政界裏話。 橋下氏「吉村さん、『愛の不時着』の主人公を意識してるでしょ!」 2人の“なれそめ”は、やしきたかじんさんの家だった(2020年7月14日)|BIGLOBEニュース

代議士秘書は見た!―公設秘書歴17年の著者がつづる政界裏話

政界裏話

大阪府の吉村洋文知事が11日のABEMA『NewsBAR橋下』に出演、橋下氏に政界復帰を熱烈にオファーした。 政治家を引退してからの橋下氏について、吉村知事は「政治家時代はものすごい緊張感の中で過ごされていたと思うし、僕もそれを身近に見てきた。 でも、終わってからがひどい。 こんな人います?平日の夕方4時にはもう酔っ払っている(笑)」と暴露。 「色んなところでネタをやって商売にして、お金に換えてね。 僕もエラい目に遭ってます。 ホンマ自由やな~、市役所の上から矢で撃ったろかな~って思ってます(笑)」。 これに対し、橋下氏は「いや~、やっぱり民間人が一番いいね。 府庁の近くで、みんながまだ働いている3時位から飲むのが最高にいい。 そして家に帰ってテレビをつけたら、険しい顔をして記者会見している吉村さんが出ていたりね。 (笑)」。 しんどいかもしれないが、やりがいもあったと思う。 コメンテーターみたいにテレビで言うだけなら簡単。 もう一回やろうという気持ちにはならないのかな、と思いますよ」と熱っぽく投げかけた。 「本気でやったらどんだけしんどいか分かっているので、軽い気持ちでは言えない。 でも、永田町の政治見てたら、本当に情けないじゃないですか。 国権の最高機関で、国の唯一の立法機関と憲法で定められている国会で、同じ人たちがずーっと椅子取りゲームだけやっている古い政治をしている。 誰か中に入って、グチャグチャ、ドカーンってやってもらいたいなという思いがある。 僕が見てきた中で、それができるのは橋下さんくらいしかいないんじゃないかな」。

次の

政界に戻って欲しい。また一緒にやりたい…吉村知事の熱いオファーに橋下氏は「世代交代が大事」(ABEMA TIMES)

政界裏話

もともとスーツがあまり好きじゃないんで、コロナになる前からEXPOのCMをするふりをして、普段も仕事の時に着ていて。 橋下:あの、ちょっと丈が長めのやつね、あれ絶対に『愛の不時着』の主人公を真似てるよね(笑)。 吉村:見たことないんですよ。 今度見ておきます。 橋下:世界的にもむちゃくちゃ人気で、僕はもう全16話見た。 高橋:吉村さんはコロナ禍で見てる暇ないから(笑) 橋下:主演の俳優と吉村さんが似ていると噂になっていて、会見でジャンパーをパッと脱いだだけで記事になっていたからね。 絶対に意識していると思う。 吉村:本当に意識していないです(笑)。 吉村:僕としては、やっていることは今までとあまり変わらないんですよ。 橋下:全国的にも支持が高まっているのはすごいこと。 結果を出しているしね。 そこで一つだけ自慢させてもらってもいい?その吉村知事を見つけ出したのは誰か、ということ(笑)。 本当は見つけたというよりも、共通の知り合いだった、さんに紹介を受けてということだったんだけど。 吉村:初めてお見かけしたのは弁護士時代に、裁判所の廊下で。 茶髪でサングラス、革ジャン 、ジーンズ姿の人が向こうからバーっとやってきて。 見たら橋下さんで。 あれはテレビ用の格好だと思っていたのに、『行列のできる法律相談所』に出ているままの姿で仕事をしていた。 初めて対面したのが、時期は覚えていないが、たかじんさんの家だったと思う。 たかじんさんとは顧問弁護士をさせてもらっていた関係で、一緒に飲みに行ったり、たかじんさんのハワイの別荘に行ったり、親しくさせてもらっていた。 そういう中で、「橋下君が政治の世界でやっているけど、おもろいんちゃうか? やってみたらどや」と言われた。 「橋下さんが知事になって改革をしようとしているけれど、議会が非常に古くて、なかなか進まない」と。 僕としても橋下さんがやろうとしている改革はすごいことだと思っていたし、法律事務所もうまくいっていたので、何か大阪の役に立ちたいなという思いもあった。 それがあって、今がある。 橋下:たかじんさんは、まさにフィクサー。 「知り合いの弁護士が…」ということで、吉村さんの話を聞いた。 吉村:まだ誰も「大阪維新の会」を知らないような頃だったけど、橋下さんは「大きなグループにするんだ」と構想されていたようで。 橋下:松井さんが6名ぐらいで作ったのが始まりで、議員もまだ数名しかいなかった。 まだどうなるか分からない、という時に最初に手を上げてくれたのが吉村さんだった。 翌年に統一地方選挙がある、という時期でね。 吉村:実際にお話をするようになるのは、だいぶ先の話。 僕が大阪市議会議員、橋下さんが市長になって、大阪都構想を目指していこうとなってからだ。 やっぱり維新のトップだったし、僕らからしたら遠い存在だった。 最初に面接を受けたのが松井さんだったし、一生懸命に1年生議員と連絡を取って組織をまとめていたのも松井さんだったけど、橋下さんは山の上からわーっと大きな話をする感じだった。 橋下:上下関係というより、僕は組織の人間関係が苦手だから、任せていたというよりも外れていたということ。 みんな「代表だ」と言ってくれていたけど、僕は外れものだったからね。 忘年会でも、松井さんの周りには二重、三重に人が集まるけど、僕は一人、鶏鍋を突いていたから(笑)。 吉村さんだけじゃなくて、維新のメンバーとはあまり直接的な交流はなかったね。 あれは何年目だったかな。 本格的に大阪都構想の住民投票の運動を始めるというときに、戦略チームを作った。 議員の中にも、お酒を飲みながら多数を取っていくのが得意な人と、広報活動など実務をやるのが得意な人と、2種類のタイプがいる。 そして実務的なメンバーのリーダーに就いてもらって、戦略を担当したのが吉村さん。 だから、負けた責任も吉村さん(笑)。 吉村:橋下さんは「住民投票で否決されたら辞める」ということで臨んでいて、実際に僅差だが負けたので、約束通り政治から身を退くと。 でも、市民には橋下さんが大阪を改革してくれたという思いがあるし、やっぱり残ってほしい。 一方で、議会はグチャグチャ。 色々なものを否決されていたし、役所の中もグチャグチャにして辞めていった。 どうやって物事を進めていこうかと。 僕には政治の経験がたくさんあるわけではないし、有名でもない。 そういう中でいきなり入っていくと、やっぱりしんどい。 市民から惜しまれつつ辞めていった市長より、嫌われて辞めていった市長の後の方が、反対の立場だからやりやすい。 振り返ってみると、市長になったあの頃が一番しんどかった。 橋下:大阪の市営地下鉄は全国で初めて民営化された。 今度は府立大学と市立大学が一緒になって、全国で3番目の規模の大学になる僕は全て言いっぱなしだったし、議会からは否決を食らいまくった。 そして「さよなら」と出ていった。 それを吉村さんは4年間で全てまとめあげた。 (ABEMA/『NewsBAR橋下』より).

次の

政界に戻って欲しい。また一緒にやりたい...吉村知事の熱いオファーに橋下氏は「世代交代が大事」(2020年7月14日)|BIGLOBEニュース

政界裏話

佐々木良作元民社党委員長の演説に感動して手紙を出したことがきっかけで公設第一秘書にまでなり、その後の政党の離合集散のまっただなかに身を置いた著者が書き下ろした政界のちょっといい話、笑えるおもしろエピソード、そして、赤裸々に語られる裏話。 昭和41年市立鹿児島商業高校卒業後、(株)竹中工務店に勤務(7年8ヵ月)。 昭和51年衆議院議員佐々木良作(昭和52年11月〜60年4月、民社党第4代委員長)の公設第一秘書となる(11年8ヵ月)。 その後、6年間鹿児島に帰郷の後、再び上京、日本新党本部で組織担当に。 平成5年参議院議員(のち衆議院議員)小池百合子の公設第一秘書に。 平成7年「新進党阪神・淡路大震災復興支援現地対策本部」事務局長を務める。 平成8年国会議員政策担当秘書選考採用審査認定証書取得。 平成10年兵庫県議会議員補欠選挙に当選するも、翌年の統一地方選挙で次点にて落選。 平成12年衆議院兵庫8区に出馬・落選。 現在、「モラル大国日本をつくる会」事務局長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです).

次の