グラクロ 新 王 アーサー。 【9/11(水)20:30更新】[神器ショップ]セットコスチューム2種登場のご案内

『七つの大罪 グラクロ』新SSRディアンヌやドロールが登場!

グラクロ 新 王 アーサー

最強キャラランキングの最新情報 進撃キャラの追加 キャラ 暫定評価• ランク:• ・ 初の変身システムを搭載• ・人間状態時の性能も非常に良い• ・初のスキルに秘技効果を持つ• ・ 確定クリティカルの術を持つ• ・バフ解除の高倍率必殺を持つ 花嫁ディアンヌとドロールの追加 キャラ 評価• ランク:• ・待望の3体目の巨人族• ・ 必殺技を遅延できる戦技が強力!• ・戒禁で忍耐パ強化• ランク:• ・巨人族の 与ダメアップ戦技が強力!• ・2種の妨害スキル持ち• ・「実像分身」ロストヴェインメリオダスを1位へ昇格• ・「聖戦の戦士」女神族エリザベスを7位に追加 新キャラ登場と超高難易度コンテンツ「試練の塔」実装により、最強TOP10の順位を変更しました。 フェスメリオダスは、試練の塔にてほぼ全階層で強さを発揮したため、総合1位としました。 コインゴウセルに関しては、汎用性は高いものの、上位PvP環境から外れる機会が多くなったのを理由にランクダウンといたしました。 また、青リリアも同様の理由です。 ・「十戒」ドロールを Sランクに追加• ・「永遠の約束」ディアンヌを Aランクに追加• ・「魔神族の精鋭」ゼルドリスを暫定で Sランクに追加• ・「コレクター」マーリンの評価点数を見直し• ・「キャメロットの剣」アーサーの評価点数を見直し 攻略班の一言 新キャラだけでなく、試練の塔の実装により大幅に順位を変えています。 最強キャラTierランキングの評価基準 汎用性を高いキャラ。 SSランクに劣るがPvP環境を支えているキャラ。 汎用性も高い 環境によってはPvPで使われるキャラ。 殲滅戦などのコンテンツで活躍しているキャラもランクイン。 一芸に秀でる、環境によってはPvPで活躍する、高難易度などにピンポイントで起用されるキャラがランクイン Bランクまでのキャラの下位互換になりやすいキャラ。 新コンテンツ追加で化ける可能性はある。 PvP• ・使用率と汎用性を重点的に評価• ・トップ環境キャラに対してメタを取れる• ・石化や凍結スキルなど妨害スキルを所持• ・ 総合評価への影響度:大 殲滅戦• ・赤き魔神適正• ・灰色魔神適正• ・ハウレッキス適正• ・ 難易度ヘルでの貢献度を大きく加味 汎用性• ・周回・高難易度・騎士団ボス・超ボス 各コンテンツでの強さや汎用性をもとに、強さの総合評価をつけています。 特にPvPは最も需要が高いコンテンツであるため、適正キャラには評価を高くつけています。 ・「魔神族の精鋭」グロキシニアを5位に昇格 試練の塔実装に伴い、フェスメリオダスの需要が高まったため、筋力で最強1位としました。 PvP環境だけなく、複数敵が存在する高難易度コンテンツでは無類の強さを発揮します。 ・「聖戦の戦士」女神族エリザベスを3位に追加 体力 順位 キャラ 4位 New! ・「十戒」ドロールを4位に追加 「十戒」ドロールを体力総合4位に追加しました。 主にPvP評価によるもので、必殺環境にマッチした性能です。 ・「十戒」ドロールを5位に追加• ・「魔神族の精鋭」ゼルドリスを5位に追加 十戒ドロールをサポート5位、コレクターマーリンをコインマーリンと同格としました。 十戒ドロールは、体力総合でも指摘した通り、特殊戦技が現PvP環境のメタとして非常に有用です。 コレクターマーリンに関しては、スキルのバランス調整により、使い勝手が一段と良くなりました。 妨害キャラとして全キャラトップの性能に化け、必殺パーティ以外にはぜひ採用したいキャラです。 サブ 順位 キャラ 4位 5位 New! ・「永遠の約束」ディアンヌを5位に追加 サブキャラ5位に花嫁ディアンヌを追加しました。 現状巨人族の種類がまだ多くないので5位としましたが、今後追加される巨人族によっては順位が上がります。 特殊 PvPにおいて、必殺技ゲージを増加させない最強の特殊戦技を持ちます。 枷として相手キャラの闘級を上回る必要があるので、育成するほど評価が上がる特殊キャラです。 クリ率とクリダメの数値が高く、特殊戦技によって自身だけで大きな火力を出せます。 石化:対象を行動不可にするが、攻撃すると解除される。 また、必殺技は忍耐率無効の全体攻撃であるため、装備次第では一撃で全キャラを戦闘不能にできます。 特殊戦技 戦闘開始時にすべての味方の必殺技ゲージが1個増加する。 また、シールドスキルもどのコンテンツでも役立つため、全スキル無駄がありません。 また、ランクダウンさせたスキルの数の分、必殺技ゲージを減少させる。 PvP環境では、貫通率を上げる特殊戦技で青キングと差別化できます。 特殊戦技 味方が戦闘不能になると戦闘不能になる直前のHPで復活する。 スキルランクアップが特に強力で、どのコンテンツでも使えます。 スキルを使用しなければ解除される。 火力が求められるコンテンツでは欠かせなく、PvPでも体力キラーとして有用です。 特殊戦技 キャラの必殺技ゲージがMAXになると、キャラにかかっているバフとデバフを解除して、無効にする。 特に対速力に重宝し、青魔神メリオダスをはじめ、青リリア、青キングといったキャラを1ターンで仕留めます。 最大HPだけでなく、吸収率も格段に上がるので、実質3ターン間は倒れない強力な戦技です。 先制攻撃:必殺技ゲージ減少効果を無効にして、敵が攻撃する前に先に攻撃 特殊戦技 味方は構えスキルを使用すると、デバフ効果が解除され、2ターンの間、デバフ無効化の効果が付与される。 また、味方の構えスキルにもデバフ無効を付与できるので、将来性も持ち合わせたキャラです。

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【グラクロ】ガラン/アーサー ピックアップガチャは引くべき?

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大魔術士マーリン「無限」の評価 大魔術士マーリン「無限」 【総合評価: Aランク】 【周回:A】 【殲滅戦:A】 【PVP: S】 デバフ攻撃スキル持ち 大魔術士マーリン「無限」は、デバフ攻撃スキルとして 攻撃スキルのみ使用可能というスキルを持っています。 こちらは、デバフ効果になりますのでデバフ効果で火力を増加させる「弱点」や「破滅」といったキャラと高相性のスキルを持っています。 敵全体のスキルランクダウンをさせることで、ダメージの軽減やスキル発動の妨害などが可能になるので、非常に強力なスキルといえるでしょう。 PvPで活躍できるデバフ対策キャラ PVPで猛威をふるい続ける「石化」や「点火」といったスキルの対策が可能となる、大魔術士マーリン「無限」の特殊戦技。 デバフ効果が付与されるごとに、攻撃力が増加するので、高火力の攻撃も可能となります。 ただし、デバフ解除を持つ「エスカノール」や「「災厄」おっさんキング」に対しては不利になるので注意が必要です。 大魔術士マーリン「無限」の立ち回り デバフ効果パーティが高相性 大魔術士マーリン「無限」は、基本的にデバフ攻撃がメインのキャラのため、デバフ効果と相性のいいスキルをアタッカーとして配置すると強力です。 また、その際は味方のキャラもデバフ効果を持っていると、特殊戦技で攻撃力が増加しますのでとても有効です。 おすすめは、点火の戒禁を持つ「メラスキュラ」や攻撃不可のデバフ効果を持つ「コインゴウセル」などです。 周回・殲滅戦はやや不向き テンポよく消化していきたい周回には、スキ重視のキャラのためやや不向きです。 殲滅戦では、「赤き魔神」は有利属性なのでスキルランクダウンなどが有効になりますが、「凍結」を持っている【コレクター】大魔術士マーリンの方が優先度が高いため、あまり活躍の場は少なそうです。 そうすることで、キャラのHPや防御力をカバーしつつスキルを活かしてサポートが可能となりますので、おすすめです。 大魔術士マーリン「無限」の入手方法 大魔術士マーリン「無限」は、 2019年11月28日~12月12日までの期間限定で開催されているピックアップガチャ 「時をかける者」にて入手することができます。 こちらのガチャでは、 <十戒>「安息」のグロキシニアの排出確率も高くなっています。 「無限(インフィニティ)」大魔術士マーリンと、相性の良いキャラなのでぜひ一緒に狙ってみてはいかがでしょうか! 大魔術士マーリン「無限」の基本ステータス ステータス 「無限 インフィニティ 」 大魔術士マーリン 【レア度】 SSR 【属性】 速力 【種族】 不明 【初期:攻撃力】 540 【初期:防御力】 420 【初期:HP】 6400 スキル 【闇渡り(ダークボイドバスター)】 ランク1 単体の敵に攻撃力の180%のダメージを与える。 ランク2 単体の敵に攻撃力の180%のダメージを与え、1ターンの間、攻撃スキルのみ使用可能にする。 ランク3 単体の敵に攻撃力の300%のダメージを与え、2ターンの間、攻撃スキルのみ使用可能にする。 【呪いの婚約(カース・エンゲージ)】 ランク1 すべての敵に攻撃力の100%のダメージを与え、スキルをランクダウンさせる。 ランク2 すべての敵に攻撃力の200%のダメージを与え、スキルをランクダウンさせる。 ランク3 すべての敵に攻撃力の250%のダメージを与え、スキルをランクダウンさせる。 ランクダウンさせたスキルの数の分、必殺技ゲージを減少させる。 必殺技 【殲滅の光(エクスターミネイトレイ)】 Lv. 1 単体の敵に攻撃力の540%のダメージを与え、2ターンの間、攻撃スキルを使用不可にする。 合体必殺技 【暴風切り(トルネード・セヴァー)】 Lv. 1 単体の敵に攻撃力の630%のダメージを与え、2ターンの間、攻撃スキルを使用不可にする。 特殊戦技 【最強の魔術士】 すべての敵にかかっているデバフ効果1個につき、キャラの攻撃力が2%増加する。 合技可能な絆キャラ スキル名 使用キャラ 絆キャラ 暴風切り(トルネード・セヴァー) 「無限(インフィニティ)」大魔術士マーリン 【キャメロットの剣】 新王アーサー 【定めの王】 冒険家アーサー 【効果】 単体の敵に攻撃力の630%のダメージを与え、2ターンの間、攻撃スキルを使用不可にする。 料理は、必要な材料をそろえて、調理することで入手できます。 大魔術士マーリン「無限」に効果的な料理は以下の様になります。 親密度MAX報酬 親密度がMAXになると、特別なアイテムを入手することが出来ます。 1 イラスト Lv. 2 CV Lv. 3 ダイヤ Lv. 4 モーション まとめ:PvPで活躍できる無限マーリン! 大魔術士マーリン「無限」についてご紹介していきましたが、いかがでしたか? デバフ効果に特化したキャラで、主にPvPでの活躍が期待できるキャラです。 ぜひ入手して、これまでのマーリンとは一味違うスキルを堪能してください!.

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【9/24(火)19:45更新】【17:00終了】9/11(水)メンテナンス内容のご案内

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アーサー王像 (作、鋳造、頃、宮廷内教会) 中世の歴史書やでは、アーサー王は初めにローマン・ケルトのブリトン人を率いての侵攻を撃退した人物とされる。 一般にとして知られるものはそのほとんどが民間伝承や創作によるものであり、アーサー王が本当に実在したかについては2017年時点でも歴史家が議論を続けている。 彼の史実性を証明する記述は『(Annales Cambriae)』、『(Historia Brittonum)』、および著『(De Excidio et Conquestu Britanniae)』に断片的に残されている。 また、アーサーという名前は『(Y Gododdin)』などの初期の中世ウェールズ詩にも見られる。 伝説上の王としてのアーサー王は、のによる歴史書『(Historiae Regum Britanniae)』が人気を博したことにより国を越えて広まった。 ジェフリー以前のやの伝承にもアーサー王に関するものが存在するが、それらの中では超自然的な存在や人間からブリタニアを守る屈強な戦士として、あるいはウェールズ人のあの世である(Annwn)に関係を持つ魔法的な人物として描かれている。 に『列王史』を書き上げたとされるジェフリーがこれらをどれほど利用したか、利用したとしてその割合は彼自身が創作した部分より多かったかなどについては詳しくわかっていない。 アーサー王伝説は作品によって登場人物、出来事、テーマがかなり異なるため、原典となる作品が存在しない。 ただし、ジェフリーの『列王史』が後の作品群の出発点になったことは確かである。 ジェフリーの描くアーサーは、サクソン人を撃退し、、、、、(現在の)にまたがる大帝国を建設した人物となっている。 アーサーの父、魔法使い、王妃、、、との最終決戦()、アーサー王の死とへの船出といった、現在のアーサー王物語になくてはならない要素やエピソードの多くがジェフリーの『列王史』の時点ですでに登場している。 12世紀のフランスの詩人はこれらにさらにとを追加し、アーサー王物語を中世の題材の一つとして定着させた。 ただし、フランスのロマンスでは、アーサー王よりも円卓の騎士を始めとするほかの登場人物に話の中心が移っていることが多かった。 アーサー王物語は中世にひろく流行したが、その後数世紀のうちに廃れてしまった。 しかし、に人気が復活し、の今でもとしてのみならず、、、、、など多くのメディアで生き続けている。 史実性の議論 [ ] 詳細は「 ()」を参照 アーサー王伝説の歴史性は学者によって長期にわたり議論されてきた。 最初のアーサーの言及はののテキストに見られる。 『』と『』の記述を根拠に、アーサーは実在の人物で、後半から6世紀初めにアングロサクソン人と戦ったローマン・ケルトの指導者だったとする説がある。 『ブリトン人の歴史』は、ウェールズの修道士の作とされるのラテン語の歴史書で、いくつかの写本に残されている。 これにはアーサーがブリトン人の王達と共にサクソン人との12回にわたる戦を行った事、最後の戦で、アーサー側の一度の襲撃により一日で960人の敵を倒し大勝利に終わった事が書かれている。 しかし、最近の研究では『ブリトン人の歴史』の信用性に疑問が投げかけられている。 もうひとつのアーサーの史実性を証明する史料は、の『カンブリア年代記』である。 これもアーサーをバドニクス山の戦いと関わりのある人物としている。 『カンブリア年代記』によると、この戦いが行われたのはのことで、メドラウド()とアーサーが討ち死にしたはに起きたとされる。 従来はこの記述が『ブリトン人の歴史』の記述の信用性を保証するものであり、アーサーが本当にバドニクス山の戦いを行ったことを証明するものとされてきた。 しかし、『ブリトン人の歴史』を補強する史料として『カンブリア年代記』を利用することに対し、いくつかの問題が指摘されている。 最新の研究によると『カンブリア年代記』は後半のウェールズの年代記を元にしているという。 しかし、『カンブリア年代記』は複雑な経緯を経て成立した作品で、アーサーの記述が8世紀後半の時点で存在していたことを確かめることは困難である。 本来この記述はまったく存在せず、になってはじめて他の資料を参考にして追加された可能性がある。 逆に、バドニクス山の箇所は『ブリトン人の歴史』に由来するのかもしれないのである。 このように、アーサーの歴史性を証明する、信頼できる初期の史料は非常に乏しい。 そのため現代の多くの歴史家がローマ影響下時代のブリテン島の歴史叙述でアーサーを除外している。 歴史家トーマス・チャールズ=エドワーズは、「現段階では、アーサーという人物はいたかもしれない、としか言いようがない。 歴史家としてアーサーを評価することは不可能である」としている。 このような見方が最近の比較的一般的な見解である。 少し前の世代の歴史家はもっと楽観的で、歴史家ジョン・モリスは著作『アーサーの時代』でアーサーの統治時代をポスト・ローマン時代のブリテンとアイルランドの歴史の初期段階に置いている。 ただし、モリスは歴史上のアーサーについてほとんど何も記述していない。 の手写本 c. 1100 以上のような、限定的にせよアーサー王の史実性を認める説に対し、アーサーという人物は歴史上全く存在なかったと主張する説がある。 考古学者ノーウェル・マイヤーズは前述のモリスの『アーサーの時代』に対し、「歴史と神話の境界に立つ人物に歴史家が時間を費やすようなことは一度たりともない」と述べている。 のの『』は、バドニクス山の戦いの記憶がまだ残る時代に書かれたものである。 にもかかわらず、戦い自体の記述はあるもののアーサーについては何も書かれていない。 『』にもアーサーの記述はない。 もうひとつのポスト・ローマ時代のブリタニアの重要な史料であるのの『(Historia ecclesiastica gentis Anglorum)』も、バドニクス山には触れているがアーサーの名は書かれていない。 それどころか、からに書かれたあらゆる写本にはアーサーは名前すら登場しないのである。 歴史家デーヴィッド・ダンヴィルは次のように書いている。 「われわれはアーサーに関し、非常に簡潔に事を済ませることができると思う。 彼が歴史書に登場するのは「火の無い所に煙は立たぬ」と考える学者がいるからである。 この問題は実際のところ、アーサーの歴史性を証明する証拠はまったく存在しないという、ただそれだけのことだ。 アーサーを歴史書に書き加えてはならないし、アーサーに関する本を歴史書と呼ぶべきではない。 」 アーサーは最初から(フォークロア)の架空の英雄だったのだ、と主張する学者もいる。 (本来はの氏族神で馬を司る神だったが、後世に歴史上の人物とされた。 ベーダの『英国民教会史』では、この二人は5世紀のアングロサクソン人によるブリテン島東部の征服を指導した人物になっている。 )との類似点を指摘して、アーサーも実は半ば忘れ去られたケルトの神で、後に歴史上の出来事に結び付けられたとする学説もある。 なお、初期の史料によると同時代の人々はアーサーを王と考えていなかったらしい。 『列王史』や『カンブリア年代記』には彼の称号として「王(rex)」が使われておらず、『列王史』では「戦闘指揮官(dux bellorum)」、あるいは単に「兵士(miles)」と呼ばれているにすぎない。 ポスト・ローマ時代は史料にとぼしく、そのためアーサーの歴史性の問題に明確に答えを出すのは困難である。 12世紀以降、数多くの遺跡や場所が「アーサー時代のもの」とされてきたが、考古学的には、しっかりした年代測定の碑文の調査を通すと名前以上のことは何も明らかにできていない。 にのティンタジェル城の遺跡で「」なるものが発見され話題になったが、実際には無関係であることが証明された。 「」など、他のアーサーに関する碑文資料のいずれも贋作の疑いを逃れるものはない。 アーサーの原型となった人物として数名の歴史上の人物の名が挙げられているが、どれもそれらがアーサーであることを裏付ける確実な証拠は発見されていない(具体的には、ないしにに進駐していたローマ人将校 、簒奪帝、ローマ影響下のブリタニアを統治したとされる数名の人物、 (Riothamus 、 、 (Owain Ddantgwyn 、 (Athrwys ap Meurig など)。 1136年にはウェールズ人ジェフリー・オヴ・モンマスの書いた『ブリテン列王記』が初めてアーサーの全生涯を詳しくを述べているが、これはすでに著者の空想が多くの部分を占めている。 アーサー王物語としてのアーサー [ ] アーサー王(『アーサー王と騎士たち』の挿絵) アーサー王の伝説上の物語はその配下の12人の円卓の騎士たちの物語とともに語り継がれ、多くのバリエーションを持つが、次第に理想のキリスト教的君主として描かれるようになっていく。 ロマン主義の時代にも作品のモチーフとして非常に好まれ、現代でもしばしば映画の題材となっている。 物語の細部化に伴い、円卓の騎士の数も次第に増加していった。 またアーサー王伝説は、聖杯伝説などとも結びついていく。 それらの伝説の中でユーサー・ペンドラゴンの息子アーサーは、「これを引き抜いた者は王となるだろう」と書かれた台座に刺さっていた剣を引き抜き、魔法使いマーリンの助けで名君に成長していく。 その途中湖の中で聖剣を入手したり、キャメロット城を拠点として巨人退治やローマ遠征など様々な冒険を重ねフランスやなどを支配する巨大な王国となる。 グィネヴィアという妃を迎えて、アーサーは諸侯の騎士たちを臣下に迎えて円卓に席を与え、こうして有名な円卓の騎士が結成された。 しかしランスロットと妃の不義から円卓の騎士団は崩壊する。 ランスロットと戦うためにフランスに出兵し、国は異父姉との不義の子モルドレッドを摂政に任命することで任せた。 だがモルドレッドは謀反を起こしたのである。 そして、モルドレットはグィネヴィアを自分の妃に迎えようとしたが、グェネヴィアは拒絶し、ロンドン塔に籠城したので、モルドレッドは軍を率いて取り囲んだ。 事情を聞いて軍勢を率いて舞い戻ったアーサー王は戦い、カムランの戦いでモルドレッドと一騎討ちし、槍で突き刺して討ち取るものの、深手を負う。 その後に指示して湖の水面から現れた手に聖剣エクスカリバーを返し、小船で去る。 アヴァロンの島へ傷を癒しに行ったのだといわれる。 またアーサー王はととの子孫である。 アーサー王をはじめとする伝説の多くは、従来はに由来するというのが有力な説であった。 しかし近年では東岸ののと共通の起源を持つという説が注目されている。 この説で特に注意されているうちの一つは、アーサー王の死とナルト叙事詩の大英雄の死との間に顕著な類似が認められることである。 故に一説バトラズはアーサー王のモデルであるとされる英雄である。 ナルト叙事詩との関連 [ ] アーサー王をはじめとする伝説の多くは、従来はに由来するというのが有力な説であった。 しかし近年では東岸ののと共通の起源を持つという説が注目されている。 この説で特に注意されているうちの一つは、アーサー王の死とナルト叙事詩の大英雄の死との間に顕著な類似が認められることである。 アーサー王は死の直前ベディヴィアに湖にエクスカリバーを投げ込むよう指示する。 しかしベディヴィアはエクスカリバーの美しさに見惚れて湖に投げ込んだと嘘をつく。 しかしアーサー王は奇跡(つまり湖から手が現れて剣を受け取る)が起きないことを理由にその嘘を見抜き、仕方なくベディヴィアは剣を湖に投げ入れる。 一方のバトラズも死の直前、たちに自分の神剣を海に投げ込むよう命じる。 しかしその剣のあまりの重さゆえに、ナルトたちが海に投げ入れたと嘘をつくと、やはり何の奇跡も起きていないことを理由にその嘘を見抜き、ナルトたちは仕方なく剣を海に投げ込む。 奇跡の内容など違いもあるが、物語の構成に類似が保存されている、と論じられている。 名前 [ ] アーサーという名前の由来も議論の的となっている。 のアルトリウス(Artorius)が由来とする説があるが、この氏族名自体、語源がはっきりしていない (ただし、 や の可能性が指摘されている)。 学者によっては、初期のラテン語のテキストにはArturusとあるのみでArtoriusという語形が一度も出てこないという事実をこの議論に関連付けて論じることがある。 しかし、このことはアーサーの由来について何の手がかりにもならない。 なぜなら、Artoriusはに借用されるときは必ずArt h urと綴られたからである。 ただし、のArtoriusはの方言でArturiusと綴られることがあったことは留意すべきである。 また、これより一般的だが信憑性の低い説に、ウェールズ語のArth「熊」+ g wr「男」に由来するというものがあるが、これは音声学的に無理がある。 ウェールズ語の詩においてアーサーの名は常にArthurと綴られ、必ず-ur-の語尾を持つ語と脚韻を踏んでいる。 -wr-の語と脚韻を踏むことは一度もなく、このことから第二音素が[g]wrであることはありえないという。 他の学説では、これは学者の中でも限定的にしか受け入れられていないが、アーサーという名はの恒星、(Arcturus)に由来するという説がある。 アークトゥルスは古代ギリシア語に由来する言葉で「熊の守護者」を意味する。 この星はに近く、また輝きが強いことからとそう呼ばれるようになったという。 古典ラテン語のArcturusがウェールズ語に借用された際に、Art h urと綴りが変化したのだされる。 中世文学 [ ] 現在親しまれているアーサー像を創りだした人物は、頃に偽史『』を書いたである。 ジェフリー以降の作品はすべて彼の影響を大きく受けており、そのためアーサーに関する原典資料はジェフリー以前と以降に分けるのが一般的である。 ジェフリーの以前の時代はプレ・ガルフリディアン(Pre-Galfridian;ジェフリーのラテン語名Galfridusに由来する)、以降の時代はポスト・ガルフリディアン(post-Galfridian, あるいは単にガルフリディアン)と呼ばれている。 ジェフリー以前 [ ] 『ア・ゴドディン』の写本c. 1275 アーサーへの言及がある最古の文学作品はとのものである。 ジェフリー以前のアーサーの一般的な性質と特徴を個々の作品を超えて定義しようとする試みは何度か行われてきた。 トーマス・グリーンによって行われた最近の学術調査によると、初期の時代のアーサーに関するの記述には3つの鍵となる要素があるという。 一つ目は、内外からやってくる全ての脅威からブリテンを守る無比の戦士、というものである。 その脅威の一つが『列王史』に登場するサクソン人だが、他の多くは超自然的な怪物、すなわち巨大な化け猫、聖なる猪、、犬頭人、、などである。 二つ目は、お伽話(特に地名や語源を説明する物語や魔法が出てくる物語)に登場する、の長というものである。 最後の三つ目は、ウェールズ人の他界に深い関わりを持つ人物、というものである。 伝承の一つに、アーサーが宝を求めて、あるいは囚われた仲間を解放するために他界の砦に攻撃を仕掛けるというものがある。 また、初期の資料に書かれているアーサーの戦士団にはを前身とする者がおり、アーサーの妻や持ち物も明らかに他界に由来する。 アーサーに言及のあるウェールズの詩で最も有名なものは『(Y Gododdin)』に収められている。 『ゴドディン』は英雄の死を歌った詩集で、の詩人の作と伝えられている。 その中の一連(スタンツァ)に、300人を殺した戦士の勇敢さを褒め称えるものがあるが、その後の部分でそれでもその戦士は「アーサーではない」(すなわちアーサーの武勇には及ばない)とある。 『ゴドジン』は13世紀の写本によってのみ知られるため、上述のスタンツァがもともと書かれていたものか、あるいは後に挿入されたものかを断定することは不可能である。 この箇所が7世紀かそれ以前のものである、というジョン・コッホの説は実証されておらず、また、9世紀か10世紀、という説も何度か唱えられている。 6世紀に生きたとされる詩人の作とされる詩の数篇にもアーサーに触れているものがあるが、それらはみな8世紀から12世紀の作品と考えられている。 その中には、「祝福されたものアーサー」という言葉がある『王子の椅子(Kadeir Teyrnon)』 、アーサーの他界への冒険が語られる『アンヌンの略奪品(Preiddeu Annwn)』 、アーサーの武勇と、ジェフリー以前にユーサーとアーサーの親子関係を匂わせる数少ない作品である『ユーサー・ペン(ドラゴン)の哀歌(Marnwnat vthyr pen[dragon])』 などがある。 の基になった写本の一冊であるのファクシミリ 他ののアーサー王関連のテクストに、に収められた詩『門番は誰だ?(Pa gur yv y porthaur? )』がある。 この詩はアーサーと城砦の門番の対話形式となっており、城砦に入ろうとするアーサーが門番に対し自分とその部下(特にカイ()とベドゥイル())の名前と事績を物語る、という内容である。 現代の『(Mabinogion)』に収められた散文『キルッフとオルウェン(Culhwch and Olwen)』(頃)にはアーサー王の部下の名が200名前後挙げられており、カイとベドゥイルが活躍する。 この物語は、巨人の首領(Ysbaddaden)の娘との結婚をかけ、主人公がアーサーとその戦士たちの助けを受けつつ、イスバザデンによって課された数々の困難な試練(の聖なる大猪を倒すなど)に挑戦するというものである。 の『ブリトン人の歴史』にも同様のエピソードがあるが、ここでは大猪はトロイ(ン)ト(Troy n t)という名前になっている。 最後に、『(Welsh Triads)』でもアーサーの名が何度も言及されている。 これはウェールズの伝承と伝説を短く要約して、それぞれ関連のある3組の人物やエピソードごとにまとめたものである。 後期の『三題詩』の写本にはジェフリーやフランスの伝承を引き写した部分があるが、最初期の写本はそれらの影響は見られず、現存するものよりも古いウェールズの伝承を伝えていると考えられている。 そこではすでにアーサーの宮廷を伝説上のブリテン島に等しい存在として描いており、「ブリテン島の三つの〜」という定型句が「アーサーの宮廷の三つの〜」という表現にたびたび言い換えられている。 『ブリトン人の歴史』や『カンブリア年代記』の頃から既にアーサーが王と考えられるようになっていたのかは不明だが、『キルッフとオルウェン』や『三題詩』ではアーサーは「この島(ブリテン島)の諸侯の首領(Penteymedd yr Ynys hon)」であると書かれている。 ここまでに述べたジェフリー以前のウェールズの詩や物語に加えて、『ブリトン人の歴史』や『カンブリア年代記』以外ののテキストにもアーサーが登場している。 特に、一般には歴史史料として見なされない、数多くの有名な期の(vitae, 最初期のものはのものとされる)にアーサーの名が見える。 初期に(Caradoc of LLancarfan)によって書かれた『聖ギルダス伝』では、アーサーはギルダスの兄弟フエルを殺し、さらにからグウェンフィヴァル()をさらって行ったとされる。 1100年頃かそれより少し前に(Lifris of LLancarfan)が書いた『聖カドク伝(Cadoc)』では、聖カドクはアーサーの兵士三人を殺した男を保護し、それに対してアーサーは死んだ兵士の賠償金(wergeld)として一群の牛を要求する。 カドクは言われたとおり牛を届けるが、アーサーが手に入れた途端、牛の群れはシダの束に変化してしまう。 同じような話は12世紀頃に書かれた『聖カラントクス伝(Carantcus)』、『聖パテルヌス伝(Paternus)』、『聖エウフラムス伝(Eufflamus)』にも見える。 初期に書かれたとされる『聖ゴエズノヴィウスの伝説(Legenda Sancti Goeznovii)』(ただし、最も古い写本はのものである)には、これらよりも伝説色の薄いアーサーの話が登場する。 の『(De Gentis Regum Anglorum)』とエルマン(Herman)の『 De Miraculis Sanctae Mariae Laudensis 』のアーサーに言及している箇所も重要である。 このニ書は「アーサーは死んだのではなく、いつの日か帰ってくる」という信仰が登場する、実証されている最初の例である。 この「()」はジェフリー以降、頻繁に登場するテーマである。 ジェフリー・オブ・モンマス [ ] アーサーの最後の敵(ヘンリー・フォードによるアンドリュー・ラング『アーサー王と円卓の物語』(1902年)の挿絵) アーサーの生涯を最初に一つの物語にしたものはの『』である。 に完成したこの作品は伝説上のトロイ人の漂流者から7世紀のウェールズ王(Cadwaladr)までのブリテンの諸王の歴史を空想的に、あるいは非現実的に記している。 『ブリトン人の歴史』や『カンブリア年代記』と同じく、ジェフリーはアーサーをポスト・ローマ時代の人物としている。 アーサーの父ユーサー、魔法使いの助言者マーリン、そしてアーサーの誕生物語(マーリンの魔法によってユーサーの敵ゴルロワ(Gorlois)に化けたユーサーがティンタジェル城でゴルロワの妻イグレインと同衾し、アーサーを妊娠する)が語られる。 ユーサーが死んで15歳のアーサーがブリテン王位を継ぐと、『ブリトン人の歴史』で語られたような、バドニクス山の戦いを頂点とする数々の戦いを繰り広げる。 アーサーはやを討伐し、アイルランド、アイスランド、オークニー諸島を征服し、大帝国を打ち建てる。 12年の平穏の後にアーサーは再び帝国の拡張に着手し、ノルウェー、デンマーク、ガリア(フランス)を占領する。 当時ガリアはローマ帝国に服していたため、アーサーは今度はローマ帝国と対峙することになる。 帝王アーサーとカイウス(Caius, )、ベドゥエルス(Beduerus, )、ガルガヌス(Gualguanus, )を初めとする戦士たちはガリアでローマ皇帝を破るが、ローマへの進軍を準備している時にアーサーはブリテン島の守りを委ねていた甥モドレドゥス(Modredus, )がアーサーの妻ゲンフウアラ(Guenhuuara, )と結婚し、王位を簒奪したことを聞き知る。 アーサーはすぐにブリテンに帰還し、コーンウォールのカンブラム川(Camblam)でモドレドゥスを破り、殺害するが、アーサーは瀕死の重傷を負ってしまう。 彼は血縁のに王位を譲り、傷を癒すためにの島へ連れ去られる。 アーサーはそこから二度と帰って来ることはなかったという。 魔法使い, c. 1300 この物語にジェフリーの創作がどれほど含まれていたかは現在でも議論されている。 サクソン人との12の戦いは9世紀の『ブリトン人の歴史』から、は『カンブリア年代記』からとられたのは確かとされる。 アーサーのブリテン王という地位もジェフリー以前の『キルッフとオルウェン』や『ウェールズの三題詩』、各種聖人伝などに見られる伝承からとられたのかもしれない。 加えて、ジェフリーの描くアーサーの多くの要素は『キルッフとオルウェン』に強い相似性が見られ、忠誠、名誉、巨人、贈与、寝盗り、魔法の品々などといったモチーフやテーマは両方に共通する。 さらに、モンマスは『キルッフとオルウェン』から多くの人物名を引用している(サー・ケイはカイ、サー・ベディヴィアはベドウィル、サー・ガウェインはグアフメイ(Gwachmei)に相当する)。 また、両者のヒロインの名称も似ており、グィネヴィアは「白い亡霊」という意味で、一方でオルウェンは「白い足跡」という意味である。 アーサーの持ち物、縁者、側近の名前もジェフリー以前のウェールズの伝承から借用していると考えられる(カリブルヌス(Caliburunus, 後の)はカレドブルフ(Caledfwlch)、グィネヴィアはグウェンフィヴァル(Gwenhwyfar)、ユーサーはウトゥル(Uthyr)にそれぞれ由来する)。 このように名前や重要な出来事、称号が古来の伝承に由来する一方で、ブラインリー・ロバーツによるとアーサーに関する記述はジェフリーの創作であり、それ以前の典拠は存在しないという。 たとえば、ジェフリーはウェールズのメドラウドを邪悪な人物、モドレドゥスに作りかえているが、ウェールズの伝承にはそのような否定的な人物像はになるまで存在しない。 12世紀後半のによる「ジェフリーは常軌を逸した虚言への愛(inordinate love of lying)でもって(『列王史』を)書き上げたのだ」という意見が受け入れられてきたため、『ブリタニア列王史』はジェフリーの完全な創作物である、という意見に対する反論は現代に至るまであまり行われてこなかった。 ジェフリー・アッシュは反対論者の一人で、ジェフリーの記述のいくつかは5世紀のブリトン人の王、(Riothamus)という人物に関するすでに失われた資料に由来すると主張している。 しかし、歴史家やケルト学者の多くは彼の意見を支持していない。 依拠した資料が存在したにせよしなかったにせよ、ジェフリーの『ブリタニア列王史』が大きな人気を得たことは否定しようがない。 この作品の写本は200部以上現存していることが知られており、これは他の言語に訳されたものを除いた数字である。 ウェールズ語版の『列王史』は約60部存在しており、最古のものはのものである。 古い学説ではこれらのうちの数冊がラテン語の『列王史』の基になったとされた。 この説は18世紀の古物蒐集家などに支持されたが、現在の学界では否定されている。 このような名声を得たことにより、『列王史』はのちの中世におけるアーサー王伝説の発展に多大な影響を与えた。 『列王史』は決してのちのアーサー王ロマンスより前に書かれた唯一の作品だったわけではなかったが、『列王史』は後世に多くの要素を借用され、さらに発展を加えられていった(たとえばマーリンの物語とアーサーの最期など)。 彼の生み出した枠組みに、多くの魔法や驚異に満ちあふれた数々の冒険が付け加えられていくことになるのである。 ロマンス [ ] (、1916年) 12世紀から13世紀に大陸ヨーロッパ(特に)で新たなアーサー王文学(「」)が数多く出現した大きな要因の一つは、ジェフリーの『列王史』とその派生作品(の『(Roman de Brut)』など)が名声を得ていたからだという意見は一般に認められることである。 しかしながら、「ブリテンの話材」の発展に影響を与えたのはジェフリーだけではなかった。 ジェフリーの作品が広く知られる以前よりアーサーやアーサー王伝説に関する知識が大陸に伝わっていたことを示す明確な証拠があり (たとえばの)、また、ジェフリーの作品に見られないケルト起源の名称が大陸のに残されているからである。 アーサーの視点から言うと、新しいアーサーものが大量に生み出された最大の要因は、物語におけるアーサー王の役割にあったのかもしれない。 12世紀とそれ以降のアーサー王文学が隆盛した時代には、アーサー自身よりも他の人物、すなわち、、、、、に焦点が当てられることが多くなるのである。 ジェフリー以前の作品や『列王史』ではアーサーはずっと物語の中心にいたが、ロマンスではすぐに脇役に退いてしまう。 アーサーの性質も以前とは大きく異なっている。 初期の作品や『列王史』では偉大な戦士で、私怨で魔女や巨人を虐殺する際には嘲笑し、戦争でも主導的な役割を果たす。 ロマンスにおけるアーサーの役割は賢く、尊厳にあふれ、落ち着いた、いくぶん無個性で、たまにひ弱さすら見せる君主であることが多いのである。 たとえば、『アルテュの死』でランスロットとグィネヴィアの不義を知った王はただ青ざめ、声を失うのみであり、クレティアン・ド・トロワの『』ではアーサーは宴のあとにすぐさま眠くなり、昼寝のために寝室に引っ込んでしまう。 にもかかわらず、ノリス・J・レイシーが述べたように、ロマンスの中のアーサーがどんなに弱く、失策を犯したとしても、「弱さによって威厳が損なわれることは(ほとんど)一度もなく、アーサーの権威と栄光は無傷のままに残されるのである」。 の写本の挿絵(14世紀後半) アーサーとその従者達はのの数篇に登場する。 しかし、最も大きな影響力を持ち、アーサーの人物像と伝説の発展に寄与したと考えられているのは、もう一人のフランスの詩人の作品である。 クレティアンは頃から頃までに5編のロマンスを書いた。 『(Yvain, Le Chevalier du Lion)』ではイヴァンとガウェインの超自然的な冒険が描かれており、アーサーは弱い傍観者的な立場に甘んじている。 アーサー王伝説の発展に多大な影響を与えたのは『(Lancelot, Le Chevalier de la Charrette)』と『(Perceval ou le Conte du Graal)』である。 『ランスロ』はとのを初めて導入した作品であり、後に発展して繰り返し語られる「」としてのアーサー像を広めた作品である。 『ペルスヴァル』はと(いさなとりのおう)を初めて取り入れており、これによりアーサーの役割は再び大きく減っている。 このようにしてクレティアンは「アーサー王伝説を洗練させ、伝説の拡散に理想的な形式を作り上げた」、アーサー王ロマンスの仲介者といえる存在になった。 後に続いてアーサー王伝説を描いた人々は、クレティアンの築いた基礎の上に自らの作品を積み上げていったのである。 『ペルスヴァル』は未完に終わったが特に人気を博し、これが書かれた次の50年には続編に当たる詩が別個に4編も書かれた。 聖杯探求というテーマはなどによって発展され、アーサーの没落までを連続したロマンスで書くという流れを加速させた。 ランスロットと彼のグィネヴィアとの不貞行為もアーサー王伝説の古典的モチーフの一つとなった。 ただし、『』(1225年頃)やのちの諸作品はクレティアンの『ランスロ』との『』を組み合わせただけのものだった。 クレティアンの作品はウェールズのアーサー王文学に逆輸入され、その結果、ロマンスのアーサー像がウェールズ伝統の英雄的で積極的なアーサー像に置き換わり始めた。 この流れは(『』に収録されている)3編のウェールズのアーサー王ロマンスに顕著に見られ、これらはいくつかの大きな差異があるもののクレティアンの作品とよく似ている。 『マビノギオン』の『オウェイン、あるいは湖の貴婦人』はクレティアンの『イヴァン』に、『ゲライントとエニード』は『エレックとエニード』に、『エヴラウグの子ペレドゥル』は『ペルスヴァル』にそれぞれ対応する。 と(15世紀のフランスの写本) 1210年頃までは、大陸ヨーロッパのアーサー王ロマンスは韻文で表現されていたが、それ以降は散文で物語を書くようになり始めた。 13世紀でもっとも重要な散文作品は『流布本サイクル()』で、これは13世紀後半に中世フランス語で書かれたである。 「聖杯物語」、「メルラン物語」、「ランスロ本伝」(「散文のランスロ」とも。 分量的に『流布本サイクル』の半分以上を占める)、「聖杯の探求」、「アルテュの死」からなり、アーサー王伝説全体が一貫した物語になっている。 このサイクルではを導入したりやマーリンの役割が増大したことにより、伝説におけるアーサーの役割の後退がさらに進んでいる。 また、モードレッドがアーサーと彼の姉の近親相姦によって生まれた存在になり、クレティアンで初めて言及されたがアーサーの宮廷の名称として定着した。 『流布本サイクル』のすぐ後に『』(1230-1240年頃)が書かれた。 これにはに物語をフォーカスするために「メルラン続伝」が置かれており、それによってランスロットとグィネヴィアの不義の物語内の重要性が下がっているが、それでもアーサーの周辺化が止まることはない。 このように、アーサーはフランス語の散文作品ではマイナーな登場人物になってしまっている。 実際、『流布本サイクル』ではアーサーは「メルラン物語」と「アルテュの死」にしか登場しないのである。 中世のアーサー王物語群と「ロマンス的アーサー像」の発展は、の『(Le Morte D'Arthur)』(本来の題名は『アーサー王と彼の高貴なる円卓の騎士(The Whole Book of King Arthur and of His Noble Knights of the Round Table)』)で頂点を迎える。 これは15世紀に英語で書かれた、アーサー王伝説全体を1つのまとめた作品である。 マロリーはそれ以前の様々なロマンス、特に『流布本サイクル』を基に、アーサー王物語の包括的で権威ある作品を作り出す意図で書いたと考えられる。 おそらくこの意図のおかげで、あるいはにの手によりイングランドで最初に印刷された作品の一つになったおかげで、マロリーの作品は後世の多くのアーサー王に関する作品の基礎となった。 衰退、復活、現代 [ ] 中世以後 [ ] 中世の終わりと共に、アーサー王に対する関心は薄れていった。 マロリーの作品は人気を得たが、一方でジェフリーの時代以来のアーサー王伝説の歴史的枠組みの正当性に対する批判が増え、「」全体の信頼性が揺らぎ始めた。 ジェフリー以降の年代記に広く見られた「アーサーがポスト・ローマ時代に大帝国を支配した」という記述に対し、16世紀の人文学者(Polydoro Vergili)が、そのような記述はウェールズやイングランドの古物研究家によるおぞましい嘘である、と言って退けたことは有名である。 社会構造の変化により中世が終わりを迎え、その次にやって来た(人文復興)はアーサーとその伝説から聴衆を奪い取ってしまった。 を最後に、約200年続いたマロリーの『アーサー王の死』の印刷も途絶えてしまう。 アーサー王とその伝説は完全に捨て去られたわけではなかったが、アーサー王物語を真面目に受け取る者は減り、17世紀や18世紀には単なる寓話()として政治的に利用されただけだった。 の叙事詩『アーサー王子』()と『アーサー王』()のアーサーはに対するの寓意だった。 同様に、この時代にもっとも有名だったと思われるアーサーの登場する物語はなんと『』だった。 これは最初(民衆本)として世に出たが、後にによって政治劇に改作された。 舞台こそアーサー時代のブリテンに置かれているが、内容は滑稽でアーサー自身も第一にコメディー色の強い人物として描かれている。 の『アーサー王』はよく上演された。 ただし、それはの音楽が良かったからで、ほとんどの場合省略して上演された。 テニスンとリヴァイヴァル [ ] アーサーとマーリン(によるの挿絵、1868年) 初頭になると、、、によってアーサーと中世のロマンスに対する関心が高まった。 19世紀の達の新しい行動規範は、アーサー王ロマンスに描かれた騎士道に沿って作り出されたのである。 最初にこの新たな関心が呼び起こされたのは、1634年以来印刷されていなかったマロリーの『アーサー王の死』が再版されたである。 中世のアーサー王伝説に最初に特別な関心を示し、インスピレーションを受けたのは詩人だった。 たとえば、はの寓話である『』を書いた。 彼らのうちもっとも卓越していたのはで、彼はに最初のアーサーに関する詩『(Lady of shalott)』を出版した。 中世のロマンスと同じくこれらの詩でアーサー自身が演じた役割はけして大きくなかったが、テニスンは『(Idylls of the King)』をもってその人気が頂点に達した。 『国王牧歌』はアーサーの生涯をに合わせて改作したものである。 初めて出版されたのはで、初週で1万部を売り上げた。 この作品のアーサーは理想の男性像の象徴で、彼は完璧な王国を地上に建設しようという試みるが最終的に人間の弱さによって挫折する。 すぐに『国王牧歌』の模倣が大量に作られるようになり、アーサー王伝説と彼に対する広い関心を呼び起こした。 マロリーの『アーサー王の死』にも多くの読者をもたらした。 『国王牧歌』のすぐ後のにマロリーの大作を現代風にアレンジした最初の作品が出版され、19世紀中にさらに6種類の版(エディション)と5種類の類似作品が出版された。 アーサー王のアヴァロンでの最後の眠り(、1881年 - 1898年) ロマンス的なアーサーと彼の物語に対する関心は世紀をまたいでまで続き、詩人や画家などのが影響を受けた。 18世紀に最も知られたアーサーものだった滑稽譚『親指トム』ですら『国王牧歌』を受けて書き直された。 新しいバージョンではトムはかわらず小さいコメディ・リリーフであり続けているが、中世のアーサー王ロマンスの要素が話に付け加えられ、アーサーは以前より真面目で、歴史性の強い人物として扱われている。 アメリカ合衆国もまたリヴァイヴァルの影響を受け、の『少年向けアーサー王物語』()などが多くの読者を得た。 また、これに着想を得たは風刺小説『』()を書いた。 これらの新たなアーサー王関連の作品ではアーサーが主役になることが何度かあったものの(たとえばバーン=ジョーンズの絵画『アーサー王のアヴァロンでの最後の眠り』)、往々にしてアーサーは中世の頃の役割に戻され、脇役に甘んじたり登場すらさせてもらえない有様だった。 のオペラ(『』、『』、『』)は後者の好例である。 また、人々のアーサーとアーサー王物語への興味がずっと続くことはなかった。 19世紀の終わりまでにはアーサー王伝説に関心を持つものはラファエル前派の模倣者に限られるようになった。 加えて、の影響を避けることは出来なかった。 大戦によっての名声は傷つき、理想の騎士としてのアーサーと中世的な理念に対する関心も色褪せてしまった。 それでもロマンスの伝統は維持され、、、がアーサー王の戯曲を書いた。 は詩『荒地』にを登場させ、アーサー王伝説をほのめかした(ただしアーサー王自身は登場しない)。 現代 [ ] 20世紀後半でもアーサー王ロマンスの伝統は続き、の『』()、の『』()などの小説、漫画『』(- )などが書かれた。 テニスンは当時の問題意識に合うようにアーサー王のロマンスを作りなおしたが、現代の作品もそれと同じことが言える。 たとえば、ブラッドリーは中世のロマンスとは対照的に的なアプローチでアーサー王の物語を語りなおし 、アメリカの作家は平等や民主主義などの価値観を強調してたびたびアーサーの物語を作りかえた。 ロマンスのアーサーは映画や舞台の場でも人気を得た。 ホワイトの『永遠の王』はとの舞台『』(。 に)との『』()の原作になった。 『キャメロット』はランスロットとグィネヴィアの不義をテーマにしている。 ロマンスの伝統は明白で、評論家によるとの『』()、の『』()、のファンタジー映画『』()はそれをうまく表現しているという。 アーサー王伝説の『』()もロマンスを主な題材にしている。 ワイエスによる『少年のためのアーサー王物語』の挿絵、1922年 ロマンスの再話や再構成だけが現代に生きるアーサー王伝説の重要な側面ではない。 ロマンスの虚飾を剥ぎとり、本当の紀元500年頃の歴史上の人物としてアーサーを描こうという試みが生まれた。 が勃発すると、テイラーとブルワーが示したように、ロマンスではないジェフリーと『ブリトン人の歴史』などの「年代記」の伝統に立ち帰る潮流がアーサー王文学では支配的になった。 の侵入者に対し抵抗する伝説のアーサーの姿が、大戦下のイギリス人の共感を得たのである。 のラジオドラマ『救国者たち』()はアーサーを絶望的な状況に立ち向かう英雄的抵抗精神の体現者として描き、の戯曲『長い日没』()ではアーサーはゲルマン人の侵攻に抵抗すべくローマン・ブリティッシュの団結を呼びかける。 アーサーを歴史の文脈に置く傾向は20世紀後半に出版された歴史小説、ファンタジー小説にも見られる。 の『(The Warlord Chronicle)』(-)は歴史上の人物としてのアーサー像を中心に据えつつ、中世のロマンスの要素を独自の解釈で取り入れた歴史小説である。 アーサーを現実の5世紀の英雄として描くやり方は映像作品にも流入し、有名なテレビドラマシリーズ『』( - ) 、『』()、特徴的な映画『』()、『』()、『』( King Arthur: Legend of the Sword, )が作られた。 のBBCのドラマシリーズ『』は伝説を再構成し、未来の王アーサーとマーリンを同世代の若者に設定している。 『』() は古代ブリトン人としてのアーサーと彼の王位を賭けた戦いを描くショートシリーズである。 最近リリースされたディズニー映画『』()はアーサー王とを現代に置き換えたストーリーになっている。 日本での受容 [ ] 日本では、にがの『シャロットの女』と『ランスロットとエレイン』を元にして短編『』を書いたが、それ以外では日本でアーサー王を扱った本格的な文学作品はない。 にはアメリカの作家による再話がによって翻訳され(『中世騎士物語』)、アーサー王物語の概略が一般読書人にも知られるようになった。 また、ヨーロッパの研究者が増えるにつれ、マロリーの『アーサー王の死』の抄訳やクレティアンやなど大陸ロマンスの邦訳も少しずつ出版されるようになっていった。 子供向けとしては、の再話が1972年に翻訳されたほか、には『』が放映された。 この作品は中世ファンタジーに馴染みの薄かった当時に敢えて愛国の騎士アーサーを描いた意欲作だったが人気は振るわず、続編『燃えろアーサー 白馬の王子』(1980年)ではわかりやすい勧善懲悪物に路線変更を余儀なくされた。 後半以降、や、、などのが若者文化に深く浸透するようになると、それらのベースとなった欧米のを通してアーサー王伝説に対する関心も高まっていった。 これを受け、アーサー王を題材にした現代小説(アーサリアン・ポップ)のなかで評価の高いホワイトの『』()やブラッドリーの『』()が相次いで翻訳されたほか、『マビノギオン』の中世ウェールズ語からの翻訳()やマロリーの『アーサー王の死』の完訳( - )、ジェフリーの『ブリタニア列王史』の翻訳()など、アーサー王文学の重要文献を日本語でも読めるようになった。 理想の人物として [ ] 最古とされるの彫刻(旧市役所) アーサーは中世に(騎士道のあらゆる理念を体現する9人の英雄)の一人に選ばれた。 彼の生涯はを熱望する人々にとって学ぶべき理想と考えられたのである。 九偉人の一人としてのアーサーのイメージは最初文学作品によって知られるようになり、次に彫刻家や画家によって頻繁に題材にされた。 特にイギリスでは、ライバルであるが国の象徴としてを持ち上げたことに対抗して、アーサー王は自国の象徴として持ち上げられた。 たとえば、が円卓の騎士に倣ってを設立したのは有名な話である。 しかし、最も影響を受け利用したのはを開いたであろう。 ウェールズ出身の彼は自らの王位を正当化するためにアーサー王を利用し、王太子にと名付けたのである。 ただし、アーサーは早世し、弟のヘンリーがとして即位したためアーサー王が誕生することはなかった。 アーサーは現代の行動規範としても利用されている。 アーサーの中世的騎士道の理念とキリスト教的理想を推進するため、1930年代にはイギリスで「円卓の騎士友情騎士団」が組織された。 アメリカにおいても数10万の少年少女が「アーサー王の騎士」などといった若者向けグループに参加しており、そこではアーサーとその業績が心身の規範として奨励されている。 文化的影響 [ ] 現代の文化におけるアーサー王の広がりは伝説上の彼の業績を遙かに超えている。 アーサー王伝説に関する名前は品物、建物、場所などに頻繁に用いられている。 ノリス・J・レイシーが述べたように、「アーサーに関する名称がたくさんのモチーフや名前に使われているのは驚くにあたらない。 なぜなら、数百年前に生まれたこの伝説は現代文化のあらゆる階層に深く根付いているからである。 」 脚注 [ ] []• , p. 141• , pp. 11—37, has a summary of the debate on this point. , p. 15;. 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