ドル漫では 「甘露寺蜜璃の能力強さ」をフルカラー画像付きで徹底考察してみた。 恋の呼吸の必殺技や甘露寺蜜璃の強さの秘密、伊黒小芭内との関係性などをメインに「甘露寺蜜璃のアホっぷり」も紹介していこうと思います。 甘露寺蜜璃とは恋柱 まずは甘露寺蜜璃の正体をおさらい。 甘露寺蜜璃とは柱の一人。 恋の呼吸を操る 「恋柱(こいばしら)」。 柱では数少ない女性キャラ。 恋を象徴するように、ピンク色の髪の毛が特徴。 関連があるか不明ですが、色恋沙汰で鬼と化した上弦の3・猗窩座の髪色もピンク色。 甘露寺蜜璃の年齢は19歳。 わずか1歳違いではあったものの、炎柱・煉獄杏寿郎の継子(つぐこ)だったこともあります。 声優CVは「花澤香菜」。 読み方は「かんろじ・みつり」。 甘露寺蜜璃の性格はアホなぐらいに社交的。 本来は鬼殺隊や柱は敵視すべき鬼化した竈門禰豆子も可愛がり、竈門禰豆子も甘露寺蜜璃に柱の中で最もなついてる様子。 ドンピシャの寸法ですという言葉に騙されて、「女の子はみんなこう」と甘露寺蜜璃は勘違いし続けた。 ただし、甘露寺蜜璃は浴衣姿もはだけるなど、「恥ずかしい」と言いつつも好んでいる様子。 実際、同じく紅一点ならぬ紅二点だった「胡蝶しのぶ」は前田さんの目の前で油をかけて燃やししてる。 何を着用するかは柱本人に任されてる以上、わざわざ甘露寺蜜璃が特徴的な隊服を着る必要性はない。 不死川実弥も胸が空いた隊服を着用してるため、意外と甘露寺蜜璃と趣味は共通するのか。 ただし、正確には「ピッタリ寸法が合う服」がそもそも少ないのが現状か。 【性格】甘露寺蜜璃が鬼殺隊に入った目的とは? 続いては「鬼殺隊に入隊した理由」を考察。 甘露寺蜜璃は柱の中でも鬼殺隊に入った理由がアホすぎて面白い。 (鬼滅の刃6巻 吾峠呼世晴/集英社) 他にも甘露寺蜜璃は胡蝶しのぶ相手にも「しのぶちゃん怒ってるみたい。 珍しいわね。 カッコいいわ」とやはりキュンキュン。 一方で甘露寺蜜璃はすぐ泣きやすく、どちらかと言うと「感情表現」がムダに豊かなだけなのかも知れない。 ちなみに、甘露寺蜜璃は前述のようにアホみたいに社交的なため、不死川玄弥に対しても気さくに話しかけてドギマギさせたことも。 まさに『鬼滅の刃』では最強の思わせぶり子ちゃん。 甘露寺蜜璃はアホでもドジでもありません(キリッ) だから甘露寺蜜璃はいちいち言動が面白い。 奇抜な服装から女性読者に嫌われそうですが、どこか言動に愛らしさも感じる。 おそらくこの理由は生まれ持っての天真爛漫さとオツムのゆるさ。 端的に言うと、甘露寺蜜璃はアホの娘。 (鬼滅の刃183話 吾峠呼世晴/集英社) また『鬼滅の刃』のラスボスであると邂逅した瞬間には「間合いに入らずんば即死せよ!みたいな怖すぎて語彙がおかしくなっちゃう!」と、甘露寺蜜璃の緊張感ゼロのはしゃぎっぷりっぷりが笑う。 甘露寺蜜璃のノリを見てる限り、『鬼滅の刃』の作者・吾峠呼世晴の性別はなんとなく女性っぽい雰囲気も感じます。 ワニ先生の性別はそこまで興味ないですが、女性漫画家が描くからこそ、甘露寺蜜璃は女性ウケできてるのかも知れない。 これが『ワンピース』の尾田栄一郎なら…。 甘露寺蜜璃の強さは「筋肉八倍娘」 一方、甘露寺蜜璃はそこまで強くなさそう。 鬼殺隊に入った理由もアホ。 そもそも言動がアホ。 髪の毛もアホみたいにピンク色。 当サイト・ドル漫でも「甘露寺蜜璃は柱の中では胡蝶しのぶより少し強い程度」と予想してた時期もありました。 (鬼滅の刃12巻 吾峠呼世晴/集英社) そのため甘露寺蜜璃はめちゃくちゃ食欲旺盛。 ギャル曽根も真っ青。 やはり圧倒的筋量を支えるには、圧倒的なエネルギーが必要。 普段から力士三人分より食事量は多く、これでもまだ食べ足りないという言葉も本物。 仮に甘露寺蜜璃の体重が50kgと仮定しても、実質的には400kg。 そら、食欲は力士を超えるはず。 だから、甘露寺蜜璃は『』のビスケット・オリバと『』の金隆山康隆をかけ合わせたようなキャラクターと言えそう。 一方、前述のように結婚相手を見つけるために鬼殺隊に入ったわけですが、それ以前から甘露寺蜜璃はお見合いを繰り返してた。 むしろ見合いで殿方を見つけられなかったからこそ鬼殺隊に入った。 もちろん甘露寺蜜璃の見合いが成功しなかった理由はシンプル。 この甘露寺蜜璃の食欲旺盛っぷりを目の当たりにした男性はことごとくドン引き。 「 君と結婚できるのなんて熊か猪か牛くらい」「 おかしな髪の色も子供に遺伝したらと思うとゾッとする」とこっぴどくフラレて以来、髪の毛を真っ黒に染めて女の子らしくか弱いふりをした悲しい過去もあった。 ただし、「私が私のままできること人の役に立てることあるんじゃないかな?こんなのおかしいよ」と自問自答した末に見合いの日々とはおさらばし、鬼殺隊に入っていた。 だから甘露寺蜜璃の動機が完全に不純かと言うとそうでもない。 その後、産屋敷輝哉には「自分の強さを誇りなさい」とアドバイスされて感涙し、甘露寺蜜璃は恋柱として活躍。 最終的に竈門炭治郎と出会い、甘露寺蜜璃はそこから「本当の力」を完全に解放できるようになった経緯があります。 文通相手の伊黒小芭内とは相思相愛? 続いては「」との関係性を考察。 甘露寺蜜璃は割と誰とでもすぐ仲良くなるものの、同じ柱の伊黒小芭内とは「文通友達」。 今でいうとメル友(これも古いか)。 (鬼滅の刃188話 吾峠呼世晴/集英社) 鬼舞辻無惨戦で甘露寺蜜璃が負傷して動けなくなってしまったため、伊黒小芭内は「もういい十分やった」と男らしくカッコ良く守ってあげる。 もちろん鬼舞辻無惨に勝てる保証はないため、甘露寺蜜璃は「伊黒さん死なないで」と泣いて叫ぶ。 いかにも相思相愛(少なくとも友達以上恋人未満)といった雰囲気ですが、あくまで惚れてるのは伊黒小芭内。 甘露寺蜜璃にしましまの長い靴下をプレゼントしたり、甘露寺と馴れ馴れしく喋っただけで竈門炭治郎にブチ切れるなど愛が止まらない。 一方、甘露寺蜜璃は「将来の殿方」を探すために鬼殺隊に入ったわけですが、未だにその目的を達成してないことからも分かるように、伊黒小芭内をあくまで「柱の一人」としてしか認識してない様子。 甘露寺蜜璃の食欲旺盛っぷりを微笑ましく受け止めてくれるのは伊黒だけなんですが、悲しいすれ違い。 恋愛って難しい。 普段は冷たい態度を取ることが多い伊黒小芭内にして、めちゃくちゃ気を使わせるのも甘露寺蜜璃に対する愛があるゆえ。 じゃあ、二人の恋愛が成就するかというと微妙。 何故なら、伊黒小芭内は壮絶な過去を背負ってることもあって、どうやら告白する気はサラサラない様子。 あくまで遠目から見守るだけ。 甘露寺蜜璃は自分からグイグイ行く割に、好意を直接伝えられないと理解できない意外と鈍感ガール。 しかも、鬼舞辻無惨戦では甘露寺蜜璃より死亡フラグがびんびん。 ただし、「この戦いが終わったら告白するんだ」という死亡フラグを逆説的に理解したら、伊黒が生き残る可能性も現時点ではゼロではないか。 どちらも生存さえできれば甘露寺蜜璃と伊黒小芭内の関係性が進む可能性もありそうです。 【日輪刀】恋の呼吸にはどんな技がある? 続いては「甘露寺蜜璃の強さ」を改めて考察しようと思います。 前述のように、甘露寺蜜璃は圧倒的なフィジカルの強さや体幹の強さがあるものの、それ以外に何か能力はないのか? (鬼滅の刃14巻 吾峠呼世晴/集英社) 結論から入ると、甘露寺蜜璃の強みは「日輪刀」。 実は他の柱と違って、甘露寺蜜璃は「ムチのようにしなる刀」を使用してる。 敵の斬撃すらも攻撃して跳ね返せるのが強み。 動体視力もかなり高そう。 鉄地河原が作ったこの日輪刀は、いとも極めて薄いがゆえに簡単にしなってしまう。 また極めて長刀であるため本来は自分自身も傷付ける危険性がある。 それでも甘露寺蜜璃の肉体のしなやかさと関節の可動域の広さのおかげで華麗に使いこなす。 そして、甘露寺蜜璃のは「恋の呼吸」。 恋の呼吸は甘露寺蜜璃が「独自で編み出した呼吸法」とのこと。 前述のように甘露寺蜜璃はかつて煉獄杏寿郎の継子だったことから、おそらく恋の呼吸は「炎の呼吸の派生型」と予想してみる。 まさに戦いに関して天性の才能に恵まれる。 (鬼滅の刃14巻 吾峠呼世晴/集英社) 例えば、恋の呼吸には 5ノ型「揺らめく恋情・乱れ爪(ゆらめくれんじょう・みだれづめ)」といった必殺技があります。 敵の攻撃を無効化させるなど、攻撃と防御を同時に行えるのが恋の呼吸(というより甘露寺蜜璃)の強みなのかも。 他にも恋の呼吸には 1ノ型「初恋のわななき(はつこいのわななき)」、 2ノ型「懊悩巡る恋(おうのうめぐるこい)」、 3ノ型「恋猫しぐれ(こいねこしぐれ)」、 6ノ型「猫足恋風(ねこあしこいかぜ)」といった技が今まで披露されてます。 全部恋に関わる技名ばかり。 【死亡】甘露寺が伊黒に想いを告げる最期が胸アツ 続いては「甘露寺蜜璃の最期」を考察。 ちなみにネタバレ注意です。 結論から書いてしまうと、 甘露寺蜜璃は鬼舞辻無惨戦で死亡します。 女子にしては圧倒的な身体能力と筋量を持つ甘露寺でしたが、生まれた時から痣があった継国縁壱と比べると遥かに見劣り。 岩柱の悲鳴嶼は言うまでもなく、風柱の不死川、水柱の冨岡と比べても及ばず。 鬼舞辻無惨の吸引攻撃で負った致命傷は最後まで尾を引いたカタチ。 伊黒も同様に瀕死の状態だったが、「俺ももうすぐ死ぬ。 君は独りじゃない」と安心させた。 会話を交わせる時間が限られる中、伊黒は生まれ変わった後に告げようと秘めていたこれまでの想いを甘露寺に伝える。 それに対して、甘露寺は涙ながらに「わああん嬉しいよぉ。 わたしっ…伊黒さんが好き」と反応する。 割と鈍感ガールで伊黒の気持ちを理解してないと思ってましたが、内心では甘露寺も同じ想いを抱いており、いわゆる相思相愛だった模様。

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【鬼滅の刃アフレコ】対決!みつりとしのぶ!どっちのおっぱいが大きい?【甘露寺蜜璃・きめつのやいば・竈門炭治郎・胡蝶しのぶ・栗花落カナヲ・アテレコ・MAD・柱チャレンジ・おきゃんチャンネル推し】 │ 鬼滅の刃まとめ動画ナビ

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週刊少年ジャンプにて大好評連載中の漫画 『 鬼滅の刃 きめつのやいば』に出てくる キャラクター設定・キャラクター紹介の 第4弾として 甘露寺蜜璃 かんろじみつりを取り上げて、 『 鬼滅の刃 きめつのやいば』に出てくる 甘露寺蜜璃 かんろじみつりってどんな人!?どんなキャラクター!?キメツ学園ではどんな設定!? など、まだご存じない方の為に詳しく画像付きで紹介していきたいと思います! みなさんこんにちは! 今回は 週刊少年ジャンプにて大好評連載中の漫画 『 鬼滅の刃 きめつのやいば』に出てくる キャラ設定ネタバレ! プロフィールをwiki風にまとめて紹介! 『 鬼滅の刃(きめつのやいば)』ってなに!? 『 鬼滅の刃 きめつのやいば』とは、 週刊少年ジャンプにて大好評連載中の 吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)先生による漫画作品です。 2016年 週刊少年ジャンプにて連載開始した、人と鬼とのせつない物語に鬼気迫る剣戟(けんげき)、時折コミカルに描かれるキャラクター達が人気を呼んで、単行本 1巻~18巻までで累計発行部数が 2500万部を突破し、今なお注目を集め異彩を放つ作品です。 独自の世界観を構築し続けて、新たな少年漫画の金字塔として存在感を示している漫画です。 内容は、 大正時代の日本を舞台に、鬼に家族を惨殺された主人公の 竈門炭治郎(かまどたんじろう)が、古より鬼退治を生業とする組織 「鬼殺隊」の隊士となり、家族の仇である鬼を討ち、鬼に変えられた妹の 禰豆子(ねずこ)を人に戻すために、鬼にされながらも人間の心を保とうとしながら仲間の鬼殺隊たちと共に、鬼の脅威から人々を守る戦いに身を投じていく物語です。 彼女の視点を通すと、この骨太で切なくハラハラする物語に極端な恋愛バラエティ要素が加わって、 むむ、この作品に溶け込むにはどうしたらいいかなぁと悩んだのですが、 収録時には他の柱の方たちの個性が強すぎて強すぎて、そんな心配は吹っ飛んでしまいました。 蜜璃ちゃんと共に、乙女の道を突き進もうと思います! と語っていました。 キャラ設定をwiki風 プロフィールでまとめて紹介! 甘露寺蜜璃 かんろじみつりの紹介としてまず最初にあげたいのがちまたで彼女のヘアースタイルも話題にのぼっている、髪の毛の色についてです。 甘露寺蜜璃 かんろじみつりが鬼殺隊に入隊する前の話からしたいと思いますが、 17歳のころにお見合いをした相手からは、 「あなたと結婚できるのは熊か猪か牛くらいでしょう」 「髪の色も子供に遺伝したらと思うとゾッとしてしまう」 などと言われてしまい、お見合いは 破談 はだんしてしまいます。 ちなみに 甘露寺蜜璃 かんろじみつりは蛇柱の 伊黒小芭内 いぐろおばないと文通したり、 一緒に食事をする間がらのようです。 甘露寺蜜璃 かんろじみつりの本編作中での活躍 一番最初に 甘露寺蜜璃 かんろじみつりが登場したのは主人公の 竈門炭治郎 かまどたんじろうが 那田蜘蛛山 なたぐもやまで下弦の鬼: 塁 るいと戦った後のコミック 第6巻45話【 鬼殺隊柱合裁判 きさつたいちゅうごうさいばん】において、 産屋敷邸 うぶやしきていにて 竈門炭治郎 かまどたんじろうが 柱合裁判 ちゅうごうさいばんにかけられるときに柱9人が全員集合した時に一緒にいたのが 甘露寺蜜璃 かんろじみつりでした。 それからしばらくしてからコミック 第12巻100話【いざゆけ里へ】において衝撃的な登場をします。 こっちのほうがドキドキしてしまいます 笑 その後、この里でしばらく 竈門炭治郎 かまどたんじろうと絡みますが、 甘露寺蜜璃 かんろじみつりの初めての戦闘シーンが見れるのはコミック 第14巻122話【それは一時的な 興奮状態 こうふんじょうたい】において 竈門炭治郎 かまどたんじろう達が悪戦苦闘していた 上弦の 肆 しの鬼との戦闘中に助けに登場します。 上弦の肆の鬼は 甘露寺蜜璃 かんろじみつりの大活躍でようやく倒すことが出来ましたが、 この時の戦闘で 甘露寺蜜璃 かんろじみつりは痣の出現に成功させています。 甘露寺蜜璃 かんろじみつり『 中高一貫 ちゅうこういっかん!! キメツ 学園物語 がくえんものがたり』におけるキャラクター設定 甘露寺蜜璃 かんろじみつりの 『中高一貫!! キメツ学園物語』におけるキャラクター設定はというと、 キメツ学園の卒業生で近所の美大に通う19歳となっています。 男性にモテモテだが本人は気付いていないようで、彼氏が欲しいそうです。 笑 そして、「私の絵で世界中の人を幸せにするのが夢!! 」と語っています。 が・・・ 大食い女子の設定は本編作中と同様のようで・・・ 炭治郎 たんじろうが馴染みでよく通う定食屋が あおいの実家で、そこによく 甘露寺蜜璃 かんろじみつりは食べに来るようなのですが、毎回食材がなくなるまで食べつくすらしいです。

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【鬼滅の刃アフレコ】みつりのおっぱいガマン選手権【甘露寺蜜璃・きめつのやいば・竈門炭治郎・我妻善逸・甘露寺蜜璃・神崎アオイ・栗花落カナヲ・アテレコ・MAD・柱チャレンジ・おきゃんチャンネルさん推し】

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人が恋柱を見る時、視線は胸元に吸い寄せられる。 だが本当に注目すべきは彼女の下半身だ。 彼女の短いスカートの下には、天才の業が隠れている。 『鬼滅の刃』第22話 視界が令和に染まる ちょっと前に 恋柱こと 甘露寺蜜璃が話題になっていた。 お願いだから女性キャラも、普通に人間として戦わせてくれ……— 酒向萌実|GoodMorning SAKOMOMI この人の感想については意見がいろいろとあるだろうが、本記事の主題はそこではない。 主題に関わるのは、この人が甘露寺のキャラデザの どこに注目していたかである。 『鬼滅の刃』第22話 ツイートから分かるように、着目点は甘露寺の 「胸」であった。 これは今回に限った話ではない。 多くの人が立場によらず甘露寺の胸に注目する。 それは 「乳柱」というスラングが誕生していることからも分かる。 俺はこの風潮に疑問を投げかけたい。 お前たちの視点は 令和にあるのではないか、と。 『鬼滅の刃』の舞台設定は 大正時代である。 同じ日本であるとはいえ、令和である現代とは 文化が違う。 それなのに令和の視点で語っていいものだろうか。 そんなはずはない。 やはり時代を考慮した上で語るべきだ。 令和ではなく大正のレンズを通すと、甘露寺の姿が違って見える。 胸よりも下半身、つまり スカートが気になるのだ。 そして彼女のスカートをめくると、 前田という天才の業が見える。 大正っていつだ 本題に入る前に、『鬼滅の刃』の時代設定を確認しよう。 あらすじにも書いてあるとおり、 「時は大正」である。 大正時代は 1912年7月30日から 1926年12月25日までだ。 最終選抜で遭遇した手鬼の発言から計算すると、 1話時点では1912年 大正元年 もしくは1913年 大正2年 と考えられる。 とはいえ作中では具体的な年月日が提示されていないため、ざっくりでいいと思われる。 1910年以前なら 鬼滅前、 1910年代・20年代ならほぼ 鬼滅中、 1930年以降なら 鬼滅後。 これくらいの認識をもって読み進めてほしい。 授乳の道具 なぜ我々は甘露寺の 胸の露出が気になるのだろうか。 同じく柱の 不死川も鍛え上げた胸筋を見せつけているし、 伊之助に至っては上半身を完全に露出している。 『鬼滅の刃』第22話 『鬼滅の刃』第11話 これは 女性の乳房は性的なものとされているからである。 もちろん男性の胸部に性的魅力を感じる人もいるが、扱われ方がまるで違う。 現代の日本における女性の乳房は、 準性器とでも言える状態にある。 しかし、このような文化は 「昔」からあったわけではない。 そもそも日本では乳房どころか、 「裸体」ですら性的なものとされていなかった。 幕末から明治初頭にかけて日本にやってきた外国人たちは、往来から見えるところで行水している日本人に驚き、書き記した。 それほど裸体を見られることについて、日本人は気にしていなかったのだ。 江戸時代の日本人が性的対象とみなしていたのは 「行為とセットになった性器」である。 その心情を感じたければ、 春画を見るといい。 性器・結合部こそ入念に描かれるが、肉体の他の部位については描き込みが少なく、男女差も小さい。 むしろ髪型や衣服の方が重要視されている。 Kitagawa Utamaro [CC0], 上記の絵には俺が修正を加えたので、結合部に興味のある人はリンク先に飛ぶといい。 他のも見たい人は下記リンクから。 とはいえ裸体が気にされていなかったのはせいぜい明治初頭までの話。 外国との交流が増えるに連れ、裸体は「恥ずかしいもの」となっていく。 その象徴とも言えるのが 「腰巻き事件」である。 明治34年 1901年 の白馬会第六回展において、黒田清輝の『裸体婦人像』を始めとする裸婦画が、 著しく風紀を乱すとして警察が展示の制限を求めたのだ。 『裸体婦人像』Kuroda Seiki 1866-1924 [Public domain], 警察は特別室での展示を求めたが、黒田らは反対。 結果、額縁ごと 下半身を布で覆って展示することになったのである。 だが 上半身はそのままだった。 乳房は性的であると見なされなかったのである。 結局、日本で乳房が性的対象とされるようになるのは、戦後の 1940年代後半からである。 アメリカを中心とした欧米の文化が一気に押し寄せたためだ。 アメリカでは 1920年代の終わりから豊満な肉体が求められるようになり、 1940年代には 「胸の谷間」が注目されるようになる。 そして 1950年代から60年代にかけて、 グラマーの黄金時代を向かえた。 この時代の流れが、日本人の感性を変えたのだ。 マリリン・モンロー, Teichnor Bros. , Boston [Public domain], ではそれ以前における日本で乳房はどう見られていたかというと、それは 「授乳するための器官」である。 なにせ「おっぱい」という言葉さえも江戸時代では 母乳のことでしかないし、使われることもほとんど無かった。 一般的に乳房のことも指すようになったのは 1940年代後半のことで、国語辞典に「おっぱい」が登録されたのは 1955年まで待たなくてはいけない。 このように、日本において女性の胸部が露出しているのを「性的」とみなすのは、完全に 鬼滅後なわけである。 谷間に注目するのは アメリカでさえもまだだった。 ゆえに当時における甘露寺のトップスは 「奇妙」であるとはいえ、今ほど 「性的」と見なされなかったと言えるだろう。 しかも 他の柱達の格好も相当に奇抜である。 『鬼滅の刃』第22話 甘露寺の胸ばかり見てしまうのは、我々が令和に生きているからなのだ。 そのため彼女の ボトムスの意味を見逃してしまう。 膝上のイノベーション 甘露寺のスカートは短い。 丈が膝上であるため、現代の感覚でもアレは ミニスカートと言えるだろう。 だが、あれを素直に「ミニスカート」と呼んでいいものだろうか。 冒頭に貼ったTogetterに対するブコメで、「ミニスカートは女性の開放の象徴としての意味を持っていた」ことを指摘したものがあった。 これはおおよそ正しい。 ミニスカートを最初に発表したとされるフランスのファッションデザイナー、 アンドレ・クレージュは明確にそのことを語っている。 現代女性は働き、活動的な生活をしている。 ゆえに服は行動が重視されなくてはいけない。 現代女性は男性と平等であることを望んでいる。 ゆえ服装で男女平等を実現しなくてはいけない。 現代女性は性的タブーを捨て去ることを望んでいる。 ゆえにあるがままの肉体を見せなくてはいけない。 デザイン段階で女性解放の思想が込められており、フェミニズムの目指すところそのものである。 また、 1950年代後半のイギリスでは、ファッションデザイナーの マリー・クワントがミニスカートを自身のブティックで販売し始めている。 Mary Quant, Jac. とはいえ 自由で活動的な女性から生まれ、そんな彼女からの人気を得たのだから、やはりこのミニスカートも「女性解放の象徴」と言っていいだろう。 これまでミニスカートの始まりを簡単に紹介したが、 鬼滅よりざっくり40〜50年後であることに気がついただろうか。 ここまで時代が離れすぎていると、甘露寺のスカートを語るのには不適切であるように思える。 ここで 1930年に出版された 北澤楽天のマンガ 『女百態エログロ漫画集』の1ページを見てもらおう。 『楽天全集 女百態エログロ漫画集』 クレージュより 35年も前のマンガにミニスカートの女性が描かれている。 だがこれは北澤楽天や日本のファッションセンスが世界に先駆けていたことを意味しない。 1920年代にも丈の短い ショートスカートが世界的に流行したためだ。 これについて語るにはウィンブルドンへ飛ぶ必要がある。 現代のテニス ローンテニス は19世紀末のイギリスで考案された。 当初はガーデン・パーティーの余興に過ぎなかったが、広まるに連れて本格的なスポーツとなり、 1877年からウィンブルドン選手権が開催されるようになる。 1884年には女子シングルスも開催されるようになった。 ここで問題になったのが、女性のテニスウェアである。 ガーデン・パーティーから始まったこともあり、当初のテニスウェアは ドレスに限りなく近かった。 しかしそれではプレイしにくい。 そこで選手たちはウェアの改良に乗り出す。 1884年ウィンブルドン初代女子チャンピオンの モード・ワトソンは、シンプルで 「裾の短い」ドレスで試合に出場した。 Maud Watson, 不明 [Public domain], これのどこが「裾の短い」なんだと思うかもしれないが、女性の 「足首が見える」格好は十分に大胆な格好だったのである。 これを受けて20世紀初頭まで、女性のテニスウェアは「細身の長袖」と「足首までのスカート」が定番スタイルとなった。 スカートの裾を引きずらないようになったとはいえ、これでもまだ「動きやすい格好」とは言えない。 それに当時はコルセットをつけてプレイするのが一般的であった。 カリフォルニアのテニスプレイヤー、 エリザベス・ライアンの回想によれば、「プレイ中の動きで鋼鉄の芯が折れ、体を傷つけることもあった」という。 試合後の更衣室には 血のついたコルセットや下着が放置されていた、とも。 この状況を一変させたのが「テニスの女神」とも称される スザンヌ・ランランである。 彼女は 「襟なし・袖なし・ひざ丈スカート」でコートに舞い降りた。 Suzanne Lenglen playing 1920, Agence de presse Meurisse [Public domain], 大会の役員達は「そんな裸のような格好でコートに立たないように」と注意したが、彼女は一歩も引かず 「ダメならフランスに帰る」と言い放つ。 優れた選手であるランランを帰らせるわけにもいかず、結局この格好で出場することが認められた。 こうして彼女はウィンブルドンで 1919年から大会5連覇を達成し、 1925年にまた優勝した。 これは女子シングルス・ダブルスの両方である。 ランランの活躍の影響はテニスコートの中にとどまらなかった。 街を歩く女性達のスタイルも 開放的なものへと変えていくのである。 それまでのバストとヒップを強調し、盛られた服装は前世紀のもの。 これからの時代は 動きやすさだ、と。 こうしてスカートの丈は上がっていき、1920年代にショートスカートが流行するのである。 このように丈の短いスカートは、クレージュやクワントが「ミニスカート」を生み出す前から存在した。 そしてランランを発端とするショートスカートの流れは、我々にヒントを与えてくれる。 戦いに勝つためにスカートの丈は短くなる、と。 ショートスカートの登場は 鬼滅後である。 ゆえに甘露寺のスカートはショートスカートの系譜に連なるものではない。 あれは 収斂進化と考えるべきだ。 ワトソンやランランはテニスで勝つために丈を短くしていった。 甘露寺のスカートも 鬼を倒すという明確な目的があったからこそ、 世界に先駆けたデザインとなったのではないだろうか。 この仮説にはちゃんと裏付けがある。 栗花落カナヲが着ている隊服を見るといい。 カナヲのスカート丈の変遷 戦いの経験を積むに連れ、彼女の スカート丈は短くなっていく。 やはり鬼を倒すためには、スカート丈を切り詰める必要があるのだ。 とはいえカナヲのスカート丈はダーウィン主義よろしく少しずつ短くなっていったのに対し、甘露寺のは最初から短かい インテリジェント・デザインである。 我々はここで鬼殺隊服のデザイナー、 前田まさおと向き合わなくてはならない。 前田という天才 甘露寺の隊服をデザインしたのは鬼殺隊服縫製係の 前田まさおである。 『鬼滅の刃』12巻 鬼殺隊の隊服は 「特別な繊維」で作られている。 通気性はよいが濡れ難く、燃え難い。 雑魚鬼の爪や牙ではこの隊服を裂く事すらできないほど頑丈。 そんなゴアテックスの上位互換みたいな繊維である。 そんな特殊で頑丈な繊維である以上、隊服を縫製するには 高度な技量が求められると思われる。 そして間違いなく前田はその技量の持ち主だ。 だが、前田が持っているのは技量だけではなかった。 天は彼に 時代の先を行くセンスを与えたのである。 クレージュがパリコレでミニスカートを発表するのに先駆けること半世紀、前田はスカート丈を短くするべきだと分かっていた。 運動性を追求するなら脚は自由であるべきで、動きを制限するスカート丈は必要最低限の長さに切り詰めるべし。 めくれやすくなるが、ズロースを履けば問題ない。 時代は 「 裳断 モダン 」である、と。 Toglenn , こうなると甘露寺のトップスは 前田のセンスが先走り過ぎた結果ではないかと思う。 「胸の谷間に性的な意味を見出さない時代」の人間であるのに、彼は「ドレスのようなスタイル」に美しさを見出していたのだろう。 その天性のセンスによって。 しかも彼にはそれを実現する技術があった。 前田の悲劇は彼が 未来に生きていたことにある。 その技術は求められるが、 センスは求められない。 我々が大正時代の感覚を理解できないように、前田の周囲にいる人間もまた、 彼の感性を理解できないのだ。 天才であるがゆえの孤独と苦悩。 とはいえ前田に非が無かったわけではない。 彼は 自分の感性を強引に押し付けているからである。 しかも隊服は先に書いたとおり頑丈で 鎧の役割を持つ。 いくら自分の好みだからといって、隊員を危険に晒すのは間違っている。 芸術家の中には作品第一な身勝手な者もいるが、前田はまさにそのタイプと言えよう。 だから 「ゲスメガネ」と呼ばれてしまうのだ。 しかし前田にも救いの時が訪れる。 恋柱、甘露寺蜜璃と出会うことによって。 恋柱のモード 甘露寺は当初、前田による隊服をそれが 「普通」だと騙されて着ていた。 彼女が真実に気がつくのは柱合会議で蟲柱、 胡蝶しのぶと会った時である。 しかし彼女は以降も前田デザインを着用し続けている。 それはあのデザインが 彼女に適しているからだ。 極めて薄く柔い刀を使う甘露寺の 流法 モード は、 筋肉の柔さと 関節の可動域の広さによって成り立っている。 ギリギリまで切り詰められた隊服は、そんな彼女の動きを制限しない。 これにより彼女は 思うがままに戦えるのである。 さらに前田デザインの欠点である「防御力の低下」も甘露寺にとって問題ではなかった。 これは 筋肉で解決できる。 『鬼滅の刃』14巻 甘露寺の筋密度は常人の8倍である。 そんな筋肉で構成される甘露寺の 「肉の宮」は、隊服が引き裂かれるほどの攻撃にも耐えきった。 肉体が隊服より強靭なのだから、隊服による守りが薄いことを気にする必要はない。 こうして前田は 甘露寺という最高のモデルと出会うことで、自身の作品を世に披露できることとなった。 甘露寺は時代の先を行くデザインを身にまとい、 戦場 ランウェイ を進むのである。 終わりに 『鬼滅の刃』ではしばしば 家父長制に通じる発言がされる。 しかし、それを批判する者は少ない。 現代の価値観ではアウトでも、 大正時代に生きる彼らなら当然のことだからである。 異なる時代を舞台とする作品と接する時は、 当時の価値観を考慮しなくては正しく読み取れない。 これは服装についても同じことである。 甘露寺蜜璃を、そして前田まさおというキャラを正しく理解するためには、当時の服飾文化を知らなくてはいけない。 この記事がその助けとなれば幸いである。 : : : : ただしオーガスとガダムによるロマンス小説におけるヒーローの身体を表す頻出語トップ7に「胸」は含まれていない。 何が求められているか知りたい人はを読むといい。 : イギリスのジャーナリストであるジョン・レディー・ブラックは、1862年頃なら江戸と横浜の近辺で見られたし、1874年頃でも居留地のすく近所で毎晩見ていると書いている。 : 以前に無修正で春画を載せたら評判が悪かったので。 芸術だし、現代にアレで性的に興奮する人は少ないから問題無いと思ったのだが、気にする人はそこそこいた。 なお、ダビデ像で批判が来たことは今のところ無い。 : 地域によっての差はあるが。 : 明治4年に「裸体禁止令」が発令されたのが大きい。 外国人から好奇の視線を受ける機会が増えたことも理由として挙げられる。 : 当時の新聞記事: : 1955年に刊行された『広辞苑』の初版が最初に「おっぱい」を収録した国語辞典だと言われている。 この時には「乳。 また、乳房」と書かれているため、乳房のことも指すのが一般的となっている。 Twitterで1915年の辞書にも「おっぱい」が収録されているとの指摘を受けた。 : 当初は男子シングルスのみ。 : 1924年は病気のため4回戦後に棄権。 : もちろんランラン活躍だけが全てではない。 時は第一次世界大戦後の激動期。 男性が不足し、社会の変革が進んでいた時代である。 こうした時代背景であったからこそ、ランランの影響が出たと言うべきだろう。 : もっと前がお望みなら、今からおよそ3400年前にまで遡ることができる。 単行本21巻でカナヲが履いているのは普通のスカートではなくてキュロットであることが判明した。 これについての考察は別記事に書いた。 : 12巻掲載の描きおろし8コマ『みつりちゃんの隊服』参照。 : 2巻10話参照。 : 当時、女性の下着は「腰巻き」が一般的であったため、裾がめくれると下着どころか陰部まで見えることが普通にあった。 それに対して洋装下着のズロースは、大事なところを完全に守り切る。 だからめくれても問題ないという認識が一般的であった。 今の感覚で言うならば「スカートの下に短パンを履く」ようなものだ。 : しかし甘露寺の下着は、かなり激しい動きをしていても全く見えない。 当時のダボッとしたズロースではありえないことである。 おそらく踊り子が履くようなキャラコ製のフィットする特殊品なのではないかと考えられる。 : ショートスカートが登場したとき、新聞や雑誌などで「裳断」と称されることがあった。 裳を短く裁断するからである。 髪を短くすることも「毛断」と呼ぶこともあったので、単にうまいこと言いたいだけだと思えばいい。 honeshabri.

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