18 トリソミー エコー。 ダウン症のエコー特徴 手足・頭・BPD・NT・FL徹底解説

18トリソミーの子供の特徴や症状は?わずか6%の奇跡の出産

18 トリソミー エコー

2D・・・平面的に撮った写真• 3D・・・立体的に撮った写真• 4D・・・立体的に撮った動画 2Dは横と縦だけを撮る。 3Dは横・縦・奥行を撮る。 4Dは横・縦・奥行を動画撮影。 こんなイメージだと思います。 4Dは実際に胎児が動いている様子がわかりますので、とても愛着が湧く映像が見られます。 時には不気味に思う人もいるようですが。 3D・4Dエコー検査は追加料金が必要な産科も多く、DVDに保存してプレゼントしてくれたりします。 私もお姉ちゃんの時、4D検査をしてDVDまで購入しましたが、一度も再生していません 笑 しかし私の友人で不妊治療の末やっと妊娠した夫婦は4D映像を毎日みて、産まれてくるのを心待ちにしていました。 価値観は人それぞれですね。 私の息子(ダウン症)の時は4Dエコー施設のない病院で検診を受けていました。 一回みてみたかったな〜。 ダウン症のエコー写真 ちなみにアップ君(ダウン症)の2Dエコー写真がこちら。 生まれる5か月前のエコー写真 35週目のエコー写真。 産まれる2週間前です。 2Dよりも3D・4Dエコー検査の方がいい? 胎児を見る場合、現在の2Dエコー検査方法もかなり進化しており、 3Dとあまり差はないと言われています。 しかし奇形に関しては3Dの方が判断しやすいようで、口角亀裂も3Dの発達で発見率が上がったとの事。 後述しますが、 ダウン症の疑いをエコーで知るには3D 検査も受けた方がよいかもしれません。 エコー検査でのダウン症の特徴 ここからは項目ごとにエコー検査の特徴を書いていきます。 簡単に言うと、後頭部のむくみです。 ダウン症の人達は後頭部がむくんでいますが、胎児の頃からその特徴があり、判断材料として最も多いと言われています。 検査数値はNT Nuchal Translucency と表記され、その数値を基にダウン症のスクリーニング検査とされます。 妊娠初期はNTが増大傾向にあり、多くの場合時間経過と共に消失します。 高い数値が継続したり、または肥大する事でダウン症等の障害を疑う事となります。 日本産婦人科医会のホームページにこのような表が記載されています。 (危険率と書かれているのが気になりますが・・・) 30歳でNTが2. 現在の年齢と照らし合わせるとリスクの大きさが判断できる事となります。 手足が短い 胎児の成長を図るバロメーターの一つが、大腿骨(太ももの骨)の長さ。 エコー検査での表記はFL(Femur Length)と表記されています。 さらには四肢短縮症やダウン症の疑いがもたれ、出生前検査を薦められるケースもあります。 FLが平均数値よりも若干小さかったのです。 が、完全に私の遺伝だと思っていました 笑。 そして26週目に標準の中に入り安心していたのを覚えています。 頭が大きい 頭の大きさを図る数値がBPD(Biparietal Diameter)とFOD(Front Occipital Diameter)があります。 大雑把に説明すると、BPDが頭蓋骨の横幅。 FODが頭蓋骨の縦幅です。 エコーに書かれているのはBPDの方が多いようですね。 8週~11週 15~20mm• 12週~15週 15~35mm• 16週~19週 25~55mm• 20週~23週 40~60mm• 24週~27週 55~75mm• 28週~31週 65~80mm• 32週~36週 75~95mm• 37週~41週 80~98mm• ここでもう一度アップ君(ダウン症)のエコー写真を見てみます。 35週でBPD:91. 0mmです。 うーん、正常値! しかも私はトミーズの雅さん級に頭がでかいので、これも遺伝としか思っていませんでした 笑 心疾患 ダウン症の約半分は心臓に合併症を持ち生まれてきます。 アップ君も心臓に2つの穴を持参されました。 胎児の状態でもわかる心疾患なら、ダウン症の判断材料の一つとなるのです。 エコーの中でも心臓に特化した心エコーと言うものがあります。 かなり精密に心臓の状態を調べることができ、もし心臓に疾患がわかれば、その後の妊娠生活に気を付ける等対処ができるのです。 ただ心エコーは通常のエコー検査で異常が確認された後受けるのが一般的です。 アップ君も心臓の穴は小さく、エコー検査で異常は見られませんでした。 その他 鼻骨の成長遅滞・小指の関節が一つ少ない等々、細かな判断材料はまだあります。 それらは生まれて来たダウン症児の特徴と似ている部分も多々あります。 NTが6mmでも、BDPが異常値でも、心疾患が発覚しても、ダウン症の診断はできません。 クアトロ検査もあくまで可能性を示唆するものであって、確定的な診断はできないのです。 羊水検査にはある程度のリスクも存在しますので、受けるかどうかは熟慮されると思います。 羊水検査は15週目以降に実施され、 通常16週or17週にされる方が多いです。 そして約2週間で診断結果がでますので、20週ぐらいにはダウン症なのか違うかが判明します。

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妊娠5ヶ月前の者です。先日NHKのTVで「エコーで胎児の異常が分る」特...

18 トリソミー エコー

「出会えた奇跡をありがとう」。 多くの人に、様々な家族のかたちとポジティブなメッセージ伝えたい。 18トリソミーの我が子との挑戦〜Team18 「18トリソミー」という病気をご存知ですか。 ヒトにある23の染色体のうち、18番目が3本あることで様々な合併症状を併発させる障害です。 今週、JAMMINが1週間限定でコラボするのは「Team チーム 18」。 18トリソミー児の親御さん、その家族を支援する団体です。 代表の岸本太一(きしもと・たいち)さん(34)の長女の心咲(みさき)ちゃんは、18トリソミーで生まれてきました。 生まれた時に、お医者さんからは「長く生きられない」と告げられたといいます。 心咲ちゃんは今、7歳。 お父さん、お母さん、そして3人の妹さんと、元気に生活しています。 (岸本さんと娘の心咲ちゃん) Team チーム 18 「18トリソミーのことをたくさんの人に知ってもらいたい。 短命といわれても、こんなにがんばっている子どもたちがいることや、家族にとってかけがえのない存在であることを知ってほしい」、そんな思いから2008年より活動を開始した任意団体。 これまでに30カ所以上で写真展を開催しています。 各地で写真展を開催 (2014年7月に千葉・舞浜で行われた日本周産期・新生児医学会学術集会内での写真展の様子。 まずは、貴団体のご活動について教えてください。 岸本: 私たちは、全国各地で18トリソミーの子どもたちの写真展を開催しています。 写真展示を希望する家族から写真を募った後、各開催地在住の家族が中心となって写真展を運営しています。 地域の市民ホールや福祉センター、かかりつけの病院の他、医療系のシンポジウムや学術集会でも開催しています。 また、ドキュメンタリー映画とセットで開催することもあります。 2008年10月に初めて開催し、これまで30カ所以上で開催してきました。 東京や大阪などの都市部は何回か開催しており、今後は開催したことのない地域での開催を目指しています。 ただ写真展を開催するだけではなく、懇親会も行っています。 18っ子家族同士だからこそ安心して話せることや、共通の話題など、活発な意見交換の場にもなります。 Team18や写真展の存在が、心の癒しや安らぎを提供できるような役割を果たせればと思っています。 みんなが集まれる場所になっているからこそ、うまく続けられていると思いますね。 (2017年2月に大阪で開催した写真展での1枚。 「関西在住の方を中心に準備・運営を行いました」) 染色体異常により 様々な合併症を持って生まれる (「18トリソミーで生まれた赤ちゃんは、そのほとんどが自発呼吸が弱いために人工呼吸器を使ったり、経管栄養(鼻や口から胃までチューブを入れる)をしたりしています。 岸本: 18トリソミーは、18番染色体の異常により様々な合併症を併発させる重い障害です。 ダウン症は、23ある染色体のうち21番目の染色体が通常の2本より1本多い3本あるということがよく知られていますよね。 18トリソミーも同じように、18番目の染色体が通常より1本多い3本あることでその名前がついており、エドワーズ症候群ともいわれています。 ほとんどの子に心臓の合併症があり、他にも呼吸器系の障害や口唇口蓋裂、手や足の奇形、内臓のヘルニアなど、重い合併症を持って生まれてくることがほとんどです。 一般的には手術をするという選択肢もあるかもしれませんが、低体重で生まれる子どもが多く、また他の合併症があることによって、手術のタイミングを決めることは簡単ではありません。 長時間の手術に耐えることができないのです。 心臓手術を乗り越えることができれば…と願っているご家族もたくさんいて、できるかできないかが、その後の人生を大きく左右するともいえます。 ただ、中には心臓手術をしなくてもうまくバランスを取りながら元気に過ごしている子どももいます。 症状は個人によって様々で、こうだと言い切るのが難しい病気でもあります。 岸本: 18トリソミーは体の発達だけでなく、知能にも遅れをもたらします。 中には知能的に遅れがない人もいますが、9割以上の子どもが、自分で立ったりしゃべったりすることが難しく、酸素や人工呼吸器を必要とする子がほとんどです。 視覚や聴覚に障害を持っている子も少なくありません。 (「心咲は人工呼吸器(BiPAP)の力を借りています。 入眠時は十分な呼吸ができず、息苦しい状態になってしまいます。 人工呼吸器があることで、毎日安心して寝ることができます。 BiPAPは長い付き合いなので、心咲の一部といってもいいです」) 出生前検査の広まりと共に。 「生きるヒント」届けたい (「心咲は1,789gで生まれました。 なぜ、写真展を開催しようと思われたのですか? 岸本: 写真展は私が最初に始めたわけではなく、最初の代表の方から引き継いだかたちです。 18トリソミーは生きることが難しい病気です。 活動を始めた頃は「これだけ頑張って生きている子がいるということを知ってほしい」ということや、「たとえ短い命でも家族との幸せな時間があるんだということを当事者の家族同士共有したい」ということ、「18トリソミーで生まれてくることは決して不幸じゃないということを広く世間一般に知ってほしいという思いが根底にありました。 18トリソミーの子どもを持つ親御さんたちの多くが共通した思いを抱いていたので、それをかたちにしたのが18トリソミーの子どもたち写真展だったんです。 いうならば、親たちの「うちの子自慢」ですね(笑)。 (2018年-2019年の写真展で飾っている岸本家の写真。 「明るい性格の心咲に対して、3人の妹たちが一層楽しさを与えてくれる日々です。 心咲が家族の中心にいることがよく分かる写真です」) 岸本: 最近になって、社会一般にこの病気のことを知ってもらいたいという思いがより強くなってきたと感じています。 SNSを利用する人が増え、以前よりも家族同士が簡単につながることができるようになりました。 しかし一方で、18トリソミーを知らない方たちには、こちらから発信することなしには見てもらう機会もありません。 特にここ6〜7年は出生前検査が広く知られてきたので、積極的に伝えていかなければならないとも感じています。 私のところにもよく妊婦さんから相談がありますが、傾向としては「相談する=産みたい」と思っている人たちがほとんどではないかと思います。 もう心の中では方向性が決まっているけれど、その一歩を踏み出す勇気が持てない部分もあるのではないかと感じるので、その気持ちを察して、少しでも手助けができればと思っています。 診断を受けた人がどんな選択するのか、そしてその後の心構えや準備を進めるときに、何らかのヒントを届けることができればと思っています。 出生前検査を受けた後の指導や助言は、医療関係者にとっても容易なことではありません。 最終的には自分たちの意志で未来を決めることになりますが、いざ陽性という結果を受けた時、一体誰に頼るのか?Team18はその頼る先として、寄り添っていける団体でありたいです。 (広島県の宮島包ヶ浦海水浴場に訪れた際の1枚。 「やることがめちゃくちゃすぎる…といわれることもありますが、力強く育っている心咲です」) 「こんな家族があってもいいんだ」。 「出版費用はクラウドファンディングで集め、1,060人以上の支援者から872万円のご支援をいただきました」) 岸本: 最近は「お腹の子が18トリソミーと診断された」と写真展を見に来てくださる方がいたり、私たちの活動を知って直接相談をしてくれたりする方もいます。 岸本: 新しい命が誕生しようとしているわけなので、まずなによりも「おめでとうございます」という気持ちを伝えるようにしています。 あとは、状況を聞きながら同じ地域に暮らす家族とつないだり、出産後の事例を紹介したりと、自分にできる範囲での支援をしながら「一人じゃないよ、私たちがいますよ」というメッセージを送っています。 私たち患者家族の中にも、障害のある子どもの出産を前向きに迎えた家族もいれば、そうではない家族もいます。 また、生まれてから障害が分かった家族もいます。 みんなが同じ気持ちで出産を迎えたわけではないんですね。 だからこそ、「こんな家族があっていいんだ」「こうやって変化することもあるんだ」ということを感じてもらえたらと思っています。 (2015年に福島県郡山市で開催された写真展では、たくさんの家族が同じ宿に宿泊。 「一緒に旅行をする楽しみや、家族同士の貴重な交流の場となりました」) 「お腹の中で亡くなるかもしれない」。 そう告げられた、長女の命 (「次女に後ろから支えてもらっているときの写真です。 岸本: 心咲は、妊娠36週、生まれるまであと1ヶ月という時に18トリソミーだと告げられました。 出産に向けていろいろと準備をしている中で、「胎児が小さい」という理由から詳しく検査をして発覚したことでした。 「生まれてきても、生きることが難しい。 お腹の中で亡くなるのを待ちましょう」とお医者さんから告げられた時は、絶句して言葉が出ませんでした。 「あと1ヶ月で生まれると周囲の人たちにもいっているのに、どうしたらいいんだろう」「出産の報告をする時に、亡くなることも報告するのかな」と、いろんな思いが頭をよぎりました。 自己中心的ですごくネガティブな時期でした。 でも、お腹の中にいる胎児が動く音を聞いたりもしていたし、私たち夫婦は、授かった命に対して、短命だからとか、障害があるからとか、そういう理由で命の見方を変える判断はどうしてもできませんでした。 奥さんとも話し合い、どんなことがあっても我が子と一緒に歩みたいという気持ちは変わりませんでした。 長く生きられないと告げられ、「一緒にいられるだけでいい」と思いました。 それもあって、生まれてからは、保育器にはなるべくいれず、抱っこをする時間を長くしてもらったり、できるだけ彼女のそばにいられるようにしてもらったり、病院側にも柔軟に対応してもらったように思います。 岸本: 私たちは18トリソミーの診断を受けてから他の病院を紹介してもらい、出産しました。 生まれる前に18トリソミーであることがわかった分、担当の先生が生まれてからの道筋を立ててくれて、その指標に沿って歩んでくることができました。 とても恵まれていたと思います。 貴重な1日を積み重ね、奇跡的に退院して、家で過ごせるようになったんです。 (「2012年8月10日、待ちに待った退院日。 初めて家に帰ってきて、早速私の胸の上で寝てしまいました。 なんとも気持ち良さそうな寝顔です」) 「彼女も楽しいことをたくさん経験している」。 彼女や自分たちの挑戦を、周りに伝えたくてたまらなかった (小さい頃からピーナッツバルーンで身体を伸ばしたり揺らしたりしていた心咲ちゃん。 身体を動かしてとても楽しそう) 岸本: 長く生きられるか分からないということもあって、心咲のことを公にすることはなかったのですが、心咲が退院して家族での生活が始まってから、SNSで他の人が「子どもとどこそこに行ってきました」とか「楽しんでいます」という情報を目にすることが増えました。 「心咲は大変だけど、彼女も楽しいことを経験している。 自分も発信してもいいんじゃないか」と思うようになりました。 心咲が1歳半の頃です。 それで、「うちの子どもはこんな子です」ということを初めて公表したんです。 毎日の繰り返しの中で思いが溜まって「ああ、もう言いたいな」と感じていたんでしょうね。 いざ声を出してみたら、みんなが応援してくれたし、気持ちが楽になりました。 「がんばって」という言葉が、素直に励みになりましたね。 岸本: 1歳を超えるまでは、いつまで生きられるかという悩みも大きくあったのですが、2歳になる前に心臓の手術を受け、将来への希望が出てきていたというのも一つあったと思います。 公表するまでは、子どもがどうこうというより、周囲の目ばかり気にしていました。 公表した後で友人との関係は大丈夫だろうかとか、「かわいそう」「大変なんや」というイメージを与えてしまうのではないかとか、自分の心配ばかりしていたんです。 「でも、それは違うんじゃないか」とも感じていました。 僕自身、心咲と一緒に過ごす中でどんどんポジティブになったんです。 ネガティブなこともありますが、新しいこと、他の人がやっていないことをやりたいという気持ちが強くて、心咲と僕たちの挑戦を、いろんな人に見てほしいという思いが強くなっていったんです。 (Upseeという歩行補助具を着けて、公園で一緒に歩く) 「彼女は、僕の人生のすべて」 (「私も心咲のように口からチューブを入れてみました。 すごい違和感…毎日笑顔でいてくれる心咲に、一層愛おしさを感じ、なんとかしてあげたいという気持ちが強くなりました」) 岸本: 心咲は今年8歳になります。 立ったり、食べたり、一人では難しくても、彼女の目線になって必要なサポートをしてあげられたらいいなと思っています。 18トリソミーの中にはてんかんなどの発作を持っている子も多いです。 心咲は夜中と朝方に発作が起きることがあって、私は見守りで夜遅くまで起きるようにしています。 妻と役割分担しながら、今は時間をうまく使えるようになりました。 心咲は4人姉妹の長女で、僕たち夫婦にとっては初めての子育てだったので、彼女がスタンダードなんですね。 むしろ、下に3人の子どもたちが生まれてきて、そちらの方が新しい子育てと感じたぐらいです(笑)。 岸本: 人生のすべてといえる存在です。 生まれてきてくれたことで人生も拓けたし、想像もしていなかったことですが、彼女が生まれてきてくれたことで、この7年は大きく変わりました。 妻と子どもたちのおかげで僕自身はやりたいことをやらせてもらってるし、楽しく生きたいので、我慢していることもそんなにないんです。 心咲がいてくれるからこそ、目指すものが明確になって、そこに対してチャレンジできています。 特に、自分の生き方を認めてくれる妻の理解がなければ、今の僕も、家族のかたちもなかったと思います。 (「プロの水中カメラマン・西川隼矢氏に撮影してもらう機会があり、思い切って水中に潜ってみました。 心咲は口を閉じて目を見開き、遠くを見つめていました」) 「世界は、やさしさであふれている」 (心咲ちゃんと二人で訪れたアメリカでの1枚。 「ウォルト・ディズニー・ワールドの1つ、EPCOTに行きました。 キャラグリエリアで記念撮影。 ミッキーが片膝ついて心咲の目線に合わせてくれました!感激です」) 岸本: 僕ね、この間心咲と二人でアメリカへ行ってきたんですよ。 心咲と二人で観光に行ってきました。 妻に「ちょっと心咲とアメリカ行きたいんやけど」というと「行ってくれば?」という快諾を得て(笑)。 現地まではシカゴ経由、3時間のトランジットを入れて16時間、この間も二人でぴったりと息のあった移動でした(笑)。 ただ、手荷物検査がちょっと面倒で、医療機器がどうしてもひっかかってしまうんです。 でも、事前に航空会社にも情報を伝えているし、グーグル翻訳で説明すればなんとかなります(笑)。 気は張り詰めていましたが、世界へは行けるんです。 時差が16時間あったので、飛行機の中で水分量とか服薬の調整もして、無事にアメリカに到着しました。 (「1年に1回は大学時代の友人らとバーベキューをします。 自分には昔も今も、変わらぬ大切な仲間がいます。 親が大切にしているものを娘にも感じてもらいたい。 岸本: 「I can do it」、やればできる!という気持ちでやれば、大概のことはやれちゃんじゃないかなと思っています。 外に出てわかることですが、世界は本当に、やさしさにあふれています。 「外」というのは、外出という意味でもあり、自分の殻を破るという意味でもあります。 やってみてこそ、何か新しいことを知ったり、出会ったりして、また次にいろんなところに行くことができるんですよね。 海外でも日本国内でも、やさしさに触れることが本当に多くて、手を差し伸べてくれる社会にもなってきていると感じます。 (4組の夫婦のストーリーを通じて、生まれてきた意味や家族の絆、命の大切さや人との繋がりを考えるドキュメンタリー映画『うまれる』に出演した虎大(とらひろ)くんと。 「心咲が目標とするお兄ちゃんです」) チャリティーは、18トリソミーの子どもとその家族の外出の一歩を応援するための資金になります! (東京の特別支援学校で教師をされている岸本さん。 先日、大阪・難波でお会いすることができました!JAMMINの西田とは同じ「太一」という名前、1984年生まれで年齢は私と同じ!お会いして一気に距離が縮まり、熱いたこ焼きも冷めきってしまうほど(笑)、熱く語り合った夜でした。 岸本: 18トリソミーの子どもを持つご家族の中には、外出することが難しいご家族もいます。 特に、医療的ケアを行っている子どもとその家族にとって、家の外に出ることはとても大きなチャレンジなのです。 子どもの体調が整っていても、行った先での環境面の心配や、何かあったら…という不安から、チャレンジするタイミングは難しいものです。 看護師や医師が近くにいてくれたら…手伝ってくれる人がいたら…。 安心できる要素がなければ、外出へのハードルは高いです。 そこで、外に出るための第一歩を躊躇しているご家族に対して、そのご家族にあったかたちで何らかのサポートをしたいと考えています。 今回のチャリティーは、たとえば看護師さんに同行してほしい!や、必要な医療機器をレンタルしたい!旅先でのサポートをしてほしい!などといった、外出の一歩を応援するための資金として使わせていただければと思います。

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13トリソミー(パトー症候群)とは?原因や症状、予後は?

18 トリソミー エコー

「出会えた奇跡をありがとう」。 多くの人に、様々な家族のかたちとポジティブなメッセージ伝えたい。 18トリソミーの我が子との挑戦〜Team18 「18トリソミー」という病気をご存知ですか。 ヒトにある23の染色体のうち、18番目が3本あることで様々な合併症状を併発させる障害です。 今週、JAMMINが1週間限定でコラボするのは「Team チーム 18」。 18トリソミー児の親御さん、その家族を支援する団体です。 代表の岸本太一(きしもと・たいち)さん(34)の長女の心咲(みさき)ちゃんは、18トリソミーで生まれてきました。 生まれた時に、お医者さんからは「長く生きられない」と告げられたといいます。 心咲ちゃんは今、7歳。 お父さん、お母さん、そして3人の妹さんと、元気に生活しています。 (岸本さんと娘の心咲ちゃん) Team チーム 18 「18トリソミーのことをたくさんの人に知ってもらいたい。 短命といわれても、こんなにがんばっている子どもたちがいることや、家族にとってかけがえのない存在であることを知ってほしい」、そんな思いから2008年より活動を開始した任意団体。 これまでに30カ所以上で写真展を開催しています。 各地で写真展を開催 (2014年7月に千葉・舞浜で行われた日本周産期・新生児医学会学術集会内での写真展の様子。 まずは、貴団体のご活動について教えてください。 岸本: 私たちは、全国各地で18トリソミーの子どもたちの写真展を開催しています。 写真展示を希望する家族から写真を募った後、各開催地在住の家族が中心となって写真展を運営しています。 地域の市民ホールや福祉センター、かかりつけの病院の他、医療系のシンポジウムや学術集会でも開催しています。 また、ドキュメンタリー映画とセットで開催することもあります。 2008年10月に初めて開催し、これまで30カ所以上で開催してきました。 東京や大阪などの都市部は何回か開催しており、今後は開催したことのない地域での開催を目指しています。 ただ写真展を開催するだけではなく、懇親会も行っています。 18っ子家族同士だからこそ安心して話せることや、共通の話題など、活発な意見交換の場にもなります。 Team18や写真展の存在が、心の癒しや安らぎを提供できるような役割を果たせればと思っています。 みんなが集まれる場所になっているからこそ、うまく続けられていると思いますね。 (2017年2月に大阪で開催した写真展での1枚。 「関西在住の方を中心に準備・運営を行いました」) 染色体異常により 様々な合併症を持って生まれる (「18トリソミーで生まれた赤ちゃんは、そのほとんどが自発呼吸が弱いために人工呼吸器を使ったり、経管栄養(鼻や口から胃までチューブを入れる)をしたりしています。 岸本: 18トリソミーは、18番染色体の異常により様々な合併症を併発させる重い障害です。 ダウン症は、23ある染色体のうち21番目の染色体が通常の2本より1本多い3本あるということがよく知られていますよね。 18トリソミーも同じように、18番目の染色体が通常より1本多い3本あることでその名前がついており、エドワーズ症候群ともいわれています。 ほとんどの子に心臓の合併症があり、他にも呼吸器系の障害や口唇口蓋裂、手や足の奇形、内臓のヘルニアなど、重い合併症を持って生まれてくることがほとんどです。 一般的には手術をするという選択肢もあるかもしれませんが、低体重で生まれる子どもが多く、また他の合併症があることによって、手術のタイミングを決めることは簡単ではありません。 長時間の手術に耐えることができないのです。 心臓手術を乗り越えることができれば…と願っているご家族もたくさんいて、できるかできないかが、その後の人生を大きく左右するともいえます。 ただ、中には心臓手術をしなくてもうまくバランスを取りながら元気に過ごしている子どももいます。 症状は個人によって様々で、こうだと言い切るのが難しい病気でもあります。 岸本: 18トリソミーは体の発達だけでなく、知能にも遅れをもたらします。 中には知能的に遅れがない人もいますが、9割以上の子どもが、自分で立ったりしゃべったりすることが難しく、酸素や人工呼吸器を必要とする子がほとんどです。 視覚や聴覚に障害を持っている子も少なくありません。 (「心咲は人工呼吸器(BiPAP)の力を借りています。 入眠時は十分な呼吸ができず、息苦しい状態になってしまいます。 人工呼吸器があることで、毎日安心して寝ることができます。 BiPAPは長い付き合いなので、心咲の一部といってもいいです」) 出生前検査の広まりと共に。 「生きるヒント」届けたい (「心咲は1,789gで生まれました。 なぜ、写真展を開催しようと思われたのですか? 岸本: 写真展は私が最初に始めたわけではなく、最初の代表の方から引き継いだかたちです。 18トリソミーは生きることが難しい病気です。 活動を始めた頃は「これだけ頑張って生きている子がいるということを知ってほしい」ということや、「たとえ短い命でも家族との幸せな時間があるんだということを当事者の家族同士共有したい」ということ、「18トリソミーで生まれてくることは決して不幸じゃないということを広く世間一般に知ってほしいという思いが根底にありました。 18トリソミーの子どもを持つ親御さんたちの多くが共通した思いを抱いていたので、それをかたちにしたのが18トリソミーの子どもたち写真展だったんです。 いうならば、親たちの「うちの子自慢」ですね(笑)。 (2018年-2019年の写真展で飾っている岸本家の写真。 「明るい性格の心咲に対して、3人の妹たちが一層楽しさを与えてくれる日々です。 心咲が家族の中心にいることがよく分かる写真です」) 岸本: 最近になって、社会一般にこの病気のことを知ってもらいたいという思いがより強くなってきたと感じています。 SNSを利用する人が増え、以前よりも家族同士が簡単につながることができるようになりました。 しかし一方で、18トリソミーを知らない方たちには、こちらから発信することなしには見てもらう機会もありません。 特にここ6〜7年は出生前検査が広く知られてきたので、積極的に伝えていかなければならないとも感じています。 私のところにもよく妊婦さんから相談がありますが、傾向としては「相談する=産みたい」と思っている人たちがほとんどではないかと思います。 もう心の中では方向性が決まっているけれど、その一歩を踏み出す勇気が持てない部分もあるのではないかと感じるので、その気持ちを察して、少しでも手助けができればと思っています。 診断を受けた人がどんな選択するのか、そしてその後の心構えや準備を進めるときに、何らかのヒントを届けることができればと思っています。 出生前検査を受けた後の指導や助言は、医療関係者にとっても容易なことではありません。 最終的には自分たちの意志で未来を決めることになりますが、いざ陽性という結果を受けた時、一体誰に頼るのか?Team18はその頼る先として、寄り添っていける団体でありたいです。 (広島県の宮島包ヶ浦海水浴場に訪れた際の1枚。 「やることがめちゃくちゃすぎる…といわれることもありますが、力強く育っている心咲です」) 「こんな家族があってもいいんだ」。 「出版費用はクラウドファンディングで集め、1,060人以上の支援者から872万円のご支援をいただきました」) 岸本: 最近は「お腹の子が18トリソミーと診断された」と写真展を見に来てくださる方がいたり、私たちの活動を知って直接相談をしてくれたりする方もいます。 岸本: 新しい命が誕生しようとしているわけなので、まずなによりも「おめでとうございます」という気持ちを伝えるようにしています。 あとは、状況を聞きながら同じ地域に暮らす家族とつないだり、出産後の事例を紹介したりと、自分にできる範囲での支援をしながら「一人じゃないよ、私たちがいますよ」というメッセージを送っています。 私たち患者家族の中にも、障害のある子どもの出産を前向きに迎えた家族もいれば、そうではない家族もいます。 また、生まれてから障害が分かった家族もいます。 みんなが同じ気持ちで出産を迎えたわけではないんですね。 だからこそ、「こんな家族があっていいんだ」「こうやって変化することもあるんだ」ということを感じてもらえたらと思っています。 (2015年に福島県郡山市で開催された写真展では、たくさんの家族が同じ宿に宿泊。 「一緒に旅行をする楽しみや、家族同士の貴重な交流の場となりました」) 「お腹の中で亡くなるかもしれない」。 そう告げられた、長女の命 (「次女に後ろから支えてもらっているときの写真です。 岸本: 心咲は、妊娠36週、生まれるまであと1ヶ月という時に18トリソミーだと告げられました。 出産に向けていろいろと準備をしている中で、「胎児が小さい」という理由から詳しく検査をして発覚したことでした。 「生まれてきても、生きることが難しい。 お腹の中で亡くなるのを待ちましょう」とお医者さんから告げられた時は、絶句して言葉が出ませんでした。 「あと1ヶ月で生まれると周囲の人たちにもいっているのに、どうしたらいいんだろう」「出産の報告をする時に、亡くなることも報告するのかな」と、いろんな思いが頭をよぎりました。 自己中心的ですごくネガティブな時期でした。 でも、お腹の中にいる胎児が動く音を聞いたりもしていたし、私たち夫婦は、授かった命に対して、短命だからとか、障害があるからとか、そういう理由で命の見方を変える判断はどうしてもできませんでした。 奥さんとも話し合い、どんなことがあっても我が子と一緒に歩みたいという気持ちは変わりませんでした。 長く生きられないと告げられ、「一緒にいられるだけでいい」と思いました。 それもあって、生まれてからは、保育器にはなるべくいれず、抱っこをする時間を長くしてもらったり、できるだけ彼女のそばにいられるようにしてもらったり、病院側にも柔軟に対応してもらったように思います。 岸本: 私たちは18トリソミーの診断を受けてから他の病院を紹介してもらい、出産しました。 生まれる前に18トリソミーであることがわかった分、担当の先生が生まれてからの道筋を立ててくれて、その指標に沿って歩んでくることができました。 とても恵まれていたと思います。 貴重な1日を積み重ね、奇跡的に退院して、家で過ごせるようになったんです。 (「2012年8月10日、待ちに待った退院日。 初めて家に帰ってきて、早速私の胸の上で寝てしまいました。 なんとも気持ち良さそうな寝顔です」) 「彼女も楽しいことをたくさん経験している」。 彼女や自分たちの挑戦を、周りに伝えたくてたまらなかった (小さい頃からピーナッツバルーンで身体を伸ばしたり揺らしたりしていた心咲ちゃん。 身体を動かしてとても楽しそう) 岸本: 長く生きられるか分からないということもあって、心咲のことを公にすることはなかったのですが、心咲が退院して家族での生活が始まってから、SNSで他の人が「子どもとどこそこに行ってきました」とか「楽しんでいます」という情報を目にすることが増えました。 「心咲は大変だけど、彼女も楽しいことを経験している。 自分も発信してもいいんじゃないか」と思うようになりました。 心咲が1歳半の頃です。 それで、「うちの子どもはこんな子です」ということを初めて公表したんです。 毎日の繰り返しの中で思いが溜まって「ああ、もう言いたいな」と感じていたんでしょうね。 いざ声を出してみたら、みんなが応援してくれたし、気持ちが楽になりました。 「がんばって」という言葉が、素直に励みになりましたね。 岸本: 1歳を超えるまでは、いつまで生きられるかという悩みも大きくあったのですが、2歳になる前に心臓の手術を受け、将来への希望が出てきていたというのも一つあったと思います。 公表するまでは、子どもがどうこうというより、周囲の目ばかり気にしていました。 公表した後で友人との関係は大丈夫だろうかとか、「かわいそう」「大変なんや」というイメージを与えてしまうのではないかとか、自分の心配ばかりしていたんです。 「でも、それは違うんじゃないか」とも感じていました。 僕自身、心咲と一緒に過ごす中でどんどんポジティブになったんです。 ネガティブなこともありますが、新しいこと、他の人がやっていないことをやりたいという気持ちが強くて、心咲と僕たちの挑戦を、いろんな人に見てほしいという思いが強くなっていったんです。 (Upseeという歩行補助具を着けて、公園で一緒に歩く) 「彼女は、僕の人生のすべて」 (「私も心咲のように口からチューブを入れてみました。 すごい違和感…毎日笑顔でいてくれる心咲に、一層愛おしさを感じ、なんとかしてあげたいという気持ちが強くなりました」) 岸本: 心咲は今年8歳になります。 立ったり、食べたり、一人では難しくても、彼女の目線になって必要なサポートをしてあげられたらいいなと思っています。 18トリソミーの中にはてんかんなどの発作を持っている子も多いです。 心咲は夜中と朝方に発作が起きることがあって、私は見守りで夜遅くまで起きるようにしています。 妻と役割分担しながら、今は時間をうまく使えるようになりました。 心咲は4人姉妹の長女で、僕たち夫婦にとっては初めての子育てだったので、彼女がスタンダードなんですね。 むしろ、下に3人の子どもたちが生まれてきて、そちらの方が新しい子育てと感じたぐらいです(笑)。 岸本: 人生のすべてといえる存在です。 生まれてきてくれたことで人生も拓けたし、想像もしていなかったことですが、彼女が生まれてきてくれたことで、この7年は大きく変わりました。 妻と子どもたちのおかげで僕自身はやりたいことをやらせてもらってるし、楽しく生きたいので、我慢していることもそんなにないんです。 心咲がいてくれるからこそ、目指すものが明確になって、そこに対してチャレンジできています。 特に、自分の生き方を認めてくれる妻の理解がなければ、今の僕も、家族のかたちもなかったと思います。 (「プロの水中カメラマン・西川隼矢氏に撮影してもらう機会があり、思い切って水中に潜ってみました。 心咲は口を閉じて目を見開き、遠くを見つめていました」) 「世界は、やさしさであふれている」 (心咲ちゃんと二人で訪れたアメリカでの1枚。 「ウォルト・ディズニー・ワールドの1つ、EPCOTに行きました。 キャラグリエリアで記念撮影。 ミッキーが片膝ついて心咲の目線に合わせてくれました!感激です」) 岸本: 僕ね、この間心咲と二人でアメリカへ行ってきたんですよ。 心咲と二人で観光に行ってきました。 妻に「ちょっと心咲とアメリカ行きたいんやけど」というと「行ってくれば?」という快諾を得て(笑)。 現地まではシカゴ経由、3時間のトランジットを入れて16時間、この間も二人でぴったりと息のあった移動でした(笑)。 ただ、手荷物検査がちょっと面倒で、医療機器がどうしてもひっかかってしまうんです。 でも、事前に航空会社にも情報を伝えているし、グーグル翻訳で説明すればなんとかなります(笑)。 気は張り詰めていましたが、世界へは行けるんです。 時差が16時間あったので、飛行機の中で水分量とか服薬の調整もして、無事にアメリカに到着しました。 (「1年に1回は大学時代の友人らとバーベキューをします。 自分には昔も今も、変わらぬ大切な仲間がいます。 親が大切にしているものを娘にも感じてもらいたい。 岸本: 「I can do it」、やればできる!という気持ちでやれば、大概のことはやれちゃんじゃないかなと思っています。 外に出てわかることですが、世界は本当に、やさしさにあふれています。 「外」というのは、外出という意味でもあり、自分の殻を破るという意味でもあります。 やってみてこそ、何か新しいことを知ったり、出会ったりして、また次にいろんなところに行くことができるんですよね。 海外でも日本国内でも、やさしさに触れることが本当に多くて、手を差し伸べてくれる社会にもなってきていると感じます。 (4組の夫婦のストーリーを通じて、生まれてきた意味や家族の絆、命の大切さや人との繋がりを考えるドキュメンタリー映画『うまれる』に出演した虎大(とらひろ)くんと。 「心咲が目標とするお兄ちゃんです」) チャリティーは、18トリソミーの子どもとその家族の外出の一歩を応援するための資金になります! (東京の特別支援学校で教師をされている岸本さん。 先日、大阪・難波でお会いすることができました!JAMMINの西田とは同じ「太一」という名前、1984年生まれで年齢は私と同じ!お会いして一気に距離が縮まり、熱いたこ焼きも冷めきってしまうほど(笑)、熱く語り合った夜でした。 岸本: 18トリソミーの子どもを持つご家族の中には、外出することが難しいご家族もいます。 特に、医療的ケアを行っている子どもとその家族にとって、家の外に出ることはとても大きなチャレンジなのです。 子どもの体調が整っていても、行った先での環境面の心配や、何かあったら…という不安から、チャレンジするタイミングは難しいものです。 看護師や医師が近くにいてくれたら…手伝ってくれる人がいたら…。 安心できる要素がなければ、外出へのハードルは高いです。 そこで、外に出るための第一歩を躊躇しているご家族に対して、そのご家族にあったかたちで何らかのサポートをしたいと考えています。 今回のチャリティーは、たとえば看護師さんに同行してほしい!や、必要な医療機器をレンタルしたい!旅先でのサポートをしてほしい!などといった、外出の一歩を応援するための資金として使わせていただければと思います。

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