資本主義 2ch。 資本主義の欠点「企業による独占」という問題

資本主義ってまじオワコンだよな

資本主義 2ch

倫理の尺度を人におくってどういうこと? まず「尺度って何?」って話から書きます。 例えばm(メートル)は尺度ですよね。 長さを測る尺度です。 1メートルがなぜこの長さなのかは、光が真空中をドウタラとか難しいので置いておきますが、とにかくコレって絶対的ですよね。 つまり 時と場合によって、1メートルの長さが変わることはないワケです。 ここまでは誰でも納得する話だと思います。 しかしココからが日本人にはフィットしにくく「はあ?何言ってんの?」となる話のようです。 なので「はあ?」と思った方は、ある意味健全な日本人なのかもしれません。 フィットしにくい話というのは、 実は倫理観や宗教も尺度だということです。 つまり さっきのメートルと同じです。 ホラ、だからキリスト教とかイスラム教とかって、めちゃめちゃ厳しい決まりがあるでしょ。 あの決まりってメートルと同じで、時と場合によりませんよね。 いわゆる「戒律」ってヤツです。 そしてキリスト教やイスラム教を見れば分かりますが、コレらの 宗教の戒律(決まり)を作っているのって、人ではないですよね。 神です。 つまりさっきのメートルと同じで、 人間ではないものによって尺度が決められているワケです。 ところが日本人の場合、倫理の尺度って宗教じゃないですよね。 一応仏教国となっていますが、仏教の戒律とか知ってます?そもそも戒律って考え自体がハテナな人も多いかと思います。 じゃあ何なの?って話ですが、 日本人の場合、倫理の尺度は人ですよね。 だから時と場合によって、正しいとされることが変わるのです。 小難しいので、かけっこの例で柔らかくしてみます んー難しいので、分かりやすくするために例を出してみます。 いつでしたかケッコウ前に、運動会のかけっこ競争で順位をつけないことが問題になりました(ゆとりの頃でしたっけ?)。 つまり足が速くても遅くても、みんな1番。 みんな同じ。 もともと特別なオンリー1なワケです。 コレはあまりにも極端すぎたので問題になりましたが、極端というだけで、 日本的な平等という意味では実に理にかなっています。 だって「尺度が人」であれば、みんな同じになるのは当然です。 だって、みんな人ですから。 だから「人という尺度」で「足の速さ」を測ったら、みんなが一緒の順位になるのは、当たり前のことなのです。 ところが海外の場合は、こんな発想はナカナカ出てきません。 いや出て来てもナカナカなじめないというのが正確な表現でしょうか。 だって彼らにとっての尺度は、人間でははないですから。 さっきのかけっこ競争の例でいうと、彼らにとっての 平等とは、秒数という正しい尺度で正確に人を測るということなのです。 だから秒数という尺度で測ったときに、足が速いとされる人も遅いとされる人も出て当然。 個人個人で差が出て当たり前だし、むしろ差をつけないことは公平ではないワケです。 日本人はもともと社会主義 と、ようやくここで冒頭に戻ります。 社会主義です。 「人が尺度」という日本人の思想は、「社会主義」という言葉が生まれるよりもズット前から根付いているものだと思いますが、コレってもうすでに社会主義じゃないですか。 だって 社会主義国の「どれだけ働いても皆同じ賃金」というのも、尺度が人なら当然の話ですよね。 さっきのかけっこ競争と同じです。 みんな人という点では同じなんだから、同じお金をもらって当然なのです。 まあもちろん、実際はもっとゆるい感じになると思いますよ。 宗教が強い国なんかを見ても、なんだかんだ理由をつけて、自分たちに都合の良いように解釈しようとしてますよね。 あくまで古くから根付いている根本的な思想の差だと思います。 ただなんにせよ、こういった視点で世の中のできことを見たとき、なんとなく納得いくものがないでしょうか。 例えば世界では格差が深刻な問題になっていて、もちろん日本でも叫ばれているんですけど、日本の中の格差って世界的には小さいですよね。 そういったこともこの日本人特有の考えによるものが大きいのではないかと思うワケです。 毎回書いているような気がしますが、だいぶ前の本ながら今でも十分すぎるほど通用するのではないかと私は思っているワケでございます。 コメントありがとうございます。 なるほどですね。 一度ちゃんと読み返す必要があるのですが、天皇陛下に関しましては、まさに山本七平氏の著書の中にもよく記載されていて、明治~敗戦までの間、日本は現人神である天皇陛下を絶対として統治を行おうとしていたようです。 ただ、いまばりさんはそうではないものと存じますが、戦後~現在においては、天皇陛下を絶対的な倫理の尺度におく日本人が大半を占めているとは思えません。 またヒドい主義と書かれていますが、具体的にはどういった点をヒドいと感じられているのでしょうか。 個人的には、このような日本の価値観はもちろん問題は多いものの、しかし世界的に見た場合、そんなに悪いものでもないんじゃないかと感じております。

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無政府資本主義(むせいふしほんしゅぎ、: Anarcho-capitalism、 アナルコ・キャピタリズム、 アナーコ・キャピタリズム)は、によるで、のを重視し、の廃止を提唱する。 リバタリアン・アナーキー 、 リバタリアン・アナキズム、 ボランティアリズム、 私有財産無政府主義 、 市場無政府主義 、 などとも呼ばれている。 がこの名称を最初に使った。 無政府資本主義の社会では、やなど全ての治安サービスはによってではなく「民間の防衛・警備会社」によって提供され、通貨は公開市場で民間の競合する銀行によって供給される。 従って、無政府資本主義の下では個人や経済活動は、によってよりも、と契約によって管理される。 概要 [ ] 「 無政府資本主義」は、共通点はあるが相違もある多数の理論が存在している。 有名な最初の理論化は20世紀中盤ののでリバタリアンのによるものであり、オーストリア学派の経済理論やや、19世紀のアメリカの者であるや の影響を受けたが、しかし彼らのやは却下した。 それ以前に無政府資本主義に近い主張をしていた人物として、19世紀フランスの経済学者がいる。 マレー・ロスバードによる無政府資本主義には、リバタリアンが相互に賛成する「一般的に受容され、法廷が従うように確約する法典」が最初に存在する。 その法典は個人による自治を基本とした不可侵の原則と認識されている。 無政府資本主義では個人の自由と市場経済システムが尊重される。 リバタリアニズムにはの役割は最低限に限定されるべきで、・・治安維持に限られるべきとするミナーキズムがあるが( )、さらにこの論を進めた無政府資本主義では、のように政府の行うや国防・治安維持、司法に至るまで、市場経済に任せることが可能であるとする。 これらの機能は政府により独占的に供給されてきたが、政府が税収を基にこれらのサービスを供給するよりも、市場による供給に委ねた方が効率的に行うことができる、とする。 政府の廃止論や、政府によるサービスの全廃論ではなく、政府によるサービス部門の徹底的な論である。 彼らの主張では、、、、、、、水道、ゴミ回収などの事業は、従来は政府によって運営されるのが当然と考えられていたが、民間企業でも供給可能であり、政府による硬直的な独占的供給よりも民間の競争による提供の方が効率も良くサービス水準も高い、とする。 更にはや、裁判所、監獄も民間企業・業者によって運営されることが望ましいとする。 自然法論による無政府資本主義 [ ]• Ronald Hamowy, Editor, The encyclopedia of libertarianism, SAGE, 2008, , , ,• Edward Stringham, Anarchy and the law: the political economy of choice,• David D. Friedman, The machinery of freedom: guide to a radical capitalism, Edition 2, Open Court, 1995, : "sometimes called anarcho-capitalism, or libertarian anarchy". , by Edward Stringham. Transaction Publishers, 2007• Roderick T. Long, Tibor R. , Ashgate Publishing, Ltd. , 2008, , ,• Edward Stringham, Anarchy and the law: the political economy of choice,• , ed 1991. Blackwell Encyclopaedia of Political Thought. Wendy McElroy. Murray N. Rothbard: Mr. Libertarian. Lew Rockwell. July 6, 2000.. Eugene Heathe. SAGE. 2007. "A student and disciple of the Austrian economist Ludwig von Mises, rothbard combined the laissez-faire economics of his teacher with the absolutist views of human rights and rejection of the state he had absorbed from studying the individualist American anarchists of the nineteenth century such as Lysander Spooner and Benjamin Tucker. " Blackwell Encyclopaedia of Political Thought, 1987, , p. 290• Mises Institute 2018年7月10日閲覧。 Rothbard, Murray. For A New Liberty. 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。

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下記クリックで好きな項目に移動• プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神要約 この本のテーマは「資本主義が生まれる歴史的起源の探求」。 「近代社会は資本主義によって成り立っている」 「なら資本主義はどのように生まれたか?」 という問題意識です。 そして、のっけから、ウェーバーはおもしろいんですよ。 資本主義の精神の例示を挙げるために、ある一節を引用するんです。 それが、 ベンジャミン・フランクリンの自伝の一節 「時は金なり」といった富を得るための教訓 これが引用されます。 このウェーバーの 「センスの良さ」に私は度肝を抜かれました。 ベンジャミン・フランクリンというアメリカ人。 彼はいわゆる 「セルフヘルプ・自己啓発の権化」のような人間です。 そして自己啓発書は、現代では「ビジネス書」に生まれ変わりました。 そして相変わらず生き残っている。 それどころか猛威をふるっている。 いな、もはや出版業界の救世主となっています。 しかも忘れてはいけません。 『プロ倫』は、学問研究の本です。 学問研究の世界で、自らの論文の中に、フランクリンの自伝を引っ張ってくる。 学者といったら、みんな自己啓発だのセルフヘルプなんて馬鹿にしてますよね。 このウェーバーの 「度外れのセンスと勇気」。 これでわたしは一気にウェーバーに引き込まれてしまいました。 ベンジャミン・フランクリンに見る「資本主義のエートス」 「資本主義社会で成功する人間」。 その条件とは何か? それは、「資本主義に適した生活態度 エートス を身につけた人間である」 このようにウェーバーは述べています。 では、その生活態度とは何か?• もうけを出すことを義務とみなす• それを怠るものを愚鈍とみなす• 怠け者は「義務忘却者」として倫理的に非難する こんな生活態度です。 すげえ。 ここでウェーバーが引用するフランクリンの言葉を。 時は金なり。 時は貨幣であることを忘れてはいけない。 1日の労働で10シリングをもうけられる者。 — これが、散歩のためだとか、 — 室内で懶惰(らんだ)にすごすためだとか、 — そんなことに半日を費すとすれば? たとえ娯楽のためには6ペンスしか支払わなかったとしても、 それだけを勘定に入れるべきではない。 そのほかに、なお5シリングの貨幣を支出、というよりは、投げ捨てたのだ。 このように考えねばならない。 信用は金なり。 信用は貨幣であることを忘れてはいけない。 ある人が、金を私に貸してくれた。 その支払期日の過ぎてからも、私を信用して、 その貨幣を私の手もとに残しておいてくれたとしたら? — 私はその貨幣の利息、 — あるいはその貨幣でできること、 — これらを彼から与えられたことになる。 もし信用があって、充分に利用できるとき。 それをお金に換算すれば、少なからぬ額に達することは明らかである。 ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』より フランクリンの正直さは本当にすばらしいです(笑) ちなみに ジョルジュ・バタイユという20世紀フランスの思想家がいます。 彼も、自身の構想した「普遍経済学」の理念において、「フランクリンを引き合いに出す箇所」があります。 「フランクリンの教訓は、見事に倫理的色彩を帯びている」 とウェーバーは指摘します。 もうけを得ることは、本来よき生を送るための手段であった。 なのに資本主義の精神においては、 金儲けそれ自体が、目的化されている。 ウェーバーはこういうことを、フランクリンの言葉から読み取ったのです。 プロ倫によると「金儲けの精神は予定説」から生じた 金儲けそれ自体が、目的化された社会。 この一見倒錯した価値観は、どこから生じたのでしょうか? ウェーバーはそれを、 禁欲を旨とするプロテスタンティズムから生まれたと主張するのだから驚きです。 プロテスタントも色々あります。 ウェーバーは、カルヴァンという宗教家が唱えた「予定説」。 これが「資本主義の精神の誕生」に、大きく影響していると判断します。 「予定説」というのは悪名高い教え。 救われる人と救われない人• 天国と地獄 これが既に決定されている、という教えです。 この教えのせいで、 「天国に入るためにこの世で善行を積む」 といった従来の価値観が覆されてしまいました。 救済に関して個人は全く無力な存在になってしまう。 どうしたら、自分が救われる側だと知ることができるのか? 人々はこれが知りたくてたまらないわけです。 ( まことに、金持ちが天の国へ入るのは難しい。 ) そこで言われたのが、 「自分は救われている側だと確信し、自らの職業に励むこと。 与えられた職業に励むことこそ、宗教的使命である。 」 というものでした。 反対に、怠ける人は「神に背く人」である。 このように、みなされ始めました。 要するに、 金儲けに励まない怠け者は、あの世でも罰せられる、ということです・・・。 (あの世の話ってそんなに都合よく書き換えていいものなのでしょうか?) ともあれ、ここから 「職業的な成功者=宗教的な成功者」 この図式が成立していきます。 そして、この世俗性と宗教性は、時間の経過とともに、重要度が逆転します 世俗性の優越・支配。 予定説の世俗化=「成功」のスポーツ化 世俗性の価値が、宗教性の価値を覆した局面。 (まさに現代!) ここで生じるのが、「資本主義の精神」であるとウェーバーは指摘しました。 世俗化が一層進んだ私たちの社会は、どうでしょう? 私たちは、職業に励むことについて、宗教的な理由を一切必要としなくなりました。 なぜ、禁欲的に仕事に邁進するのか? その理由は、もともとは 「宗教的使命を全うするため」でした。 それがいつの間にか、仕事に邁進しなければ• 人生の落伍者になるから。 社会的に非難されるから。 というふうになります。 「職業に励むことの宗教的理由」が抜け落ちてしまったのです。 (良くも悪くも) むかしは、宗教的な理由から、禁欲が要請されていました。 しかしもはや、禁欲に宗教的な意味づけは消え去りました。 では現代において、禁欲の意味とは? それは、単に「効率的で確実な目標達成のために効果的だから」 とウェーバーは指摘します。 「目標達成」とは、「成功」という言葉にも言い換えられます。 そして職業は効率性や確実性を競うスポーツのようなものとなる。 私たちが生きているのは、禁欲の意味が詮索されない、禁欲的な文明の時代である。 ウェーバーは結論においてそう述べています。 マックス・ウェーバーの『プロ倫』を心の慰めにしよう 高等遊民であるわたくしは、生来怠け者です。 なので、「努力=善」とされる社会への違和感がずっとありました。 その違和感を、ウェーバーがこれ以上ないほど説き伏せてくれた。 そんな感動がありました。 それにしてもウェーバーの話を聞いていると、 現代社会の価値観が決して普遍妥当性を持つものではない というふうにも感じられます。 この「金儲けと怠け者」という図式。 現代日本の価値観にもありありと反映されていますよね。 なので、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』。 この本は、 仕事で失敗したときの心の慰めの書である。 こう解釈することもできます。 ツラくなったら『プロ倫』を片手に、この社会を乗り切って行くこともできるでしょう! まだ電子書籍を使っていないあなたへ 電子書籍なら、あなたの読書ライフに革命を起こします! スマホで読むのもいいですが、専用端末だと、能率は5倍くらい変わってきます。 どんどん線を引きましょう。 いちばん良い端末は、やはりkindle。 と合わせて、圧倒的におすすめです。 関連記事: kindleの本体はどれがよい? これは、マンガモデルが圧倒的におすすめです。 他機種との違いは容量。 まんがは画像ですから、容量が大きいんです。 とはいえ、文字だけの本でも、マンガモデルは大量にストックできます。 kindleを使いこなすと、100冊も200冊も揃えたくなります。 これが、まんがを読まない人にもマンガモデルをおすすめする理由です。 高等遊民の有料noteの紹介 noteにて、哲学の勉強法を公開しています。 現在は1つのノートと1つのマガジン。 1. 2. 1は 「哲学に興味があって勉強したい。 でも、どこから手を付ければいいのかな……」という方のために書きました。 5つの手順は「絶対挫折しようがない入門書」から始めて、書かれている作業をこなしていくだけ。 3か月ほどで誰でも哲学科2年生レベル(ゼミの購読で困らないレベル)の知識が身につきます。 3か月というのは、非常に長く見積もった目安です。 1日1時間ほど時間が取れれば、1ヶ月くらいで十分にすべてのステップを終えることができるでしょう。 ちなみに15000文字ほどですが、ほとんどスマホの音声入力で書きました。 かなり難しい哲学の内容でも、音声入力で話して書けます。 音声入力を使いこなしたい方の参考にもなると思います。 2は プラトンの主著『国家』の要約です。 原型は10年前に作成した私の個人的なノートですが、今読んでも十分に役に立ちます。 岩波文庫で900ページ近くの浩瀚な『国家』の議論を、10分の1の分量でしっかり追うことができます \無料試し読み部分たっぷり/.

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