吊り出し 決まり手。 玉の海 腰で吊る吊り出し

吊り出し

吊り出し 決まり手

概要 [ ] 両を引きつけながら掴み、腰に力を入れ踏ん張って相手を吊り上げ、浮かせたままの外へ出す。 相手の胴を直接掴む場合もある。 太めの力士の場合、腹の上に乗せてしまうと、相手は反撃が難しくなる。 吊り上げて土俵内で落として倒すのはと呼ばれる。 なお、攻め込んでいても相手より先に土俵の外に足を出すととして負けになるが、吊り出そうとしているときは、相手の両足が地に付いていなければ、前へた場合に限り自分の足が先に土俵から出てしまってもとして負けにはならない。 後ろに踏み出した場合は完全に吊り上げていても負けとなる。 土俵際に詰まった際に吊り上げながら体を替える時に相手の体重を支え切れずに足が下がってしまうと「持ち上げているのに負ける」が発生することがある。 がっぷり四ツになるといきなり土俵中央で吊り上げてそのまま勝負をつけてしまうこともあれば、土俵際でしぶとく残してを決められない時に攻め手が吊り上げて決着をつける、あるいはその逆に受け手が吊り上げてしてしまうこともある。 中央付近で吊り上げた場合土俵の外まで運び切れずに中で降ろしてしまい勝負をつけられないことも多々ある。 また受け手が土俵際で逆転を狙う際には吊り上げながら土俵の外へ出してもと判定されることも多い。 吊りを得意とする力士同士の対戦では互いに相手を吊ろうとして土俵中央で踏ん張り合いになる場合もあり、観客も力のはいる場面である。 明武谷--の3者の対戦や--霧島の3者の対戦などはそのような展開がよく見られた。 この技で相手に勝利すると「豪快な決まり手」と評価されることが多い。 相手の体重が全て自分にかかる技であるため足腰が強くないと成立しない。 またその性質上体格が劣る力士はこの技を掛けられやすい。 吊り技を多用した力士 [ ]• 時代の大錦が出足から腹に乗せる吊りで「入神の域」と評され、119勝中の4割近い47番を吊り出しで決めている。 次いで元・時代の肥州山が腕力と背筋力を生かした吊りで115勝中35勝を得ている。 40年代には吊りの技術が高められ、明武谷(414勝中129番)、大麒麟(473勝中128番)、玉の海(469勝中102番)、貴ノ花(578勝中93番)、陸奥嵐(375勝中89番)、若浪(351勝中81番)等、多くの名手が輩出した。 吊り上げ方は様々に分かれ、高いと腕力を活かして高々と持ち上げる 明武谷、、貴ノ浪、旭天鵬、把瑠都 、筋肉質の軽量力士が背筋力や腕力を活かして豪快に持ち上げる 若浪、陸奥嵐、千代の富士、霧島、蒼国来 、アンコ型を活かして腹に乗せる 、大麒麟、、水戸泉 等がある。 また、玉の海は寄りながら腰のばねを活かしてサッと吊り上げるので、で防ぐ暇がほとんどなく、非常に高度な技術を要するものであった。 しかし、に入ってからは、の大型化・重量化が進み、それに伴い足腰に負担のかかるこの技が見られることは次第に減った。 特に琴龍が引退した後はしばらくの間あまり見られなかったが、出身のが幕内に上がって以降、身長と怪力を活かした吊りをよく繰り出した。 さらに出身の両横綱・とも、稀にこの技を使って勝利する事があった。 2020年現在の現役力士では、上述白鵬の他、・の取組において吊り出しが見られることもある。 歴史に残る吊り出し [ ]• 11月(秋)場所千秋楽結びの一番、横綱同士の-戦で、羽黒山が160kgもある照國を高々と吊り出した。 この勝利で羽黒山は11月(秋)場所から4連覇を達成した。 3月場所6日目、この一番に当時前人未到の、大相撲史上通算1000勝がかかっていた横綱・千代の富士に対し、当時だった霧島がこの技で勝利し、見事「待った」をかける。 勢いに乗った霧島はこの場所13勝2敗で優勝同点 横綱北勝海、大関小錦と決定戦、優勝は北勝海 の好成績を残し、場所後大関昇進が決まった。 11月場所10日目、横綱・朝青龍は大関・に対し、立合い先に千代大海に突っ張られるも、それから朝青龍は両廻しを引いてから、軽々と千代大海を吊り上げて勝負が決まった。 千代大海はこの敗戦で2勝8敗、前の9月場所(成績は2勝9敗4休)に続いて2場所連続となり、65場所保持した大関の地位から関脇へのが決定してしまう(千代大海は翌日の11日目から途中休場、11月場所の成績も2勝9敗4休)。 その後、翌1月場所中に千代大海が関脇の地位で引退、場所後に横綱・朝青龍も引退を表明したため、結果的にこれが両者にとって現役最後の対戦となった。 吊り出しによる [ ] 昭和以降、平幕力士が横綱と対戦し、吊り出しで勝利したケースは次の15例(約6年に1回のペース)のみと非常に稀である。 昭和2年10月場所2日目・東前頭3枚目のが西張出横綱のに勝利• 昭和6年1月場所2日目・西前頭3枚目が東横綱のに勝利• 昭和13年1月場所7日目・西前頭2枚目のが西張出横綱のに勝利• 昭和22年11月場所8日目・東前頭2枚目のが西張出横綱のに勝利• 昭和30年5月場所9日目・西前頭筆頭の が西横綱の に勝利• 昭和36年5月場所4日目・東前頭3枚目のが西横綱のに勝利• 昭和36年11月場所4日目・東前頭2枚目のが東横綱の若乃花 に勝利• 昭和39年9月場所9日目・西前頭筆頭のが東横綱のに勝利• 昭和41年3月場所9日目・東前頭筆頭のが西横綱のに勝利• 昭和41年7月場所7日目・東前頭3枚目のが西横綱の に勝利• 昭和45年7月場所5日目・西前頭4枚目の若浪が東横綱の に勝利• 昭和45年11月場所7日目・西前頭2枚目の が東張出横綱の北の富士 に勝利• 昭和57年9月場所初日・東前頭筆頭の が東張出横綱のに勝利• 平成3年7月場所11日目・東前頭13枚目の が東横綱のに勝利• 平成10年11月場所11日目・東前頭6枚目のが西横綱のに勝利 吊り出しに関するジンクス [ ]• 吊り出しを得意とする力士は、逆に吊り出されて敗れるケースも多々見られる。 昭和40年代の「吊り出し全盛期」にはその傾向が顕著に見受けられ、明武谷(450敗中38番)、玉の海(221敗中20番)、貴ノ花(406敗中31番)、陸奥嵐(417敗中60番)、若浪(429敗中58番)等の記録がある。 時代は異なるが、千代の富士も幕内での253敗(うち、横綱在位中は112敗)中37番(うち、横綱在位中は8番)が吊り出しによるものである。 関連項目 [ ]• 脚注 [ ]• 時津山は当場所で12勝3敗と優勝次点に相当する成績を上げ、を受賞した。 栃錦は当場所を14勝1敗で。 当該取組が当場所唯一の黒星であった。 北の富士は当場所を13勝2敗で優勝。 当該取組が当場所唯一の金星配給であった。 長谷川は当場所で8勝7敗と、を受賞した。 大寿山は翌日も東横綱の千代の富士にで勝つなど好調を維持し、最終的に10勝5敗で殊勲賞を受賞した。 琴富士は当場所で初日から快進撃を続け、当該取組を含め13連勝して、 を達成した。 さらにも勝利し、14勝1敗の成績でを受賞した。 外部リンク [ ]• この項目は、に関連した です。 などしてくださる()。

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玉の海 腰で吊る吊り出し

吊り出し 決まり手

近年では減ってしまった決まり手の代表的存在、 吊り出し。 吊り出しには2種類ある、と言って良いかと思います。 一つは腕力と背筋力で抜き上げるような吊り、把瑠都なんかがそうでしたね。 もう一つが「 腰で吊る」吊り出しです。 柔らかな下半身に、相手の重心を乗せて吊ってしまいます。 だから吊られた力士は、キレイに体が浮き上がるのです。 吊られた力士の足が、吊った力士の腰を支点に後方にバタつきますので、足が高く上がり美しく決まります。 当然ながら、外掛けなどで防ぐことなどできません。 玉の海の吊り出しは、その「腰で吊る」吊り出しでした。 写真は177cm・134kgの玉の海が、182cm・150kgの琴桜を吊り出している場面です。 当時、横綱玉の海が26歳、大関の琴桜が29歳。 玉の海は重心が低く、足腰が柔軟で強靭というだけでなく、四つ身が美しい力士でした。 四つ身になったときの胸の合わせ方が絶品で、相手の脇ミツのあたりを引き付けた四つ身は、ほれぼれするほどの美しさでした。 胸の合わせ方が巧く、重心が低く、そのうえ広い肩幅。 玉の海とがっぷりになっただけで、相手の重心は浮きました。 強靭な足腰で、寄りながら一気に抜き上げます。 当時の幕内最長身力士、192cmの高見山を吊りあげた相撲が、特に印象に残ります。 身長で15cm、体重でも40kgぐらいの差があったでしょう。 さらに高見山は足が長い力士なので、玉の海に吊られた高見山の足のカカトが、それこそ目よりも高く吊り上げられたのです。 昭和の土俵の、それは美しい名場面でした。

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吊り出し

吊り出し 決まり手

大相撲の決まり手「吊り出し」で、吊られた関取が、最近、足をばたつかせないのはなぜ。 私が子供の頃(約30年前)は、吊られた関取は必ずと言っていいほど足をばたつかせていた。 耐えきれなくなり、土俵際で下ろせば、つま先立ちでも残ろうとしていた。 最近、大相撲を見ると、吊られたまま無抵抗で土俵を割ってしまい、見ていてハラハラしない。 体格が大きくなったから?じたばたしてはいけないルールが出来たのか?分からないが、見るに、もっと最後まで諦めない相撲であってほしい。 言い過ぎかなあ。 なぜ、あんな体勢で土俵ぎわ残れるのか不思議なくらいの相撲が見てみたい。 野球やサッカーも良いけど、相撲も人気が出てほしい。 子供が相撲ファンになり、放課後、砂場で相撲をとれば、相手に直接ぶつかっていく事で良い経験になると思うのですが。 ベストアンサーは決めづらいので、投票にさせてください。 北の富士さんのご指摘は、私も聞いた記憶があります。 補足して考えれば、吊られた時の対処法を知らない力士が多いのではないかと思います。 一時吊り出しをやる力士がとても少なくなった時期がありました。 朝青龍は時々吊り出しや吊り落としをやりましたが、把瑠都や栃ノ心など長身で怪力の外国人力士が吊りを見せるようになって、ようやく最近また増えてきました。 稽古場でも吊りをやる力士が少なければ、それに対処する稽古も行えない、つまりそういう指導も受けていないのではないでしょうか。 とくに、九重さん(千代の富士)や陸奥さん(霧島)など、現役中吊りが得意だった親方などが、そういう指導をして下さることを期待します。 いかがでしょうか。 余談ですが、腕(かいな)を極められた状態で体が浮いた時は、肘の故障を避けるために、抵抗しないほうがいい場合があります。 かつて旭富士(伊勢ケ浜親方)が千代の富士戦で両腕を極められて体が浮き、自らピョーンと跳び上がったことがありました(決まり手は極め出し)。 つまり、自分から「吊られ」にいったのです。 当時は大関ですから、もしここで肘を壊していたら、横綱になれなかったかも知れません。 これも、稽古で培った感覚だったのでしょう。 稀なケースですね。 外国人力士が急増したことにより、ルールを理解していない、感覚的に吊られたら足をバタつかせるというのは鉄則中の鉄則ですが実践できないのは、師匠の指導力不足も挙げられます。 師弟関係にかつての厳しい上下関係がなくなり、正すことも出来ないのではと勘繰ってしまいます。 今日の取組でも、大関把瑠都に胸を合わせがっぷりから豪快に吊り上げられた鶴竜の無抵抗振りには、私も「いかんな」と感じました。 相撲巧者とされる鶴竜でさえ、この体たらくですから嘆かわしい限りです。 もし、鉄則を知っていた上で、鶴竜が唯一の抵抗であるバタ足を見せなかったのであれば論外ですし、ファンの存在を考えていない証拠です。 以前、水が入る長時間の大相撲になった時、その取組の当事者阿覧は意味が理解できず、混乱したというのも考えものです。 余りに相撲を知らない外国人力士が加速度的に増え、伝統ある国技の担い手がこのありさまですから、緊張感の乏しい勝敗ありきの淡白な内容が白けさせている事実は多分に認められます。

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